(ショートショート)みかん
「みかんの花が、咲いている~♬」
教室に、どこか懐かしく温かいメロディが響く。
私は今、小学校の先生になるために教育学部で学んでいる。
今日の講義は、童話『みかんの花咲く丘』に合わせた手遊びの実践だった。
二人一組で向かい合い、『アルプス一万尺』のようにリズム良く互いの手のひらを打ち合わせる。
仕上げは、相手の手を斜めにクロスして叩く。
緊張で指先が少し震えたけれど、無事に披露し終えて席に戻ると、せき止めていた安堵の息が漏れた。
しかし、次の講義の内容は、そんな長閑な歌の世界とは正反対のものだった。
テーマは「現代の教育現場を取り巻く課題」
モニターに映し出されるのは、モンスターペアレントやネットいじめといった、刺々しい現実だ。
今は、あらゆる出来事が瞬時に拡散され、人々の目に晒される時代。
読解力の低下ゆえか、真実が捻じ曲げられて伝わり、善意の投稿が炎上することもあれば、何気ない日常が「バズる」こともある。
正解のない迷路の中で、親も教師も、互いの顔色を伺いながら「解釈の相違」という名の壁に突き当たっている。
何が正しいのか、誰を信じればいいのか。
そんな重苦しい思考が頭を支配しかけた時、講義終了のチャイムが鳴った。
校舎を出ると、柔らかな春の風が頬を撫でた。
「みかんの花が、咲いている♬」
気づけば、先ほどの手遊び歌を口ずさみながら、リズムに乗ってスキップをしていた。
「ちょっと、何やってるのよ」
隣を歩く友人に吹き出され、私は我に返る。
未来の先生が道端でスキップなんて、誰かに見られたらSNSで叩かれてしまうだろうか。
それとも「楽しそうな先生」と好意的に捉えてもらえるだろうか。
そんな不確かな他人の基準は、今はどうでもいい。
私はただ、あの「みかんの花咲く丘」のような、穏やかな教室をいつか作れる日を夢見て、弾む足取りで駅へと向かった。
Fin。
※この小説はフィクションです。
登場するモノや人物は存在しません。
読解力が悪くご迷惑おかけすることもあると思います。
これでも真面目に書いてるつもりです。
↑この企画に参加しました。
ありがとうございました。
