【連載小説】第12話『真昼に潜む影と真夜中に猛る獣の物語』
辺り一面、寝静まった夜半の森。
闇が沈澱した世界に、孤独を噛みしめて梟が、「ホーホー」と淋しげに鳴いている。
ただそこへ、重く低く轟く地響きとともに、熱き焔を纏う黄金色の異形が現れる。
それは、まるでこの世のすべてのものを灼き尽くし、踏みにじるかのような荒ぶる姿だった。
不穏① 燃える牡鹿
小夜すがら 光が失せた静かな世界に
ただ猛る この世不成の異形
幻想と現実が交わる祈りと魂の叙事詩
日は地平線の彼方に沈み、宵闇の濃い藍色の帷が空に広がる。
太陽に代わって空に浮かぶのは白銀の満月。
月は上空に輝き、森は漆黒に染まる。
木々は風に震えることもなく、森は鎮まっている。
夜行性の動物たちだけが、腹を満たすために動き回っている。
静まり返った森にも、生命は息づいていた。
と、突然。
ズガアァ――ン! ゴロゴロゴロゴロ!
けたたましい轟音が鳴り響いた。
雷鳴ではない。
夜空は雲一つなく晴れ渡り無数の星が瞬いている。
そして、ズズンッと、まるで地の底から突き上げるような低い地鳴りが後に続く。
梟は飛び去り猪たちは駆けずり回る。
その森にいた動物たちは恐れ慄き、当てもなく逃げ回った。
続いて、ドドドッと腹の底に響く音を鳴らしながら、何者かが夜の森に忽然と現れた。
もし見たものがあれば、驚いたに違いない。
焔が、正確に云うと焔を纏った何かが暗い森の中を、明るい光跡を遺して真っ直ぐに駆け抜けているのだった。
障害となるものは構いもしない。
木々が邪魔ならばへし折るし、大きな岩は砕いて蹴散らす。その光跡は延々と続いている。
頭に生えた険しい角。
ひたすらに大きな身体。
見た目は一瞬牡鹿と思えなくもない。
だが、逞しい巨体は鋼のような筋肉が盛り上がり、吐く息は火炎。
立ち昇る焔はそのせいだろう。
黄金色に身体は輝く。
長く延びる焔が光跡となる。
地鳴りは、その獣が蹄で大地を蹴る音だ。
ドドドッ! ドドドッ! ドドドッ!
地鳴りとなって大地が揺れる。
止めるものはいない。
止められるものもいない。
森の静けさを破って疾駆するそれは今、暗闇の中に生きる総てを征する王となっていた。
獣はやがて小高い崖の淵まで行くと立ち止まりその場で下界を見下ろす。
そこで何を思うのか。
他の動物たちが慌てるさまを見て嘲笑するわけではないだろう。
その姿は威風堂々としていた。
虚空を睨む、焔を纏った黄金の牡鹿。
「グロオォ――!! ゴアアァ――!!」
遙か彼方、地平線の向こうまで己の存在を誇示するかのように咆哮した。
神解けの如く大気が振動して大地も震えた。
暗闇の中の森はまるで怯えているかのように沈黙を守った。
それは森に生きる生き物たちの言葉を代弁しているかのよう。
「ただ恐ろしい。恐ろしい」
牡鹿の咆哮はときの経つのを止めたかと思えるほど長々と続いた。
つづく
