【連載小説】第十夜『王さまお伽草子』(The Sultan’s Otogizōshi)
第十夜
バサラの大切なもの
「そんなことより、おれの刀をどうした?
どこにやった?」
「お前の名前は?」
「__ツバ……いや、なかまからは婆娑羅と呼ばれている」
「バサラ。あの刀は今はない」
「オッサン! てめぇ、どこにかくした?」
「隠してねぇ」
「じゃあ、どこにやった?」
そこまで云うと何やらニザムが長物を取り出して慎んでスルタンに献上した。
その辺りの礼儀作法は近侍なので心得ている。
受け取ったスルタンはそれをバサラに見せた。
そして黒漆太刀拵の鯉口を切ると抜刀した。
ギラリと光る白刃。
大振りの太刀。二尺六寸くらいだろうか。
「これは銘々『海鳴り』と云う。
かの高名な浪平行安という名工の作だ。俺の蔵の所蔵品だ。
これを代わりにお前にくれてやる」
それは鎬筋高く、刀身には力強い肉置きが見て取れた。
浪平派の特徴である、豪壮さと流麗さを兼ね備えた一振りだった。
刃文は丁子乱れが基調となって、美しい模様を描いている。
まるで天満星のように、丁子の一つ一つが灯りを柔らかく返し、刻々と表情を変え刃紋が優雅さを湛えていた。
そして研ぎ澄まされた鋼の刃は灯籠の灯りの下で冷気に冴えて、バサラの緊張して荒い息遣いを濡れた黒い瞳のように映していた。
鍔は無地の円形、縁に細い金線を一条めぐらせただけの、慎み深い造りだった。
柄には鮫革を芯に、黒い柄糸をしっかりと巻きつけてあった。
その一振りは武家なら誰でも羨むような、至高の一振りだった。
「放してやれ」
スルタンの云う通り、バサラの腕を縛っていた縄を解く。
腕を擦るバサラに、スルタンは刀を鞘に納めて手渡した。
「お前の刀、あれはたぶん同田貫だろうが修理に出してる。
海水を被って錆びていたし、刃こぼれも酷かったからな。
刀身に付いていた血糊も、お前ろくに手入れしなかっただろう。
あの刀はボロボロだった。
修理には時間がかかると云われたそうだな?」
頷く笑顔のニザム。
恐る恐る海鳴りを受け取るバサラ。
「修理代も俺持ちだ。有り難く思え。
これは、お前には大きいかも知れないが、この長さなら、扱うにも問題なかろう。
手入れを教えてやる。
丁子油と打ち粉は用意させる。
やってみせるから、よく見とけ。
こうして刃を上に向けて鎺元から切っ先に、ポンポンと置くように打ち粉を叩いて……」
「いろいろ、ありがとう」

さっきまで鋭い眼差しでスルタンを睨みつけていたバサラだが、柔和な表情に変わり満面の笑みを浮かべて、拙いマレー語でこう云った。
「あんた、いがいにいいひと」
それを聞いて苦笑いするスルタン。
照れもあり、鼻の頭をポリポリ掻いた。
刀を目にして先ほどまで緊張感に包まれていた貴賓たちにも、安堵の笑顔が広がった。
宵の宴は、まだ始まったばかり。
バサラはこうして代えがたい大切なものを手に入れた。
月は星々の瞬く夜空をたゆたう。
風に流れる雲は月影と星々の狭間をさすらう。穏やかなひとときが過ぎていった。
