見出し画像

【連載小説】第28話『真昼に潜む影と真夜中に猛る獣の物語』

かくしてチョウマとイオリは旅に出る
それは楽しみではなくやむを得ない事情

急襲③ 旅立ち


旅に出る前にチョウマは吾作に告げた
家を空けることを繕う嘘を云って
幻想と現実が交わる祈りと魂の叙事詩


 チョウマとイオリは
 そのむかし ときの帝と
 たいそう仲がよかった
 そうな

 だが それを知る者は
 限られた者しか
 いなかった 
 そうな


 翌朝。
 雨は夜のうちに止んで良い天気となった。
 だが吾作は、宿酔ふつかよいに苦しんでいた。

 結局のところ、留蔵と平吉は夜が明けるまで吾作と獨酒を呑み帰っていった。
「うえぇ。気持ち悪い〜〜」
 布団の上で吾作が悶絶する。
 どうにも気分が優れない。畑仕事は休んだ。
 ガンガンと頭が痛いので、起きてから水を湯呑に一杯飲んだだけ。
 そして布団でモゾモゾしていると、家の扉を叩く音。

 トントントン。

「んんっ。何だべ。朝っぱらから」
 モサモサと起き上がり、ダラダラとしている。身体の動きが緩慢になった。

 家の外では、朝飯の支度を始めた長屋の奥さま連中が、ぺちゃくちゃとお喋りをしている。それもまた、騒がしいと云えたならよかっただろう。

 トントントン。

 扉を叩く音はまだ続く。
「はいはいはい」
 急ぐふりをして、吾作はゆっくりと動く。
「はぁい、どちらさま?」
 扉の向こうに声を掛けて、つっかい棒を外した。
『吾作さん。俺。チョウマだけど』
「へ? チョウマさん?」
 本気で慌てて扉を開けた。

 そこには見慣れた巨躯。吾作より頭二つ分、デカい。
 よく知る男が立っていた。
 ただ身形みなりがいつもと違う。
 編み笠を被り、手には手甲、脚絆を着けている。それに革足袋と草鞋を履き、振り分け荷物は肩に掛けて担いでいた。

「あらぁ、チョウマさん。どうしたの?」
「いや、どんもスンマセンね。
 うわ、酒くさぁ〜〜!」
「エヘヘ、ごめんね。昨夜は呑みすぎちゃった」
「うん。そうか。身体は大事にね」
「エヘヘ、面目ない。
 いやいや。それよりも、こんな朝からどうしたの? 珍しいね、チョウマさん。
 どっか行くの? 旅支度?」
「うん。そうなんだ」
「あや、そう云えばさぁ。
 昨日、都のお役人がチョウマさんのこと訪ねてきたって聞いたけどさぁ。
 どうしたの? なんかあったの?」
 それを受けてチョウマが話しを続けた。

「あゝ、知ってた? なら話しが早い」
「ん?」
「昨日さ、都から来たお役人ってのから仕事のお願いがあってさ」
 吾作は首を捻る。不思議そうに。
「仕事? 畑の?」
「あゝ、いやいや違うの。
 イオリのお客さんからの紹介で」
「んだか。イオリさんの」
「そうそう。イオリの腕前を見込んで繕ってもらいたいって仕事の話で」
「へぇ。結構な話でない? んで?」
「うん。で、イオリと一緒に紹介してくれた呉服屋さんに顔出してから、都まで行って案内してもらうの」
「んだか。大変だね」
「うん。まぁ、仕事だからさ」
「イオリさんは?」
「あゝ、それで行くんだけど女連れだと足が遅いから。行く前に吾作さんに声掛けて行こうって思って。イオリは先に峠の茶屋に向かわせて、俺はこっちに寄ってからって。
 ――んで来たの」
「気を遣わせて、悪いねぇ」
「いやいや、なんのなんの」
 吾作が尋ねた。
「どのくらい、かかるの?」
「それがね。判らないんだ。はっきりと」
「んだか。厄介だねぇ。
 あ、いやいや仕事だけどさ。
 畑はどうするの?」
「うん。取り敢えず耕すまでして種芋は植えたけど。間に合えばいろいろ育てたいけど。
 どれくらい空けるのか判らないからさ」

 畑仕事のことは本当。
 だが、無論イオリの繕い物の話は嘘。

 チョウマが夜に暴れている間にイオリが筋書きを書にしたためていた。
 それをチョウマが話しを合わせたのだ。

 吾作には、いつも嘘をついている。
 出会って五年を過ぎて、ようやく吾作がここまで心のうちに踏み込んでくるようになったのは、この一、二年のことだった。
 距離感を詰めてくるようになったのは吾作の方だった。臆することなく無邪気に面白おかしく話しかけてきた。
 無碍むげにすることもできず付き合いが続いた。

 チョウマもイオリも、なるべく他人と拘らない暮らしがしたかった。
 それで今の住まいを気に入り生活していたが、これについては宛が外れた。
 ただ、吾作は話してみると親しみやすいし、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるので、今は恩義を感じている。

 その吾作に嘘をつくのに躊躇いがあった。
 本当のことが、チョウマもイオリも話せないのだ。いや、話したくない。
 事実を知ったら何と思うだろう。

 チョウマもイオリも逡巡しゅんじゅんする。

「怪異のことを知られたら哀しくなる」
 だから嘘をつく。

 つき続けるしかなかった。
 実際にそれがあるかのような芝居をしなければならない。

 今のところは必要ないが、いざとなれば、代わりのものに“呉服屋”の芝居をしてもらう手筈も考えていた。
「人」として、怪異が人里に住まうことの難しさを改めて感じ入る。
 そんな思惑があるとも知らずに、吾作は熱心に話しを聞いていた。



いいなと思ったら応援しよう!