終わらない時代 第31話
『勝利の代償』
「ガレスさん! あれ、使えませんか!」
ジュリアは天井へ伸びる太い蔓を指差した。
今にも崩れ落ちそうな天井。
「あれを落とすつもりか?」
ガレスは一瞬だけ天井を見上げる。
「いいえ。奴を上までおびき寄せて……。」
ジュリアは途中まで言うと、ガレスはすぐに意図を察した。
「下まで落とすんだな?」
「はい!」
「いいだろう!」
ガレスは迷わず頷いた。

「……はぁ……はぁ……。」
リンの呼吸が急に荒くなる。
肩で大きく息をし、立っているのもやっとの様子だ。
「おい! リン! 大丈夫か!」
ガレスの呼び掛けに返事もできず、その場でふらついた。
「ギシャアァァァ!!」
巨蟲はその隙を逃さず、一直線にリンへ突進する。
「リン!」
「あ……。」
気付いた時には、巨蟲は目前まで迫っていた。
ドン!!
強い衝撃で吹き飛ばされるリン。
「ぐあぁぁぁぁ!!」
絶叫。
直ぐに顔を上げる。

目の前には、ガレスの脚に巨大な牙が深々と突き刺さっていた。
「ガレスさん!!」
(ドクン!)
再びリンの心臓が大きく鼓動する。
感覚が一気に研ぎ澄まされる。
「わあぁぁぁぁっ!!」
ダダダダダダ!
リンは巨蟲の頭部へ向かって乱射した。
「ギシャアァァァッ!!」
銃弾は巨蟲の複数の目に命中。
巨蟲は苦しげに頭を振り、ガレスの脚から牙が引き抜かれた。
「ぐうっ……!」
ガレスの脚から、おびただしい量の血が流れ出す。
「ガレスさん!」
ジュリアとリンはガレスの両腕を抱え、必死に階段の下まで引きずった。
「ぐっ……はぁ……はぁ……!」
ガレスの呼吸は荒く、顔色もみるみる青ざめていく。

「リン、ガレスさんをお願い。」
ジュリアは弾倉を交換すると、ガレスのポーチから手榴弾を取り出した。
「ジュリア……どうするの?」
リンも限界だった。
先ほどの集中力は消え去り、体力も大きく消耗している。
「私がやるしかない。」
ジュリアは巨蟲から視線を逸らさない。
「リン、救援要請して。」
それだけ言い残すと、ジュリアは再び巨蟲へ向かって駆け出した。
ジュリアは階段を駆け上がり、背後を振り返る。
巨蟲は視力を失ったのか、暴れ回っていた。
ダダダ!
「こっちだ! 化け物!」
銃声が廃墟に響く。
「ギギ……!」
巨蟲は音に反応し、ゆっくりと頭をジュリアへ向ける。
「ギシャアァァァ!」
咆哮を上げると、一気に突進してきた。
(よし……!)
ジュリアは階段をさらに駆け上がる。
(もっと上へ……。)
息を切らしながら走り続ける。

そして――
「はぁ……はぁ……。」
ついに天井へ伸びる太い蔓の先端が視界に入った。
「この高さなら……!」
ガシャァァァン!
壁を突き破り巨蟲が追いつく。
ジュリアは蔓の目前で足を止めた。
「ギシャアァァァ!」
巨蟲は一直線に突進してくる。
(……今だ!)
ギリギリまで引きつける。
そして横へ飛び退いた。
巨蟲は勢いを殺せないまま突っ込んでいく。
ジュリアはすぐさま距離を取り、手榴弾を床へ投げつけた。
ドゴォォン!!
爆発が床を揺らす。
床が砕け、亀裂が一気に広がっていく。
ドゴォォン!
ドゴォォン!
崩壊は連鎖し、巨蟲とともに下のフロアへ次々と崩れ落ちた。

「ギシャアァァァ!!」
巨蟲は断末魔を上げながら、一階へと落下していく。
ドカァァァン!!
凄まじい衝撃音が廃墟中へ響き渡った。
舞い上がる土煙。
やがて静寂が訪れる。
「やったか……?」
ガレスは階段の陰から巨蟲の様子をうかがった。
数分後――
土煙が晴れる。
ジュリアは一階へ降りると、巨蟲へ銃口を向けたまま近付いた。

巨蟲は落下の衝撃で外殻が砕け、その場から動く気配はない。
「ガレスさん……作戦成功です。」
「ああ……よくやった……。」
ガレスは力なく笑みを浮かべる。
脚には応急処置として包帯が巻かれ、その上からベルトで強く止血されていた。
「ジュリア……やったね……。」
リンも安堵したように小さく笑った。
一時間後――。
救援要請を受けた隊員たちが廃墟へ到着した。
隊員はすぐにガレスに応急処置を施し、担架へ乗せて慎重に運び出していく。
一方、別動隊は調査用のサンプルの回収を始めた。
その様子を黙って見ていた二人。
「リン……帰ろう。」
「うん……。」
二人は小型トラックへ乗り込み、シホロ基地へ向かった。
ガレスはそのままアオバシティの病院へ搬送され、緊急手術を受けることになった。
シホロ基地へ戻ったジュリアとリンは、カイルへ今回の出来事をすべて報告した。
「そうか……。ご苦労だったな……。」
カイルは静かにそう告げると、椅子の背にもたれかかり、深く俯く。
ガレスの負傷は、それだけ大きな出来事だった。
ジュリアとリンは敬礼をすると、静かにテントを後にした。
「ガレスさん……私のせいで……。」
リンは俯いたまま、小さく呟く。
自責の念が胸を締め付けていた。
「リン……。」
ジュリアは声を掛けようとした。
しかし、どんな言葉を掛ければいいのか分からない。
リンは一人、格納庫の外へ歩いていく。

そしてアオバシティの方角を見つめる。
自分の未熟さで大切な仲間が傷ついてしまった。
悔しさで涙が止まらない。
(……しばらく、そっとしておこう。)
ジュリアはそう思い、リンの背中を静かに見守った。
