【連載小説】第27話『真昼に潜む影と真夜中に猛る獣の物語』
襲われた村人たちが井戸端に集められ
そして偉そうな大きい声と冷たい雨と
急襲② 玉吉
お祭りに行けなくなる理不尽な理由が
幼き玉吉には理解できなかった
幻想と現実が交わる祈りと魂の叙事詩
ほどなくして、玉吉一家は背後から銃剣を突きつけられ、雨の降る闇へと追い出された。
直次とおスミは玉吉のことを庇うようにしながら、黒い兵の指図する通りに動く他なかった。
家の外に追いやられていたのは、玉吉たちだけではない。他の家族も皆外に出されていた。
与四郎とその家族もいる。
なにぶん雨がザアザアと降っている夜半。
皆、着の身着のまま、寝間着は既にずぶ濡れとなり、躰に張り付いている。
玉吉も濡れて春の夜の雨を肌に感じた。
裸のままで冷たい雨に躰を晒す者もいて、何かしら羽織る余裕も許されない様子だ。
不平不満の声があちこちから漏れていた。
黒い兵らは、井戸端に村人たちを追いやった。
各々の、扉を蹴破られたまま開け放たれた戸口から漏れてくる小さな灯りだけが、僅かに暗闇を縁どっている。
黒い兵の中から、ひときわ大柄な男が前に進み出てきて、何か居丈高に怒鳴っている。
玉吉は、その大男が何を云っているのか、さっぱり判らない。
父母もそれは同様で顔を強張らせていた。
ただ、その言い草は有無を云わせない命令口調であったことは、稚心に悟った。
たぶん、長の爺さまよりも偉いのだろうなと思った。
その大男が懐から何かを取り出す。そしてそれを地面に投げつけた。
厳冬の凍りついた水たまりを踏み抜いたような鋭い音がして、妖しげな紫色の光が夜の闇に滲み広がった。
聖クィシン皇国の使う魔導の一つであるが、それを村人たちの中に理解できる者はいなかった。
玉吉たちの目の前で、黒い兵が後ろから銃剣で突っつく。
与四郎とその家族が不服がありながらも、黙ってされるがまま、光の中央に拠って立つ。
内訳は、与四郎と父母、祖父の四人と黒い兵の一人が同じ位置に立つ。
やがて大男が念仏めいた声で何事か呟く。
すると光がふわりと持ち上がり、与四郎の家族と黒い兵の一人が、同時に宙へと浮かび上がった。
光は上空へ浮かび、すうっと横滑りするように空の彼方へ消えて行った。
「うわぁ」と玉吉が空を見上げる。
呆気に取られている間に、大男はその紫色の光を次々に発生させる。
村人たちは黒い兵に伴われ、数人ずつその光に乗せられては、次々と夜の空へ運ばれていった。
(あんなのに連れてかれたら、あしたのお祭りどうなるの?)
滑稽に思えるかも知れない。村の今の事情は、それどころではないからだ。
だが、玉吉にとってはそれはとても大切なことだった。
玉吉たちに順番が回ってきた。
後ろから銃剣でせっつかれて玉吉と父、母が光に乗った。
それと、他の一組の老夫婦。計六人が乗った。大男が念仏を唱える。
ふわりと光が浮かぶ。
高さは、実はそれほど高くはないが、空を飛ぶ人はいないので、皆一様に驚く。
そんな中で玉吉は他のことを考えていた。
玉吉の関心は、お祭りがどうなるかの一つしかない。
直次に、そっと近寄り足下で父に云う。
「とうちゃん、お祭りは?」
直次は気丈に振る舞うが声色は当惑していた。
「――あゝ、そうな。今は静かにしてろ。玉吉」
「かあちゃん?」
「うん、そうだね。大丈夫。もうしばらくの辛抱だよ、玉吉」
おスミも云うことは同じだった。
空を滑るように飛ぶ。
だが玉吉の心は今はそこにはない。
上空から望む村がどんどん小さくなっていく。
あの吊るしたてるてる坊主が見えなくなれば、お祭りも消えてなくなってしまう気がした。
とうちゃんとかあちゃんも含めて、今、皆がお祭りには無関心のようだ。
その想いがいよいよ堪えきれなくなった。
そして玉吉は大声で叫んだ。
「やだ――!!」
いきなり駆け出す玉吉。父母が止める間もなかった。
玉吉は光の上を駆け抜けて、そこから飛び降りた。
「うわぁ――!!」
「玉吉――!!」
父母が叫んで呼びかけたが果たして玉吉の耳に届いたかどうか。
玉吉は上空から、猛烈な勢いで偶然にも湖に飛び込んだ。
地上でなかったのは運が良かったが、水はまだ冷たい。
湖の深みから浮かび上がると、もがくように必死に泳いで、なんとか岸に辿り着いた。
湖から這い出たときには、身体が芯から冷えて疲労困憊していた。
「とうちゃん、かあちゃん……」
それだけ呟いて、その場に倒れて気を失った。
その日の夜の黄金の牡鹿は、いつになく猛々しく森の中を疾駆していた。
轟く咆哮は空気を震わせ地響きが鳴動する。
降る雨は獣の焔に当たると、瞬時に蒸発し白い蒸気となって纏わりつき、森の辺り一帯の暗闇を共に包み込んだ。
森はまた「恐ろしい、恐ろしい」と声を呑み、闇の奥で息を潜めた。
