ゆく河の流れは絶えずして 柴田南雄作品集

劇的に振った名演がここに記録されている
柴田南雄:
①交響曲《ゆく河の流れは絶えずして》
(鴨長明:『方丈記』による)(no.48)
[第1部]
1. アダージョ
2. アレグロ
3. スケルツォとトリオ
4. アダージョ・カンタービレ
5. アダージョ―アレグロ―センザ・テンポ
[第2部]
6.「ゆく河の」(無限カノン)
7.「『方丈記』の口説」
8. 終曲
②北園克衛による三つの詩 no.21
記号説
黒い肖像
黒い距離
若杉弘指揮
東京都交響楽団
①東京混声合唱団
②伊藤叔(ソプラノ)
1989年1月12日 東京文化会館〈ライヴ〉
fontec FOCD2507
前回の記事でも触れた通り、去る2月2日は日本の作曲家であり評論家でもある柴田南雄の命日です。柴田が他界したのは1996年のことでした。ということは、今からちょうど30年前のことになります。
ちなみにこの1996年の2月には20日に武満徹も他界しています。日本を代表する作曲家の2人までもが同じ月に他界されたのは、日本の音楽界にとって大きな損失と言えたでしょう。ワタシは武満の命日には彼の作品を収録したCDを記事にして投稿する予定です(あくまで予定であって実現出来るかは分かりませんが、努力はするつもりです…)。
ですが今は柴田南雄です。前述の通り、ワタシとしては彼は作曲家としてよりも評論家としてのイメージがありました。というのは、レコード芸術誌(音楽之友社)にいつも興味深い評論を連載していたり、『グスタフ・マーラー』(岩波新書)という著書を読んだりしていたからです。
もちろん、作曲家ということも認識していました。当CDに収録されている①はワタシがせがんで父が全巻揃えた『名曲解説全集 交響曲編III』(音楽之友社)に書かれていて、何かとんでもない交響曲と感じたのは今でも憶えています。
しかし、当時はその曲がLPレコードでリリースされているかも知らなかったので聴く術がありませんでした。そしてようやく聴くことが出来たのは当CDがリリースされ購入してからだったのです。
そうしたこともあり、今回の記事は没後30年を迎えた柴田南雄の代表作である①交響曲《ゆく河の流れは絶えずして》を収録したCDを採り上げることで、6日遅れとなりましたがこれで柴田南雄の業績を振り替えながら彼を偲びたいと思います。
さて、この交響曲はタイトルからもお分かりの通り、鴨長明の『方丈記』を元にしています。そのタイトルが『方丈記』の最初の文章であることは皆さんご存知でしょう。
この交響曲は昭和50年記念に当時の中日新聞社から委嘱されて作曲されています。そして全2部8楽章からなる異形の交響曲になりました。当CDでの総演奏時間は55分11秒となっています。
以下、当CDに掲載されている作曲家自身の曲解説を参照しながら、簡単に曲の説明をしていきます。
第1楽章から第5楽章からなる第1部は序奏のような第1楽章を除けば古典的交響曲の様式に則っており、これはまた昭和時代の日本における西洋音楽の受容史であると同時に作曲家自身の自分史でもあるとしています。
第1楽章でフルートが吹く旋律は後に第6楽章で合唱団が歌う『今様』の変形だそうです。続く第2楽章は小編成によるソナタで、これは作曲家の少年時代の回想です。次の第3楽章は昭和初期のエロ・グロ・ナンセンスと言われた白痴的娯楽を戯画化したスケルツォで、トリオでは声楽アンサンブルが当時流行した歌謡曲などをコラージュします。第4楽章はロマン派または後期ロマン派の語法による青春の歌を聴くことが出来ます。そして第1部の最後となる第5楽章では戦後前衛音楽の基礎となった十二音技法とその後の即興演奏となって終わります。
この後曲は休みなく第2部に移りますが、その最初の楽章である第6楽章では合唱団が無伴奏で『方丈記』の冒頭部を3声の無限カノンとして歌います。しかもその合唱団はステージで歌うのではなく、何と客席の左右後方の3ヶ所から入って歌うのです。そしてその旋律には第1楽章でフルートが奏した今様の変形した旋律の元の形が使われているのです。そして4声部が加わったところでコーダとなるのです。
次の第7楽章はこの交響曲の中でも最もドラマティックな瞬間です。と言うのは、第3楽章のトリオに参加した声楽アンサンブルの面々が客席に散らばり、観客に『方丈記』の一部を今様の旋律に乗せて語りかけるのです。そしてその内容たるや、『方丈記』の中でも天変地異に関する内容なのです。当然場内は喧騒に包まれますが、最後には声楽アンサンブルがステージに集合し、オーケストラが不協和音を鋭く奏して終曲になります。
その第8楽章では、合唱団によって『方丈記』の冒頭部が静かに歌われ、声楽アンサンブルは『方丈記』の最後の部分にある鴨長明の述懐を一人ずつ断片的に語ります。最後にオーケストラが第1楽章の冒頭部を反復して終わるのです。
以上がこの異形の交響曲の大まかな構成ですが、これだけでも尋常ではないことがお分かりいただけるのではないでしょうか。評論家の片山素秀氏はONTOMO MOOK『交響曲読本』(音楽之友社)の中の日本の交響曲という項でこの交響曲について『作者一生の音楽遍歴をシンフォニーにまとめたもの。古典派から戦後前衛、更に日本の民俗音楽まで、全部一曲に入っている、とんでもない曲』と書いていますが、言い得て妙だとワタシも実際に聴いてみて思いました。
さて、そうした異形の交響曲を実際に聴いてみた感想がどうだったのかは、以下のレヴューをどうぞ。
「柴田南雄の作品と言えば①のようなシアター・ピース的な曲が数多くあり、かなり以前に当間修一指揮大阪ハインリヒ・シュッツ合唱団による《柴田南雄・その響き》というシリーズの1枚目と2枚目(OCM)を購入したが、そのシリーズがこれ以降リリースされたのかは寡聞して知らない。
これらのCDに収録されたシアター・ピース的な合唱曲は少々慣れないと難しく、20世紀後半の前衛音楽を聴き慣れている耳でも時期尚早と思われた。その中で①は一応『交響曲』と名付けられているのでまだ聴きやすい音楽と思うとさにあらず。
第1楽章から第5楽章までの第1部は従来の交響曲の形態に近いのでまだ良いが、第6楽章から第8楽章までの第2部では合唱団が登場し、第7楽章に至っては第3楽章に登場した声楽アンサンブルの一人一人が観客に語りかけるという内容のシアター・ピースなだけに、CDのような音声だけでは今ひとつ分かりづらかった。
この第2部ではこの交響曲のタイトルである《ゆく河の流れは絶えずして》からも想像出来るように、鴨長明による『方丈記』が歌詞として用いられており、まずその合唱団は観客席の左右後方から『方丈記』の冒頭部を歌詞にして歌いながら登場する。そして続く第7楽章では『方丈記』の中でも最も劇的で天変地異に関する部分を声楽アンサンブルのメンバーが観客に語りかけるのである。そうした内容の曲が当CDのタイミングのように5分弱で終わるとは到底思えない。
現在fontecがリリースしている《柴田南雄とその時代》なるCDとDVDを組み合わせたシリーズが第3集までリリースしているのだが、その第3集のDVDにこの曲の演奏(もしかしたら当CDと同じ時に映像収録されたものかもしれない)が収録されているようなので、もしその映像を視ることが出来ればその辺の疑問も解消されるだろう。もっとも、そのシリーズを入手するかどうかははなはだ心許ないのだが。
ここでの若杉弘は手兵の東京都交響楽団を振ってこの複雑極まりない音楽を見事に捌いて聴かせており、また合唱団や声楽アンサンブルも優秀で演奏としては最上のものと言えよう。
②はタイトルの通り、北園克衛なる詩人のシュールレアリスムな詩に附曲したもの。ここでは若杉指揮の東京都交響楽団の演奏もさることながら、なんと言ってもこのわけの分からない難解な詩を完璧に歌い切ったソプラノ歌手の伊藤叔の素晴らしさを讃えたい。
データではこの2曲は同じ日に演奏されたようだが、この演奏に参加した全員の集中力は並大抵のものではなかったろう。どちらも他のCDを持っているわけではないので、この評価はあくまでも当CDに収録された演奏に限ったものである。
2016年9月20日 評価:★★★★☆」
以上が柴田南雄の交響曲《ゆく河の流れは絶えずして》と北園克衛による三つの詩の2曲を若杉弘指揮東京都交響楽団他の演奏によるライヴ録音を収録したCDのレヴューでしたが、いかがでしたでしょうか。
そのレヴューには書いていませんが、作曲家自身による解説にはこの交響曲で歌われる『方丈記』の部分の歌詞も掲載されていますが、実際音楽を聴いていても歌詞が聴き取れるとはお世辞にも言い難いものでした。ですが、それが悪いとは言いません。特に戦後前衛音楽では歌詞付きの声楽曲の中には何を歌っているのか分からない曲も数多くありますし、中には歌詞の内容よりもそこで鳴り響く音楽そのもを聴くことに意義があるとしている作曲家もいるほどです。
現代音楽ではありませんが、かのマーラーやアイヴズなどは交響曲についてそのように認識していたかのような発言もあります。そのマーラーについての著書もある柴田ですから、そうしたことを意識しなかったということはないのではないでしょうか。
また、当CDはNHKが収録したデジタル録音を元にCD化されたものですが、特筆すべきはこれが現代作品CD刊行委員会の制作により1枚当たり¥2,500という価格でリリースされていたことです。
それでなくともさほど購買が期待出来ないこうした内容のCDをこうした良心的な価格でリリースしてくれたのは非常にありがたいことでした。このシリーズのCDは他に《創造神の眼―新実徳英管弦楽作品集》というのを持っていました。探せばもう少しあるかもしれません。
もう一つ、レヴュー本文で触れた《柴田南雄とその時代》全3集はレヴューしてから9年半近く経ちますが、未だ入手していません。こうしたシリーズものは全巻揃えないと意味がありませんし、その稀少性は理解しても合わせて¥30,000というのはあまりにも高価だからです。
今回の記事では作曲家である柴田南雄氏の解説を参照させていただきました他、片山素秀氏の文章も引用させていただきました件、この場を借りてお礼申し上げます。
これで4,400字といったところです。珍しい曲を収録したCDなので、解説もそれなりになってしまいました。
こんな記事を最後まで読んで下さってありがとうございます。
お目汚し失礼しました。
