インターネット上の存在になっちゃいたい人
むかしむかし、ある町に、現実(げんじつ)という名の若者が住んでおりました。
現実は毎日、町の人々と顔を合わせ、言葉を交わし、共に働いておりましたが、心の中では、いつもこう思っておりました。
「わたしは、インターネット上の存在になっちゃいたい」
町の人々は不思議そうに尋ねました。
「インターネット上の存在とは、どういうことじゃ?」
現実は答えました。
「画面の向こうで、たくさんの人と繋がりたいのです。場所に縛られず、時間にも縛られず、自由に存在したいのです」
ある日、現実は山の頂に住む仙人を訪ねました。
「仙人様、どうすればインターネット上の存在になれますか?」
仙人は静かに笑って言いました。
「それは簡単なことじゃ。しかし、問いたい。お前は何のためにそうなりたいのじゃ?」
現実は考えました。
「孤独から逃れるため...いや、もっと多くの人に認められたいから...いや、本当は...」
仙人は続けました。
「インターネット上の存在になっても、お前の心はお前の中にある。画面の向こうで輝く光も、結局は誰かの心から生まれておる。存在する場所を変えても、お前自身は変わらぬぞ」
現実ははっとしました。
「では、わたしが求めているのは...」
「お前が求めているのは、居場所かもしれぬし、自由かもしれぬし、つながりかもしれぬ。それは、どこに存在するかではなく、どう存在するかではないかのう」
その後、現実は町に戻り、インターネットでも、現実世界でも、自分らしく存在する道を探し始めたとさ。
そして村には「心の居場所は、場所にあらず」ということわざが残ったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2025年9月24日22時34分に書く無名人インタビュー1181回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは 歌耶子 さんです!
年齢:40代前半
性別:女性
職業:塾講師×ライター・編集者
note:https://x.com/kayaco_writer
X:https://x.com/kayaco_writer
このインタビュー記事は、自殺を助長するものではありません。
現在:授業は好きだけど、本質的にあまり人間が好きじゃない
qbc:今何をしている人でしょうか?
歌耶子:週の半分は学習塾の講師として国語を教えていまして、残りの半分でライター業をしています。あとはライティング講座の講師をしたりもしています。
qbc:今の状態になったのは、いつ頃からなんですか?
歌耶子:この働き方は今年の2月からで、それまではずっと正社員で塾講師をしてました。で、副業でライターを始めたら、思ったよりうまくいってしまったというか。「二、三年後ぐらいにこういう働き方ができたらいいな〜」と思ってたんですけれど、一年ぐらいで到達して、今はめちゃくちゃハッピーな日々を過ごしてる感じです。
qbc:到達したかったところというのは?
歌耶子:塾の仕事はすごく好きで、授業はやめたくなかったんです。もともと私は生徒にも、「80歳まで授業をして、授業中に倒れて死ぬんだ」って公言してるような人間なので(笑)。ただ正社員っていろいろ大変なのでしんどさを感じていて、「あーもう、授業だけしたい!」って思っていたんです。
で、たまたま副業でWebライターっていう仕事を始めて、「あ、こっちでも生活ができそうだな」ってなってきて、じゃあ非常勤にしてみようかなと今は(非常勤に)切り替えた感じです。
qbc:いわゆるフリーランスになってみて、いかがですか?
歌耶子:うーん、すごく楽っていうのはやっぱり感じます。私、授業は好きなんですけど、本質的にはあまり人間が好きじゃないので、外にいると疲れちゃうんです。週の後半になるともうぐったりしちゃって「もう何もしたくなーい」みたいな…。
今は週三日間、授業だけっていう形になって、だいぶストレスが減りました。そもそも私は元ネトゲ廃人で、家にいる間ずっとパソコンの前にいるのが当たり前の人なんです。だからライター業っていうのはめちゃくちゃ性に合ってるなと。今すっごい楽です。
qbc:楽っていうのは、具体的にはどう楽なんですか?
歌耶子:「人前用の顔」をしなくていいことですね。人前に出るとすごく表情を意識してしまうというか、どう見られてるかを気にしてしまうので、そのストレスがなくなったっていうのが非常に大きいと思います。
qbc:でも塾の授業は今でも週に3日入れてるんですよね。
歌耶子:授業はものすごく好きなんです。そもそも国語っていう教科がものすごく好きで。生徒の中には国語が嫌いな人もいるかもしれないけど、せめて「塾でやってる国語の授業は嫌いじゃないな」って思ってもらえたらいいなというスタンスで、ハイテンションにやっています。もはや演者ですね。楽しい授業をやるから、自分も楽しいみたいな。
qbc:国語だけを専門で教えているんですか?
歌耶子:そうですね。実は国語の先生って少ないんですよ。皆さん「解けるけど教え方が分からないから国語はやりたくない」っておっしゃるんです。そんな中、私はたまたま国語がもともと好きだったのと、文法なんかも得意だった結果、だんだん国語ばかり任されるようになっていって…。今はもう完全に国語一本ですね。
qbc:とはいえ疲れてしまうと先ほどおっしゃっていましたが、どの辺りで疲れるんでしょうか。
歌耶子:何でしょうね?授業以外でかかわる大人が苦手なんですかね。
qbc:一番嫌なシチュエーションってどういうシチュエーションですか?
歌耶子:保護者面談ですね。お話することは嫌いじゃないんですけれど、気を遣うので。
qbc:では逆に、授業以外に得意なシチュエーションってあります?
歌耶子:あんまりないです。
qbc:授業以外には何にもない?
歌耶子:授業以外はそんなに好きじゃないです。
qbc:全ての人間関係が嫌だ、と?
歌耶子:そうかも。チャットはいいんですけどね。お会いしてお話しするというのはすごく苦手です。
qbc:ちなみにこういう音声通話はどうですか?
歌耶子:割と大丈夫なんですけど、でもやっぱり「よし、やるぞ」っていう一定の気合いは必要でした。自分で申し込んだくせに(笑)。
qbc:保護者面談以外に、一番嫌なシチュエーションってあります?
歌耶子:うーん、職場の会議はかなり苦手でした。どうしてもコミュニケーションがトゲトゲするじゃないですか。意見を出し合ってる間に感情的になる先生もいらっしゃるし…。私、人が怒ってるのダメなんですよ。あんまり実家の家庭環境がよくなくて。怒ってる人間っていうものがすごく嫌なんです。それで、会議とかは苦手ですね。
qbc:なるほど。ライターがご自身に合っていると感じる理由は何ですか?
歌耶子:私、もともとインターネットで文章を書いてたんです。最初に個人サイトを持ったのって多分1999年とか…。書くこと自体は、インターネット以前の中学生時代から、親にお下がりでもらったワープロ専用機でやっていました。最初は小説とか書いてたんですけれど、大学生ぐらいになったらエッセイ書いて。
要はテキストコミュニケーションとか文章とか文字っていうものがすごく好きなんだと思います。
qbc:具体的にはどんな文章を書かれてたんですか?
歌耶子:中学時代の小説は、当時オタクだったのでよくあるファンタジー小説ですね。剣と魔法の世界みたいな。でも完結しないんです、中学生の小説なんて(笑)。多分二本ぐらいしか完結させられなかった。
あと、星新一さんにハマっててショートショートも書いてました。当時は感熱紙っていう紙が安いんで、それを買って印刷してお友達に見せてましたね。
エッセイは酒井順子さんにハマっていて。彼女の人間観察の仕方とか、なんか毒っぽいんだけどちょっと上品な感じの文章とかが好きで、私も明らかにその影響を受けたエッセイを書きまくってました。
qbc:文章を書く以外の趣味とかってあったんでしょうか?
歌耶子:今は仕事ばっかりしてるんですけど(笑)ゲームは好きです。私って遅咲きゲーマーなんですよ。実家にいた頃は結構娯楽を制限される家庭だったんで、大学生になってからめちゃくちゃはじけちゃったんです。
若い頃はオンラインゲームに一気にハマって、三日ぐらい寝ないでずっとゲームしてるとか、そういう大学時代を送っていて…実は夫ともネットゲームで出会いました。
qbc:タイトルは何ですか?
歌耶子:最初はファンタシースターオンライン(PSO)っていうのをやってたんですけれど、夫と出会ったのはラグナロクオンライン(RO)です。後者はまだ運営中ですね。
qbc:性格は人からなんて言われたりします?
歌耶子:外にいると明るいとか優しいとか言われますね。でも夫からは「毒の塊みたいな人間」って言われます(笑)。
qbc:毒ってどういうことですか?
歌耶子:私って、他人をすごく冷たい目で見てる人だと思うんです。根っこに人間嫌いがあるので、そのせいかもしれません。感動する物語とか一切受け付けないですし、人に対する評価がすごく厳しいし、自分に対しても厳しいし。でも見た目上は明るく優しく振る舞っているから、ときどき「その二面性が怖い」って言われることがあります。
qbc:自分自身ではどんな性格だと思ってらっしゃいます?
歌耶子:自分でも性格は悪いと思います。
qbc:ご自身を「悪い」と定義するのであれば、逆に「良い性格」ってどんなのだと思いますか?
歌耶子:やっぱり感情の起伏がちゃんとある人でしょうか。
他人のことで本当に泣ける人とかって性格いいなって思うんですよ。うれし泣きでもいいし、悲しい話を聞いて一緒に泣くでもいいし。あるいは怒ってる人に一緒に怒ってるとか。
「共感」が強い人を見ると優しいんだなって思います。私はそういう共感がイマイチできない部分があって、自分でも性格よくないなぁと思いますね。
qbc:人のために泣ける人になりたいですか?
歌耶子:別になりたくはないんです。ただ羨ましいなあって思います。
qbc:でもいい性格だなとは思うんですか?
歌耶子:そうですね。素晴らしいなって思うけど、自分がなりたいかっていうと別になりたくはないかな的な。
qbc:人間関係は苦手とのことですが、パートナーとの関係ってどうなんですか?
歌耶子:彼とは多分ずっと「カップルの関係性」のままやってる感じがします。子供もいませんし、お互いゲーマー同士なんで、家に帰ってきてからもそれぞれが自分のパソコンの前にいて、自分の画面を見ながらたまに喋ったり喋らなかったりするみたいな感じです。
qbc:パートナーとのコミュニケーションも嫌だと思いますか?
歌耶子:嫌じゃないことが多いです。ただ、疲れるのは疲れます。やっぱり夫がいる時点で「100%素の顔」ではいられないので。
ただ、私が大学生のときに、精神をものすごく病んだ時期があって。で、当時はまだ一緒に住んでいなかった夫と、それこそチャットでものすごい量のやり取りをしていたんですよ。そのときに、お互いの根っこのコンプレックスの部分とか良くない部分とか、もう全部言語化し終わってる状態になっちゃったので、他の人と話すよりはだいぶ楽です。
qbc:なるほど。ちょっとライターの話に戻るんですけれど、実際にはどんなお仕事をされているんですか?
歌耶子:大学生向けの就活メディアの記事を書くとか、ECマーケティングに関する事業者向けの記事を書いたりとか、高校生向けの学習アプリの問題を作ったりとかもしてます。あとYouTubeの事件解説系チャンネルでディレクターもしていて、他のライターさんの台本をチェックしながら自分でも台本を書いたりとかしています。
あとは自分でライティングの講座をやっているので、そのスクールの生徒さんの対応と、あとクラウドワークスが運営しているオンライン講座のメンターもやってます。
qbc:「これが一番自分に合ってる」みたいなのってあったりします?
歌耶子:大学生向けの就活メディアのところのクライアントさんが大好きなんです。すごく指示が的確で。たとえば私が記事を一本書くと、200箇所ぐらい指摘のコメントが来るんです(笑)。
でも私、何も言わずに記事を受け取られるよりも、一緒に直して直してお互いに納得がいくまで仕上げるみたいな仕事の方が好きなんです。要はそのメディアの内容が好きっていうよりは、そのクライアントさんの姿勢が好きって感じですね。
qbc:事業内容は全く関係ないってことですね。
歌耶子:そうですね。この企業とは、以前は全然違うメディアでお仕事していたんです。でもそのメディアが更新停止になっちゃって。「じゃあこっちで書いてみませんか?」って言われて今のところで書いてます。
qbc:今、「仕事の時間と生活の時間」を分けるとしたら、お仕事の時間は?
歌耶子:95パーセントぐらいです(笑)。
qbc:じゃあ生活と仕事しかしてない感じ。
歌耶子:ほとんどそうですね。残りの5%は寝る前にちょっとスマホで漫画読んだりゲームしたりをするぐらいですね。
qbc:その生活はいつから?
歌耶子:副業を始めてからずっとこうなので、ここ二年ぐらいはこんな感じです。
qbc:普段、仕事以外の外出ってされますか?映画を見に行ったりとか、外食をしたりとか。
歌耶子:6月か7月に国宝を見に行きましたね。(※収録時期は9月)
qbc:例えば国宝って話題になってる映画じゃないですか。これは社会との接点だと思うんですね。
歌耶子:確かにそうですね。私、ライターさんのXをめちゃくちゃたくさんフォローしているんですが、そこですごく話題になっていたので気になって行きました。
qbc:オンラインコミュニケーションはいいけどっていう話ですかね。
歌耶子:そうですそうです。
qbc:オフラインで会うのは疲れるけれど、オンラインでなら社会とつながれるみたいな。
歌耶子:そうですね。オンラインでは人間関係も大事にしてます。
過去:教育ママとネグレクトの合わせ技みたいな。
qbc:子供の頃はどんなお子さんでしたか?
歌耶子:めちゃくちゃ優等生でした。近所で評判の◯◯ちゃんみたいな。ただ、家の中は最悪だったので。あんまり子供時代にいい思い出はないです。
qbc:最悪っていうのは…?
歌耶子:母親が…多分今思うと育児ノイローゼで精神がぶっ壊れちゃってて。そして多分私もちょっとそうなんですけれど、母もADHDらしき特性を持ってるタイプの人で。
うちは両親とも九州出身で、父が東京で働くために埼玉に出てきた形なんですね。だから頼れる親戚とか昔からの友達とかが母には一切いなくて。そんな中、私と三歳下の妹がいて、しかも私が小さい頃から落ち着きがなくてめちゃくちゃ喋る子だったんで…。
多分、母はストレスでおかしくなっちゃっていたんです。で、家の中もぐっちゃぐちゃで、もうテレビに出ちゃう汚部屋みたいな感じだったし。食事も一応出してはくれたんですけど、いわゆる「ちゃんとした食事」ではなかったりとか。
qbc:ちゃんとしてない食事とは?
歌耶子:朝も昼も菓子パンとか。夕飯だと、ご飯と焼き魚のみとか、お肉を焼いてタレをかけたものだけ出てくるとか。一応ちゃんと食事自体はあるんですけど、品数とか栄養バランスとかはめちゃくちゃでしたね。
qbc:ちっちゃい頃に好きだった遊びとかありましたか?
歌耶子:お姫様ごっこでしょうか。
qbc:それは幼稚園ぐらいの頃ですか?
歌耶子:そうです。あとお絵かきですね。あと読書。外遊びの時間とか嫌で、できるだけ本を読んでいたいタイプでした。
qbc:小学校とかの人間関係ってどうですかね?今は人間が嫌いだって言ってましたけど。
歌耶子:幼稚園までは結構リーダー的なキャラだったんですけど。小学校に入ってからは少しずつ「この子ちょっと変かも」って思われるようになっていって。
私、小学校まではお風呂に週一回しか入ってなかったんです。だんだん小学生ぐらいから「こいつ変だな」って思われるようになってきて、高学年になる頃には本格的にいじめられてましたね。
qbc:今のお話は「今」の認識で話されていたと思うんですけど、リアルタイムの、子供のときにはどういう自己認識だったか覚えてます?
歌耶子:当時は、外部の大人から褒められることが支えだったので。外ではいい子にするっていうことをとにかく気にしていました。家の中がひどすぎたので。
当時まだ「虐待」って概念はメジャーじゃありませんでしたけど、私は自分のうちがおかしいってことは分かっていたんですよ。
ちょっとヘビーな表現ですけど私、小一ぐらいから「母親に殺されてしまいたい」と思っていて。
もし母親が私を殺したら、母親がこれまで私にやってきたことも世間にバレるだろうって思ったんです。「全部バレてしまえ、罰せられてしまえ」と思ってました。
自分で誰かに訴えるっていう手段を思いつかなかったんでしょうね。
qbc:お父さんはその時どういう感じだったんですか?
歌耶子:父はすっごく優しい人なんですけど、当時は会社を立ち上げたばかりでめちゃくちゃ忙しかったみたいです。朝6時過ぎに家を出て行って、帰ってくるのは夜12時近くみたいな生活でした。ちっちゃい頃は休みの日しか会わなかったですね。
qbc:中学校はどんな感じなんですかね?
歌耶子:中学校に入ったら、自分が実は成績の良い人間だってことがわかったので元気になりました(笑)。
小学校のカラーテストだと、みんな90点とか100点とか普通に取るじゃないですか。私、中学校に入っても小学校時代と点数が変わらなかったんです。初めての中間テストの点数は未だに覚えてるんですけど、486点で。
qbc:500点満点で?
歌耶子:そうです。そこで一気に周りの見る目が変わったんですよ。
小学校では単なる「やばい家の子」だったのが、中学校に入ったら「え、コイツ頭いいじゃん」ってなって。そこからは結構その「成績の良さ」っていうのを拠り所にして生きてた感じがします。
qbc:中学校時代、家族関係に変化はあったんですか?
歌耶子:母親はちょっと落ち着いたと思います。私の成績が良いことが判明したので、多分そこで親も見る目がちょっと変わって。
一方で、この時期になると妹が全然勉強できない子であることも分かってきたんです。私が中一のときに妹は四年生なんですけど、既に学校の内容が危ういみたいな。
それで母親の心配とかのエネルギーが全部そっちに向かうようになって、私は勉強のことしか言われないようになりました。
qbc:ちなみにお風呂問題はどうやって解決したんでしょう?
歌耶子:お風呂問題は、「自分でシャワー浴びればいいんだ」ってことに気づいてからはちょっとずつ改善していきました。
qbc:そもそも毎日入るって発想自体がなかったわけですか。
歌耶子:父親は入ってたと思うんですけれど、なんせ家にいないから分からなくて。
母親は全然お風呂に入らないんですよ。彼女に至っては、パジャマにすら着替えないで、ずっと同じ服を着たまま2週間ぐらい平気で過ごしちゃう人なんです。
だから「お風呂に毎日入る」って、アニメとかドラマの話だと思ってました。でもだんだん中学生以降は「ホントにそういうものなんだ」っていうのが分かってきて。「シャワーって自分で勝手に浴びてもいいんだ」ってことにも気づいた形です。
qbc:高校時代はいかがでしたでしょうか?
歌耶子:高校については、高校入試からお話してもいいですか?
当時、母親がめちゃくちゃ行かせたがっていた県立の学校があったんです。でも私、自分が行きたいと思っていた私立高校が別にあって、既に合格をもらえていたんですよ。それで、県立高校の入試は白紙で出して帰ってきて(笑)。
qbc:え、白紙ってバレなかったんですか?大丈夫なんですか?
歌耶子:当時は点数の開示とかなかったんです。だから自分で合格発表を見に行って「番号なかったよ」って言って終わり、みたいな感じでした。
qbc:高校生活自体はいかがだったんですか?
歌耶子:高校は楽でしたね。自分で言うとアレですが、わりと偏差値の高い女子校に入ったのが大きいと思います。その学校の子たちって、嫌な人からは離れるだけで、わざわざ攻撃するってことをしないんですよ。
それと中高生当時は、どこか俗世間から離れた空想とか哲学の世界で生きていて、中学の同級生と話が合わなかったんですけど、高校は結構そこが通じる人が多くてありがたかったです。
qbc:物を書いていたのはいつ頃からって言ってましたっけ?
歌耶子:中学校2年生ぐらいですね。
qbc:当時好きだったコンテンツ、覚えてますか?
歌耶子:もともと小5ぐらいからは、父親のミステリ小説を読んでいました。西村京太郎だったり、森村誠一だったり、松本清張だったり。
でも中学生になって、部活の友達の影響で初めて漫画っていうものをちゃんと読んだんですよ。そしたら一気にオタクになっちゃって。いわゆるサブカル的なコンテンツに一気に傾倒しましたね。
で、森村誠一の真似は自分にはできないじゃないですか。本格推理小説なんて書けない。でもライトノベルは書けそうな気がしたんですよね。それで自分でもファンタジー小説らしきものを書いていました。
qbc:では、高校の頃にハマっていたことはありますか?
歌耶子:高校1年生のときは相変わらず少し浮いちゃってたので記憶もあまりないですね。2年生のときに、ミュージカルの同好会に入ったんですよ。ただ、私は演者じゃなくて、ピアノの伴奏者として入ったんですけど。高3の秋までは、もうずっとそのミュージカルのことというか、その活動のことで頭がいっぱいでした。
qbc:ミュージカルっていうのは、何をやってたんですか?
歌耶子:「レ・ミゼラブル」っていう帝国劇場でやってる演目です。毎年ずっとその演目をやり続けるっていう同好会があったんですよ。
「レ・ミゼラブル」ってセリフと歌じゃなくて、ずっと音楽と歌だけで出来ているミュージカルなんですが、その音楽部分をピアノで弾くっていう係を担当していました。
qbc:なんか、お嬢様学校ですか?
歌耶子:当時埼玉ではそう言われてましたね。
qbc:大学はいかがだったんでしょうか?
歌耶子:大学は…まず大学入試でまた高校入試と同じことをしましたね(笑)。行きたくないなら願書も出さなければいいと思われるかもしれませんが、親に対してそういう意見を押し通す気力がもうなかったんです。
qbc:親御さんが行かせたがっている学校があったと。
歌耶子:◯◯に行かせたかったみたいです。
qbc:◯◯の理由ってあったんですか?
歌耶子:わかんないです。多分私大で一番いいと思ってたんじゃないでしょうか?高校の途中ぐらいから、なぜかずっと◯◯って言われてて。
私、本当は上智大学を受けてみたかったんです。高校もキリスト教だったので、「キリスト教の学校」の精神性というものに惹かれていて。
結局、◯◯と入試日程が被っていたから上智には出願すらできなかったんですけれど。で、◯◯の入試は白紙で帰ってきて、全然関係ない国立大の教育学部に行きました。
それで、大学はダメでした。
qbc:ダメって?
歌耶子:人間関係が、また中学校と同じような人達との間に戻ってきちゃって。多分、こっちがより一般的な「社会」に近い場なんですけど…。あんまり偏差値も高くない大学だったのもあってか、また周囲と話が合わなくなっちゃったんです。
qbc:自分の属性とは違うところに行っちゃったってことですね。
歌耶子:そうですね。まったく勉強しなくても入れるくらい入りやすい大学だったので…。「ああ、勉強しなかったらこうなっちゃうのか」「そういえば世の中ってこうだった」みたいな感じで絶望してしまって、大学ではほとんど人間関係は作れませんでした。
一応学内で会えば挨拶したりご飯食べたりするくらいの友人は何人かいましたけど、プライベートで遊びに行くことは一切なかったです。
qbc:インターネットをやりだしたのって大学生のときなんですか?
歌耶子:あ、そうです。テレホタイム(笑)。オンラインゲームがこの時期ですね。
qbc:当時のオンラインって、深夜のテレホタイムに繋ぐせいで日中の生活ができなくなったりする問題とかあったじゃないですか。
歌耶子:そこは案外平気だった気がします。というか、もともと大学はサボりがちだったんです。私、多分父親の影響なんですけど、大学生ってサボるものだと思っていて(笑)。
父は今75歳で、学生運動より少し年下かな?くらいなんですよね。その父からよく大学時代のエピソードを聞いていたので、オンラインゲームとは無関係によくサボってました。
qbc:大学卒業後はいかがだったんですか?
歌耶子:まず卒業に6年かかったんですけど。
qbc:留年したんですか。
歌耶子:途中でいよいよ実家が無理になって、そこでメンタル壊れちゃったんです。
摂食障害になりました。体重が40kg切って、外にもまともに出られなくなって、この時期はサボりじゃなく本当に大学に行けなくて。それで留年ですね。
その次の5年目のときはちゃんと卒業するつもりだったんですけど、当時メンタル系の薬を飲んでいて体調も悪かったし。頭も働いてなかったんでしょうね。最後、1単位だけ足りなくて。その1単位のためにもう1年大学に行ったんです。
qbc:なるほど。
歌耶子:卒業後は、当時のバイト先の塾にそのままフリーターって感じで在籍してました。
qbc:就職活動はしなかったんですか?
歌耶子:しなかったです。当時はめっちゃ氷河期でしたし、私が見るからにガリガリで就活どころじゃなかったので、親にも何も言われませんでしたね。このころにはもう諦められたんだと思います。
qbc:フリーター時代がどれぐらい続くんですか?
歌耶子:2年ぐらいですかね?で、大学後半ぐらいにはもう、今の夫とラグナロクオンラインで知り合っていました。
ただちょっと、この時期の記憶はあんまりないんです。多分薬の影響なんですけど…。
とりあえずフリーターになってからも、精神的には不安定な時期が続いていました。自傷癖も出るようになってしまって、その影響で私、いまだに半袖を着られないんです。
qbc:当時の跡が残ってるんですね。
歌耶子:そうです。それでも塾のバイトには何とか行ってたんですけれど、それもどこかで行けなくなっちゃって…。
で、医師やカウンセラーと話しているうちに「一度実家から出てみよう」ってことになって、精神科に入院してみたんです。1週間ほど閉鎖病棟に。そうしたら、入院中すっごく精神的に楽だったんですよ。人生でそんなに母親と離れたことなかったので。
「あ、こんなに違うんだ」って思ったんで、一人暮らしをしようってことになって…あれ、どういう時系列だったかな?多分退院後…?に私、自殺未遂をしてます。
qbc:一人暮らしのときに?
歌耶子:いや、実家のときですね。具体的にいつなのかが思い出せないんですが。
qbc:何をしたんですか?
歌耶子:日本酒にタバコを溶かして飲みました。でも吐いちゃって失敗しました。
で、救急搬送されて病院で胃洗浄されて。そのあと、全然記憶にはないんですけど、どうやら母親に「病室に来るな」ってブチキレたらしいんです。多分そのとき初めて、私は彼女に対してキレたんだと思います。
それで一人暮らしが本当に始まったものの、そうしたら私、母親と同じ生活しか出来なくて。整理整頓もゴミ捨てもできなくて、あっという間に汚部屋になっちゃったんです。それに自傷癖もまだ収まっていなかったので、「今度倒れたらホントにまずい」ということになり、夫との同棲が始まりました。
qbc:何歳ぐらいの時ですか?
歌耶子:25とか26とか…それくらいだと思います。塾もさすがに行けなくなって辞めちゃって、一回その間同棲しながら療養って言う形になりました。
このときに夫も仕事を辞めたんですよ。彼はそれまでは競馬場の厩務員っていう、住み込みで馬のお世話をしたり、普段の練習のときに乗ったりする仕事をしてたんですけれど。住み込みじゃないと働けない業界なので。同棲当初は私が何するかわからないっていうのもあって、そこから1年か2年は一緒にニートしてました。
で、その途中で結婚もしました。
qbc:そのあとは?
歌耶子:その後はだんだん私の精神状態が落ち着いてきて、「ああ、やっぱり授業したい」ってことで、以前とは別の塾に改めて入りました。最初は週2回のバイト講師から始めて、途中から契約社員にしてもらって週4とか5とかに増やして。
35歳ごろには、正社員になりたいと思って転職もしました。でも結局正社員って働き方が自分には合わなかったんでしょうね。なんらかの事情で精神的にしんどくなったりして、正社員になってからは2年3年スパンでずっと転職を繰り返していたんです。その最後の会社にいるときに副業でライターを始めて、今に至る…みたいな感じです。
qbc:急にライターが出てきましたね。なんでライターを始めたんですか?
歌耶子:最初は何でもいいから副業をやりたかったんです。それで調べているときにWebライターっていうのが出てきて、「これならできるかもしれない」って思って始めました。
qbc:副業自体をやろうと思ったきっかけは?
歌耶子:お金がなかったんです。昔のオンラインゲームは月額課金で定額制だったんですけど、その時期はソーシャルゲームをやってたんですよ。ガチャとかのやつですね。
qbc:スマホゲームですよね。
歌耶子:そう。今度はソシャゲ廃人になっちゃって。課金もしまくっていたので、お金がなくなっちゃった。そこで課金を止めるんじゃなくて、お金を増やそうとした結果、副業を調べてライターを始めたって感じです。
qbc:ちなみにソシャゲのタイトルは何だったんですか?
歌耶子:最後に廃課金していたのはメメントモリです。
絵が淡い感じで、とにかく可愛いんですよ。ただ、ものすごいガチャゲーでした。オンラインゲームの場合は、多少装備がしょぼくても腕前があれば仲間に入れてもらえるんですけど、ガチャゲーの場合は「どれだけガチャを回したか、キャラクターをいかに鍛えているか」っていう数字でしか評価されないんです。それで課金しまくっていました。当時は他にも複数のゲームを掛け持ちでやっていましたね。
qbc:普通に仕事はしつつ?
歌耶子:そうです。会社が遠くて電車の移動時間が長かったので、その間にやってましたね。
もう本当にこの時期は限界で、私はもうお給料日までひたすら、「あと何日だから1日いくら使える」っていうのを計算しないとやばいぐらいだったんです。ああそうそう、夫とはお会計は完全に別になっています。
qbc:お財布別だとしても人間関係ってどうだったんですか?そのときって。
歌耶子:多分呆れられていたとは思います…。
qbc:どういうパートナーシップというか、どういう夫婦なんでしょう?ゲーマー同士が同居してるだけみたいな感じですか?
歌耶子:近いと思います。
おそらく夫は「コイツは死なずにちゃんと自分で生活してればいいや」って思ってるんじゃないかと。
彼はずっと、私が過去に荒れていた時期を見てきたわけで…。それこそ血まみれで転がってる姿とか。私、自傷癖がひどい時期にはアームカットをしてたんですけど、それをしながらお酒を飲みながら薬を飲んで寝落ちしたりしてたんですよね。変な話、夫は「そういうこと」に耐性がついたんじゃないかなと思っちゃいます。
ただし、彼に迷惑はかけるなって言われてます。だからお金に関しても、「お前が貯蓄なかろうがガチャで何しようが好きにしていいけど、俺には迷惑かけないでね」って言われてます。
qbc:二人の結婚のときって、どういう合意がなされて結婚してるんですか?
歌耶子:お付き合い記念日にやることが思いつかないから入籍しようぜって言って「分かった」って感じでした。結婚式とかやってもお互いに呼ぶ人がいなかったんで、双方の近しい親族だけ集めて、新宿のレストランでご飯食べて終わりにしちゃいました。
qbc:ちなみにお二人のゲームのジョブって何だったんですか?
歌耶子:夫は火力キャラです。弓を使うハンターでした。ラグナロクオンラインのハンターっていう職業は本来鷹を連れてって、弓と同時に鷹でも攻撃できるみたいな職業です。鷹に憧れてハンターを選ぶ人が多い中、夫はわざと「鷹を連れないハンター」をやってました。縛りプレイが好きらしいです。
私は支援プリーストでした。回復職です。装備作るのが下手でもプレイヤースキルがあれば生きていけるので。
qbc:突然ですが、ご自身の転換点って、これまでの人生の中でどこだと思います?複数あっていいんですけど。
歌耶子:一番は、やっぱり実家を出たところですかね。
でも、最初の転換点は、高校入試白紙事件なんだと思います。
「親に言われた通りじゃないことを自分で選択した」って意味で、そこが一個大きかったかなって。「親の意向が通らない場合があるんだ」っていう学びになりました。
あとは今年ライターになるために正社員を辞めたっていうのも大きな転換だとは思います。今年45歳なので、ここで辞めたら正社員には一生戻れないと思うんですよね。我ながら思い切ったなぁと思います。
qbc:ちなみにその白紙提出の時の気持ちって覚えてます?
歌耶子:「絶対親に自慢されたくない」って思ってました。
親が私を自慢の種にするのがすごく嫌だったんです。それをどうにかして裏切りたいっていう気持ちでした。
qbc:ご両親からどのように育てられたと思ってますか?
歌耶子:母親は教育ママとネグレクトの合わせ技みたいな感じ。父親はほぼ不在に等しい環境でしたが、それでも週末母と引き離すために遊びに連れ出したりしてくれていて、父には感謝しています。
ワンオペ育児って今すごい社会問題っていうか、なんとかしなきゃってなってるじゃないですか。「マジでヤバいよ」って思ってます。
未来:本当はインターネット上の存在になっちゃいたいんです。
qbc:5年10年20年、30年、40年最後、自分が死ぬっていうところまでイメージして、どういう未来を今イメージされてます?
歌耶子:書く仕事をずっとやってたいというか、ずっとパソコンの前にいたいですね。授業も身体が持つ限りは続けたいなぁと思いつつ…。でももしライターだけで月に50万円稼げますって言われたら塾はもう辞めちゃうかもしれないです。
qbc:歌耶子さんの人生の中で、一番好きな事って何ですか?
歌耶子:タイピングしてる瞬間ですかね。
qbc:書いてる内容は関係なく?
歌耶子:何でもいいです。昔、それこそタイピングの大会とかも出てたんですよ。タイピングが好きすぎて。
私、本当はインターネット上の存在になっちゃいたいんです。
qbc:もしもの未来の質問っていうのをしたいんですけど。
もしもライターに大学生の時に出会ってたらどんな人生になっていたと思います?
歌耶子:ライターになってた気がします。
qbc:今後ライターとしてやりたい事っていうのはあったりします?
歌耶子:塾紹介メディアとかやりたいです。この業界って、大手集団塾とかでやってきた先生たちが、仲良し同士でタッグ組んで独立しちゃうケースが多いんですよ。
私の知り合いにも独立してる人が結構いらっしゃるんです。すごく立派な先生方が多いんですが、そういう塾って小規模だし、塾のランキングサイトとかじゃまず上位には来ない。広告料も出せないでしょうしね。だからそういうのを紹介するメディア、できたらいいなって思います。
qbc:そこでいう「立派な先生」というのはどんな人なんですか?
歌耶子:塾っていろんなタイプがいるんですけれど。まあ私も多分こっちなんですけど、
まず何か一個がぶっ飛んで優れていて、他ができないアンバランスな人。私もこっち側なんですが(笑)。たとえば中学受験の算数が鬼のように解ける、人格破綻したおじさんとか。こういう人って面白いじゃないですか。職人さんみたいで。
一方で、すごく人としてのバランスが取れていて、それこそ学校の先生みたいな方もいます。突き抜けてるものはないんだけど、どの教科も80点の授業ができる人とかですね。
塾ってそういう人たちがタッグを組んでクラスを運営しているんです。そんな関係性も含めて、面白いなって思うんですよね。
qbc:ありがとうございます。最後の質問ですね。最後に言い残した言葉はありますか?遺言でも読者向けメッセージでも独り言でもいいんですけれど。
歌耶子:人生なんとかなるってことですかね。私の人生も前半暗かったですけど、今めっちゃ楽しいですし。それこそこういう「家の話」っていうのが人にできるようになったの、ここ3年ぐらいなんですよ。いつどうなるか分からないなりに、人生なんとかなるっぽいです。
qbc:ありがとうございます。
アフターインタビュー「残りの人生は全部余生」
歌耶子:ありがとうございます。
qbc:いかがでした?
歌耶子:感情についてしょっちゅう聞かれたので焦りました。
qbc:現在の感情ですか?
歌耶子:当時の感情ですね。聞かれて結構困ったんですよ。
自分の人生について、これまでにも文章で振り返ったことはあったんですけれど、夫以外の人間と口頭で話したのは初めてに近い気がします。
「ああ、確かにこんなふうに思ってたのかもしれない」っていう発見がいっぱいありました。
qbc:話していただいてよかったです。
歌耶子:これを公開して大丈夫かなっていうのがちょっとありますが(笑)。
qbc:何か話そうと思ったきっかけとかあったんですか?
歌耶子:何でしょう?わかんないですけど、年齢ですかね?
qbc:じゃあ本当にこれっていうきっかけがあったわけじゃなく。
歌耶子:多分ないと思います。あ、でも最後に正社員で入った会社が、それまでの会社とは全然違う雰囲気で、珍しく素で話しができる会社だって感じたんです。
そこで、自分も40過ぎてたのもあっていろいろ開き直れたっていうか。自分に向いてた自意識過剰さみたいなものがだんだん消えてって、感じ方が変わったのかもしれないです。
qbc:なるほど。
歌耶子:年齢なのか環境なのか分からないですけれど。
qbc:まあ両方なのかもしれないですし。
歌耶子:その会社に入るときに、もう正社員には転職できないかもって思っていたのにサクサク話が進んだのも、自信につながったかもしれません。
国語の講師ならどこでもやっていけるんだなって思えるようになったのも結構最近なんですよ。あ、すみません話逸れそう。長くなりがちで申し訳ないです。
qbc:いやいや。私は「人ってどうやって変わるんだろう」って点に興味があるから大丈夫ですよ。
歌耶子:あー、別人。今、子供の頃とは別人になった気がしてます。
qbc:その自覚っていうのはいつ頃から?
歌耶子:あ!まだお話ししていない、すっごく大事なことがありました。20代のときに自殺未遂したってお話したじゃないですか。私、トータルで2回自殺未遂をしたはずなんです。いつのことだったのか、本当に思い出せないんですけど。
ただ、2回目の自殺がダメだったときからずっと、「残りの人生は全部余生だ」と思って生きてるんです。
qbc:何歳ぐらいのとき?
歌耶子:どっちも20代だったはずです。
自殺できなかったからには仕事して、生きていかなきゃいけないから。もうそこからは、余生モードで開き直ってるところがあった気がしますね。
qbc:いわゆる離人症とか、現実感が失われたという話ではなく?
歌耶子:離人とかはまったくないですね。開き直っちゃったみたいな。
qbc:話を聞いて思い出したのは、世代が近いので分かると思うんですけど、ビートたけしがバイクで事故った話ですね。彼も生死の境目を彷徨って戻ってきてから、人が変わったとか、その後の映画の作風が変わったっていわれてますよね。
歌耶子:近いかもしれないですね。
qbc:人間って、変わるために自分の命をギリギリにするのかなっていうふうに思いました。もちろん「みんな自殺しようぜ、そして失敗しようぜ」とは言えないけど。
他には例えば、直近だとやっぱり、東北の震災とか神戸の震災。死を間近に感じてから変わる人間っていうのは本当にいるから。死を間近に感じることで変わる人はやっぱり多くて。人が変わったように行動的になったりとかね。
その自殺未遂は、自分自身が、歌耶子さんが引き起こした話なのかなとふと思ったり。不謹慎ですが。
歌耶子:そうかもしれないですね。もしかしたら私の二面性っていう部分も、その片方は「昔の自分」なのかもしれません。
qbc:あー、そうですね。
歌耶子:授業したりとか、こうしてお話ししたりしているのって多分、「生まれ変わったほう」じゃないけれど、そっちのキャラなんですよ。
qbc:人間のパワーっていうものを感じますね。
ちなみにご自身のことを、ストロングだなって思います?
歌耶子:思います。思います。
qbc:昔はどうですか?
歌耶子:昔も一定の行動力はあったと思います。それこそ入試を白紙で出す中三なんていないじゃないですか(笑)。これ、大学受験でもう一回やりますけど、「自分の中で決めたことを譲れないって」いうのは多分昔からあったんだと思います。
でも、前向きに動けるようになったのは最近というか「余生モード」になってから。今ライターとしてもお陰様で順調なのですけど、クライアントの指摘とかあっても全く落ち込むことがないんですよ。
っていうふうになったのは、多分こっちの今の自分になってからです。多分高校生とかの時だったら泣いちゃってたと思うし。
qbc:自殺未遂の話って、これまでにも何度かあったんですけど。みんな、口を揃えて自殺して良かったと言うんですよね。こうしてインタビューを受けようとしているような人の発言だから、すべての自殺者の代表意見にはならないですけど。
歌耶子:まぁ確かに。
qbc:死を間近に感じてる人って、今の日本では少ないわけで。特に自分自身の死を感じるっていうのは少ないから。そういう意味では、緊迫した感覚っていうのを感じることも必要なのかなあと思いながら聞いていました。
いずれにしろ、どういう風な形にしろ。人間の生きるっていう部分はやっぱり強いんだなと思って。
歌耶子:そうですね。駄目でもしょうがないから生きていくしかないじゃん。みたいなね。開き直りみたいな部分。
qbc:ありがとうございます。
歌耶子:もうちょっと前向きなことが言えたら良かったんですけど…人から聞くと重い話なんですよね。これって。
qbc:重い話かもしれないけど、ただ単に見た目前向きな話っていうのは、安い食べ物みたいなもんで、体に悪いとか、最初口当たりいいかもしれないけど、栄養取れなかったりするから。
歌耶子:そうですね。
qbc:最初入りにくい重いお話の方が、価値があると思って、こういうインタビュー活動をしてるので。
歌耶子:はい、ありがとうございます。この話、自分で書くのは嫌だったんです。かわいそうって言われるの、嫌なんです。鬱陶しいんですよね。今はもうハッピーだし、みたいな。
qbc:はい。
歌耶子:普通にしてたら今の夫みたいな変な人とも多分結婚してないですし(笑)。
夫がすごいんですよね。本当は夫に取材してほしい。
ガリガリに痩せて胃洗浄を受けてる彼女の姿を見て、それでも結婚しちゃったの?なんで?って思うじゃないですか。
でもお互いにお互いじゃなかったら、今でも独身だろうねって話はしますね。
qbc:あはは。普通の結婚なんて、すぐ離婚してますよ。ほとんど離婚です。
普通の結婚ってそんなに続かないんだな、って思ってます。
だから、真の意味でパートナーシップというのは、歌耶子さんとパートナーのような関係性ではないのかなと。
歌耶子:ありがとうございます。確かにパートナーっていうのがすごいしっくりくる関係性ではありますね。
夫婦じゃないんですよ。やってることが。
ちなみにうちの家事は100パーセント夫です。私はお片付けができないまま、結局直ってないんですよ。
でも夫が諦めたエリアが家の中の一角にあって。もうここはお前自己責任、さすがに何とかしろって言われて、残りは全部やってもらってます。
qbc:はい。
歌耶子:お片付けは、ダメでした。子どものころにやり方を教わったこともないですし。たまに真似事で気を利かせて洗濯物干したりすると、ぐちゃぐちゃで怒られちゃうんですよ。「アナタはこれを本当に干したって思ってんの?」って言われちゃうんです。「思ってるよ、ワイシャツ畳んだじゃん!」みたいな。下手したら洗い直しにされちゃうんですよ…。
qbc:補い合うって大切な事じゃないですか。
歌耶子:そうですね。夫は夫でまた変な人というか、まあいろいろ闇を抱えている人なので。
qbc:ご希望があれば、いつでもインタビューさせていただきますよ。
歌耶子:私、夫だけの話を聞いてみたい。一緒にいたら言わないことがいっぱいありそうです。
あのときどう思ってたんだろう?みたいなこと、すごく聞きたいですよね。
あとがき
人の輝きを見た。
【インタビュー・編集・あとがき:qbc】
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