【連載小説】第五夜『王さまお伽草子』 (The Sultan’s Otogizōshi)
第五夜
啓典
街中を馬車で走ると焚き火をあちらこちらで見かけた。どこからか鼻をくすぐる煙たいにおいがするのはそのせいだろう。
煙には虫除けの効果があるので、ついでにシトロネラやココナッツの葉を燃やしているのかもしれない。どちらにも防虫効果があった。
道に並ぶ椰子の木や檳榔の木とともに、真っ赤に染まった夕焼け空に映えるモスクの丸い帽子のような屋根は銅葺きで緑青の緑色がよく映える。
その赤と緑色の鮮やかなコントラストが見事だった。
やがてミナレットからムアッジンに依る肉声でアザーンが流れてくる日没後。
間もなくマグリブの礼拝が始まった。
国王たるスルタンも特別扱いはなく居並ぶ庶民とすることは同じであった。
まずは浄水で手足と顔を清める。そしてメッカの方を向く。
イマームとともに唱える。
「神は偉大なり」
立つ。
第一ラカート。
開扉の章、スーラ・アル・ファティーハ。
「慈悲ふかく慈愛あまねきアッラーの御名において……」
そしてそのまま信者たちはクルアーンの朗唱を続ける。
居並ぶ敬虔な信者が厳かで朗々として、クルアーンの一節を詠み上げる。
迷いも躊躇いもなく、声音は祈りの間にずっと続く。
そしてお辞儀。
「神は偉大なり」
跪拝。
座る。
祈りを捧げるその姿は一生懸命で熱心である。
信者の見つめる先に、神の尊い心を感じいっているのかも知れない。
そして神への祈りは続く。

その一連の所作は幼い頃からの身に染み付いたものである。
立ち上がりスーラ・アル・ファティーハ。
朗唱。
お辞儀。
跪拝。
そして祈りを捧げる。
預言者ムハンマドへ祝福を捧げ、
神へ感謝を捧げる。
礼拝を終わり、左右に頭を向けて
「平安があらんことを、
そして神の慈愛と祝福があらんことを」
こうして挨拶が終わりマグリブは閉幕した。
つづく
*本文中のクルアーン(コーラン)の引用箇所は、以下の文献による。
井筒俊彦訳『コーラン』(岩波文庫)
<次回、第六夜 宵の宴>
