【連載小説】第25話『真昼に潜む影と真夜中に猛る獣の物語』
揺らめいて蠢く黒い影
妖しくも虚ろな怪異
勅⑤ 潜む影
チョウマが指差したそこに現れ出でたる
それがイオリのもう一つの姿だった
幻想と現実が交わる祈りと魂の叙事詩
何もない部屋の片隅。ただの暗がり__。
二人は自分たちの目を疑う。
何もないところで何かがユラリと震えた気がしたからだ。
眉を顰めて、ジッと見つめる。
陰の中で影が収斂する。
影は渦を描きやがて黒いモノになって、その中から白い面が浮かび上がった。
「ハッ!?」
と息を呑む二人。
それは能面よりも無表情に、ただ無言で穏やかながら有無を云わせない静謐さを湛えていた。
片倉と安西の二人はそれに「見られている」ことだけは感じた。
その白い面は、二人のことを見下ろす位置にあり何も語ることなく、ただ在った。
額に脂汗を滲ませて、二人は声を出すのが精いっぱい。
噂にイオリという女が美しいと聞いていたので興味があったが、今さらながら後悔していた。
「も、もう……判り申した。十分にございます」
二人の様子を見ていたチョウマは軽く口元を緩ませて、影に話しかけた。
「イオリ。もういいかな」
そのとき、その白い面が大口を開けて、確かに笑った。
口角が耳まで上がり目尻が下がって、それは露悪的な印象の高笑いであった。
遣いである二人は目を丸くして、その一点を見つめ続けた。目を離せなくなっていた。
そして奇妙な影は部屋の中から姿を消した。
あとには二人の遣いが訪れる前と何も変わらない様子である。二人が知る由もないが。
片倉と安西は
「ほおぉ……」
とようやく、溜息をついて胸を撫でおろす。
「畏れ多くも、吾らチョウマ・イオリ両名、光顕帝陛下のご恩寵に蒙り、臣下として末席に列する身にてござ候。
その御恩に報い奉り、命を賭して御礼仕る心構えの次第にござりまする。
よろしいか?」
チョウマが二人に念を押すと深く一礼し、片倉と安西は逃げるように家の外へと出て行った。
「イオリ。
ちょっとやり過ぎたろうかな。
そんなつもりもなかったろうが」
決して一人ではないチョウマは声をかけた。
「旅支度をしようか」
イオリが今現れたなら、どんな言い訳をしただろうか。
ただチョウマはなにか責めることもなかった。
「今度は何かあったら俺の番だな」
自嘲気味に呟くチョウマ。
イオリはと云えば姿を見せず、そこはチョウマに変に気を遣わずに放っておいた方が得策と心得たようだ。
雨が降り続く。
囲炉裏では鉄瓶の湯も沸いている。
ザーザー、ポツポツ、ピチャピチャと雨が降り滴り落ちる。
シューシュー、カタカタ、パチパチ、メラメラと囲炉裏の鉄瓶が音をたてる。
四方から聞こえてくる様々な音。
雨と鉄瓶の音色はずっと同じではなくときどき転調する。
雨に濡れたくないので家の中でジッと耳を澄ませていると、心地よく馴染むまでには時間がかかる。
移りゆく日々に奏でる調は、今ここにあって、今日は森が五月蝿いくらいに騒いでいるようだ。
