【連載小説】第19話『真昼に潜む影と真夜中に猛る獣の物語』
※暴力的・残酷な描写を含みます。
心身の状態に留意してお読み下さい。
平和な暮らしを願い彼らは集う
しかしながら毒牙はそれすらも蝕む
東方諸国③ 防人
日々の安寧が過ごせると信じたその日が
彼らの運命の終焉の日となった
幻想と現実が交わる祈りと魂の叙事詩
その日、防人の内野忠成は当直で兵士詰所にいた。同僚の山倉三郎助、他に三人。津田、大久保、谷津らとともに、計五人で。
「あぁあ、今頃は城下は春分のお祭りで賑やかなんだろうな! ついてない!」
「やむを得んな」
内野は笑って山倉のボヤきを聞いていた。
「こういうのを運が陰性に傾くって云うのかなぁ」
「ハハハ。
春分と云えば、チョウマの奴は生まれが確か春の日だったもんなぁ」
「あゝ。
チョウマかぁ。懐かしいなぁ。
今頃、元気にしてるだろうか。
あのときのお別れは唐突だったからなぁ。
久しいなぁ。あんのぉ、お祭り男めぇ……!」
山倉はそう云いながらさっきから詰所の出入り口を行ったり来たりして落ち着きのない様子だ。
春のお祭りと、それに纏わる旧い友を思い出して、それはもう落ち着かないようだ。
だが、気持ちは判らないでもないがまるで警備になっていない。
内野はそのことが気になっていた。
他の三人は警らにあたり外へ巡回している。
「おい、三郎助!
お前さっきから見張りになっておらんぞ!
仕事は優先せんか!
お前それでも防人の端くれか?」
詰所の部屋でチロチロ燃えているカンテラの灯りよりも、外でパチパチ爆ぜている篝火の炎の方が明るい。
その光は出入り口の方から差し込み山倉の影はそちらから映る。
虚ろな影が目の前でウロウロするので邪魔くさいといえば確かにそうなのだ。
山倉の軽口や態度もそうだが何よりも神経質な内野はその影が視界に入るのを嫌っていた。
だが内野の呼びかけに山倉の反応がない。
書状を読んでいた内野は急いでそれに一通り目を通した。読み終えると出入り口に目をやる。
そこで気がついた。
「山倉がいない」
出入り口はまるでそこだけ闇夜を切り取ったかのように四角で黒く浮かんでいる。
「? 三郎助?」
つい声をかけたが返事がない。
「?」
椅子に座っていた内野はゆっくり席を立ち、眉を顰めて出入り口に向かう。
首を巡らせてさっきまでウロウロしていた山倉を探す。警らにあたっていた三人が帰って来た。
「どうした?」
と大久保。
「三郎助を見なかったか?」
と内野が尋ねると津田が云った。
「厠じゃないか?」
「それなら声をかけたらいいのに」
内野が答えた。
「山倉?」
炎が揺れるさまはまるで内野の不安な気持ちを代弁しているかのようだ。
不審に思いまた声をかける。
「山倉? どうした?」
篝火は詰所の四方に一つずつ配置されていた。誰が見ても途絶えもせず燃え続けている。
内野以下、津田、大久保、谷津が揃って声をかけた。
「山倉? いるか?」
厠ではなさそうだ。
様子がおかしいことに四人は思い至り皆で腰に佩刀した刀の柄に手をかける。
それぞれが四方にソロリソロリと踏み出して進み始めた。
「山倉? おるか?」
静かに声をかけた。
だが、その声は暗闇の中に広がっているであろう海に呑み込まれて儚く消え入る。
様子は見えない。
代わりに聞こえるのは、真っ暗な海から波の音が木霊のように返ってくる。
炎に誘われて羽虫が集り、燃える薪の爆ぜる音だけが、闇に弾けた。
「山倉?」
呼びかける声が重なるが、それで気がついた。
「谷津はどうした?」
「山倉?」
と同調していた声が三人になった。
谷津の声が聞こえなくなった。
「谷津? どうした?」
返事がない。
ますます以って様子がおかしい。
飛んでいる羽虫が目障りだった。
内野が手で羽虫をはらう。
「大久保? いるか?」
「おう」
内野が声をかける。
「詰所に戻れ。何かおかしい」
篝火の明るい炎の光を背に内野、大久保が詰所に戻る。山倉、谷津。そして……。
詰所に戻ったのは二人だけだ。
内野と大久保。
津田がいなかった。
明るい詰所の前で二人は訝しむ。
「津田もおらん」
篝火のまわりだけ明るいが、その先の暗闇の様子が伺いしれずにいるので、内野と大久保の心に重いものがのしかかる。
海の波の音、羽虫の集る音。まわりの雑音が聞こえなくなるほどの緊張感で二人は昂っていた。
「警笛を鳴らすか?」
大久保が小さな笛を取り出した。
金属製の小さな竪笛。
それを鳴らそうと大久保が咥えたそのとき、
「待て」
と、内野がそれを止めて詰所の前を指差す。
振り返る大久保。
そこに山倉が闇の中で突っ立っていた。
灯りがヌラヌラと兜を照らしていた。
安堵の息を洩らした内野と大久保の顔が綻んだ。
肩に入った力が抜けていく。
「何だお前!?
いるならいるで返事くらいしろ!」
と、声を絞り出すようにして山倉の傍に駆け寄る内野。
山倉は詰所の中から足を引き摺るようにして出てきた。
爆ぜながら燃える、その灯りが山倉をボンヤリと照らしている。
山倉の背後は別世界のように真っ暗だった。
その山倉が右手で手招きをする。
「何だ? どうした?」
内野は緊張していた先ほどとは違い、すっかり気を緩めている。
遠慮なく歩み寄った。
その様子を見ている大久保。
そこで内野は、ふと気がついた。
山倉の背後の闇。
詰所の中から山倉の身体に生えているように何かの棒が伸びていた。
「?」
棒が山倉を支えている。
何の棒?
違う。
篝火の炎が映ってキラリと光った。
金属。
……。
刃物!
山倉の背後の闇から幾つもの刃物が深々と刺さっているのだ。
誘っていたのは山倉ではない。
背後の闇から山倉に成りすました何者かが手招きしていたのだ。
慌てて腰の刀に手をかけて抜刀しようとする内野。そして大久保に叫ぶ。
「笛を……!」
それが鳴れば誰かが――。
山倉の正面に立ったその内野の顔面、心臓を狙い澄ましたように銃剣の刃が突き立てられた。
それは、ずいぶんサクッと簡単な音を立てて。
闇の中で蠢く黒い鎧兜の兵たち。
咄嗟に笛を吹こうとした大久保の手からそれを取り上げる背後の大きな手。
振り返ると大久保よりも遙かに大きな男が小さな竪笛を手に持ち上げていた。
『これは困るのだ』
何を云ったかは大久保は理解できなかった。
が、警笛を取り上げられて、すかさず佩刀した刀を抜き放つ。
「おのれ! 曲者!」
そして大久保はその大男に刀で斬りかかった。だが、ギンッと鈍い音がして鎧で弾かれる。
口の端を吊り上げて嘲笑う大男は、竪笛を指先でグニャリと潰して大久保の顔面に掴みかかると、非ぬ方向へ捻った。
ボキッと首を折られて大久保が即死した。
内野と大久保。
抗う間もなく斃れた。
山倉以下、谷津、津田の三名の行末は知れようというもの。
かくして、防人五人の生命は呆気なく絶えた。
