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物語屋さんの人

むかしむかし、ある町に、物語を語ることが大好きな老人が住んでいました。町の人々は彼のことを「物語屋」と呼んでいました。
物語屋は、毎日夕暮れ時になると、町の広場に腰かけ、通りがかる人々に物語を語るのでした。子どもたちは物語屋の周りに集まり、目を輝かせて耳を傾けました。
「昔々、龍が住む山があってな...」
「遠い国の王様が...」
「小さな村の賢い娘が...」
物語屋の語る話は、時に冒険に満ち、時に笑いがあり、時に心温まるものでした。物語を聞いた人々は、勇気をもらったり、知恵を授かったり、心が癒されたりしました。
ある日、旅人が物語屋に尋ねました。
「なぜ、こんなに多くの物語を覚えているのですか?」
物語屋は穏やかな笑みを浮かべて答えました。
「人の心の中には、それぞれ物語が眠っているのじゃよ。私は、その物語を目覚めさせ、言葉にして伝えているだけじゃ」
それからというもの、物語屋の話を聞いた人々は、自分の中にも素敵な物語が眠っていることに気づき始めました。そして、町の人々も少しずつ、自分の物語を語るようになっていったのです。
今でも、夕暮れ時になると、その町のあちこちで素敵な物語が語られているそうな。
めでたし、めでたし。

と思う2025年10月14日15時04分に書く無名人インタビュー1191回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】


今回ご参加いただいたのは 物語屋さん さんです!

年齢:30代前半
性別:女性性が高めな男!
職業:物語屋さん



現在:例えば、自分が今後どんな仕事をしたいかって考えたときに、今までのストーリー、過去の体験とか、過去に触れてきたものの中に、未来の自分を生きるヒントって絶対にあると思っていて。

本間ユミノ:
今、何をしている方ですか?

物語屋さん:
今はですね、育休中です。
今月で三ヶ月になる男の子を育てているパパです。
で、個人の活動として、物語屋さんというのを先月ぐらいから始めていて、個人でラジオですね。
スタンドエフエムでラジオ配信をしています。
自分が日々の中で出会った物語についてとか、物語作品について感じたことを語っていったりとか。
あとは、物語コーチングっていう、物語風な切り口に特化したコーチングを、個人向けに提供している人です。

本間ユミノ:
物語屋さんという活動について、もう少し具体的に教えていただけますか。

物語屋さん:
正式にこの名前をつけて、始めたばかりの活動ではあるんですけど、皆さんいろんな人にいろんな人生があるんです。
僕、結構人の人生の物語を聞くのがすごく好きなんですよ。
物語を聞くことって、この人ってこんな過去があったんだとか、例えば仕事の仲間とかでも普段こういうことすごいこだわるけどこういう思いがあるからなんだとか、人がより立体的に理解できるものだなと思っているので。
今までも実は、キャリアカウンセリングとかコーチングみたいなことを生業にやってきた部分もあったんですが、それをもっと個人にフォーカスして、自分の事業としてちょっとやっていきたいということで最近始めたところです。

本間ユミノ:
育休中ということですが、収入源としても物語屋さんの活動をやっているんでしょうか。

物語屋さん:
育休が明けたぐらいで本腰を入れてやっていきたいなと思っているんですけど、今は、本業は教育系のスタートアップで働いているんです。
8月ぐらいから育休をもらっていて、三ヶ月から半年間ぐらいいただく予定なので、間にちょっとコツコツとやっていこうと思ってるっていう感じですね。

本間ユミノ:
物語屋さんという活動は聞く側というよりかは、話す側という認識で合っていますか。

物語屋さん:
実はどっちもやっています。
自分の物語、例えば就活の時の物語とか妻との物語、出産の時の物語みたいな風に自分が体験した物語を今生きている自分がどういうふうに捉えてるのかみたいなところを語っていくこともしてます。
あとは僕、いろんな漫画とかドラマとか物語がとにかく大好きなので、最近触れた物語についても感じたこととか考えてることを語るっていうのをやってます。
で、聞き手として人の物語を聞くっていうのも、これからラジオの中でもっとやっていきたいなとは思っていて、ゲストをお迎えして聞いていったりとか。
もっと深く聞いてほしいっていう方に関しては、物語コーチングとしてセッションを提供していくっていう形です。

本間ユミノ:
物語コーチングを受けるとどうなるんですか?

物語屋さん:
一般的にコーチングって、目標を設定して、そこに向けて進んでいく支援をしてもらうこと、コーチとクライアントの関係性っていうことだと思うんです。
僕もコーチングは受けたこともあって、やったこともあるんですが、僕がやりたい物語コーチングっていうのは、人の人生の物語に焦点を当ててコーチングをしていくっていう内容になっています。
例えば、自分が今後どんな仕事をしたいかって考えたときに、今までのストーリー、過去の体験とか、過去に触れてきたものの中に、未来の自分を生きるヒントって絶対にあると思っていて。
でも意外と気づいてないんですよ皆さん。
よくよく話を聞いてみると、例えば幼少期の母親との関係性とか、例えば学校生活の中でのこういうもどかしさみたいなものが、実は今の自分の選択にすごく大きな影響を与えてるっていうことに物語を見に行くことで気づけるんですよね。
ここに気づけると、自分で自分の物語を認識して語れることで、これから生きていく人生が自分が描くストーリーで生きていけるっていうところにつながると思っていて、僕はそういう支援やコーチングをしたいと思って、物語に特化したコーチングを提供しています。

本間ユミノ:
普段の生活で今教えていただいた以外で何か趣味だったりとか、日常的にしているようなことってありますか?

物語屋さん:
育児が今は結構趣味みたいな感じです。
僕、子どもが大好きで、教育系の仕事もしていますし、我が子と戯れてマッサージしてあげたりとか。
あと絵本とか読んであげられるので、どんな絵本が最近あるのかなとか、絵本を読むのも楽しいです。
あとはそれこそ子供の育児についての本ですよね。
いろんな育児書とか情報が本当にいっぱいあって知らないこともいっぱいあるので、毎日変化する我が子、小さな命と触れ合うのが今は一番楽しいですね。

本間ユミノ:
育休を取ろうと思ったきっかけは。

物語屋さん:
仕事より自分の子供のお世話の方が大事だと思ったからです。
仕事って、極論、代わりがいるじゃないですか。
別に自分がいなくなっても誰かがやってくれちゃうものだと思うんですけど、個人でやってない限りは。
個人でやってても代替するものは何かしら世の中にあるけど、我が子にとっての父親って僕しかいないわけですよね。
で、やっぱ生まれたての時期って、子供からすると世に出てきたばかりで不安感がある。
羊水から出てきて不安いっぱいみたいな時に、余裕を持ってお母さんとお父さんが接してくれるっていうことが、子供の成長にとってもすごく大事だと僕は思っています。
あとは僕自身がこの時期の子供にしっかり触れあって愛情をちゃんと届けてあげたいなと思っているので。
育休は絶対取ろうっていうふうに決めてました。

本間ユミノ:
育休を取って良かった事と、悪かったとまではいかないとしてもちょっとネガティブな感情になったことを教えていただけますか?

物語屋さん:
僕は育休は99%とって良かったって思っているので、むしろみんな基本取った方がいいよって思うぐらい。
良いところは、本当にうちの場合、第一子なので何事も分かんなくて。
全てがあっぷあっぷしている中で、やっぱり僕が仕事で気を家に分けられないってなると、絶対夫婦の関係もよくないし、子供にとっても良くないなあと思うので、まず余裕を持って子供と接することができてる日常がそもそも尊いっていうところが一番にあります。
あとは僕は社会人になってから、なんだかんだ基本ずっと週五ぐらいで仕事をしてきてるので、今育休に入って約二ヶ月ぐらい経つんですけど、ゆっくり時間を過ごして、自分が触れたい本とか漫画とか読んだりしながら、ちょっと自分のこれからのことを考えて過ごせるので、この活動を始める余裕ができたのも育休のおかげだなと僕は思ってますね。

本間ユミノ:
残りの1%は。

物語屋さん:
なんでしょうね。
あんまりないんですけど、強いていうなら、ビジネスの世界とか世の中のスピード感みたいなところとはやっぱりちょっと離れてはいますよね。
仕事はどんどん進んでいってるわけで、その間自分のキャリア的には一旦ストップはしてるわけだったりとか。
あとはまあみんなの話題とか、そういうところはやっぱり離れはするので多少ありますけど、まあでもそういう時期だしなっていう風に捉えてます。
あんまりそこに対して恐れも不安も僕はないので、まあ、強いて言うならちょっと寂しいなぐらいですかね。

本間ユミノ:
物語屋さんは周りの人からどういう性格だって言われることが多いですか。

物語屋さん:
僕はいいやつって言われることが多くて、本当にいいやつだねってよく言われるんですけど、お人好しなんですよ基本的に。
困ってる人がいたら助けるとか、誰かが笑顔じゃない状態があんまり嫌だとか人を傷つけることは言わないとか、人として当たり前のことだと僕は思ってるんですけど。
優しいって言われることはすごく多いです。
あとポジティブですね。
落ち込むことあるの?とかよく言われるんですけれど、「はい、あります」って言ってます。

本間ユミノ:
ちなみに、落ち込むときはどういうことで落ち込みますか?

物語屋さん:
僕はできないことがあるときに落ち込むんですよ。
できないことがあるのが僕は苦手で、物事に対して何かできるっていうのが僕は大切で、今までできるようになるまでやるっていうスタンスで生きてきたので。
どうしても自分ができないことがあるとか、自分ができないことで誰かに迷惑をかけるみたいなものが一番苦手で、そういうときは落ち込みます。
なんてできないやつなんだって。

本間ユミノ:
もっと身近な、例えば奥様とかご家族から言われる性格ってありますか。

物語屋さん:
子供だねって言われますね。
興味がすぐに移っちゃうんですよ。
多動気味というか、例えば夫婦で話してたかと思えば、突然話題の一つから頭が繋がって漫画の話に行ったりとか、世の中の政治の話に行ったりとか。
頭の中がぴょんぴょん跳んでっちゃうので、落ち着いてない感じみたいな。
あとは今を生きてるって感じですね、先のことはあんまり考えない。

本間ユミノ:
ご自身では自分の性格についてどう思いますか?

物語屋さん:
やっぱり近くにいる人の言うことは本当だなと思っていて、まあ、しょうがないなって思う自分もいますね。
自分はそういう人間だから、まあ矯正しても仕方ないししょうがないなと思いつつ、大切な人に迷惑はかけないようにしようと思いながら、生きています。

本間ユミノ:
物語屋さんを色に例えるとしたら何色だと思いますか。

物語屋さん:
色かー。
でもオレンジとか明るめの緑とかかな?
好きな色はコバルトブルーっぽい青なんですけど、多分性格とか集団の中での自分は結構オレンジっぽい感じと緑の落ち着いた感じもある気がします。

本間ユミノ:
オレンジはどんなイメージですか?

物語屋さん:
太陽っぽい感じですね。
太陽とか元気なエネルギー、ポジティブなところとか。
駆け回る子どもみたいなイメージが明るめなオレンジに込められている感じがしますね。

本間ユミノ:
ちなみにコバルトブルーが好きな理由は。

物語屋さん:
落ち着くんですよね。
身につけるものとか妻がピンクっぽくて僕は青っぽい色合いがあったりとか。
スマホのカバーとかも青です。
青は昔から好きなんですよね。
空とかも好きですし。

本間ユミノ:
空が好きな理由は?
それもやっぱり色ですか。

物語屋さん:
色と広さです。
やっぱりいつ見ても広いじゃないですか、空って。
特に東京とかの都内にいるときにすごい思うんですけど、窮屈が嫌いで自由が好きなので。
空を見ると、「広いなぁ」「人間ってちっぽけだな」とか鳥とか飛行機いいなぁと思います。

本間ユミノ:
上側がいいんですか?海とかも広いと思うんですけど。

物語屋さん:
海も好きなんですけど、泳ぐのちょっと苦手で死の恐れをやっぱり感じて。
漫画が大好きなので、ワンピースの海賊とか海とか好きなんですけど、自分が海にめっちゃ行くかっていうと意外とそうでもない。
遠くから見てる分にはいいんですけどね。
空って地球上のどこからでも見えるじゃないですか?
海は見れないけど。
だから好きかもしれない。
だいぶ身近にあるから。

本間ユミノ:
お子さんを色に例えると何色な感じがしますか?

物語屋さん:
うちの子はですね、ちょっと土っぽい茶色と深めな緑かなと思っています。
名前に神聖な森を表す「杜」っていう字を入れてるのもあって、夫婦の中で森や土のイメージがあります。

本間ユミノ:
深めな緑っていうのも森っぽさから?

物語屋さん:
屋久島っぽい感じですね。

本間ユミノ:
ああ、なるほど。
毎日どんな感情になることが多いですか?

物語屋さん:
この時間がずっと続けばいいなってすごい思います。
大げさに聞こえますけど、生まれてきてよかったなってすごい思ってますね。
この二ヶ月ぐらいは、自分がこの子と出会えてよかったなって本当に思うし、自分とやっぱり愛する妻との間に生まれた命ってなんて尊いんだろうって思いながら毎日毎日過ごしています。
まだ生きたいって思えてますね。
この子の成長をもっと見たいなっていう。


過去:遊んだりとかいろいろあって、やりたいことや学んでみたいこと、興味あることは色々あったんだけど、力をぎゅっと込められないみたいな感じですごいもがいてました。

本間ユミノ:
物語屋さんは、子供の頃どんなお子さんでしたか?

物語屋さん:
これは母がよく言うんですけど、走り回って転ぶまで絶対に止まらない子だったみたいです。

本間ユミノ:
記憶に残ってる一番古い記憶って何歳ぐらいの記憶ですか?

物語屋さん:
幼稚園とかギリギリなんとなく覚えてるような覚えてないようなぐらいなので、6歳とかですかね?

本間ユミノ:
走り回ってた記憶だったりとかって残ってますか。

物語屋さん:
いっぱい友達とかと遊んでたなあっていう記憶はありますね。
マラソン大会とかも得意で早かったので、走り回ってたんだろうなぁとは思います。

本間ユミノ:
何をして遊ぶのが好きでしたか?

物語屋さん:
積み木とか好きでプラレールとかもやってましたね。
レゴとかもやってて、積み木のドミノみたいなやつとか、ポケモンのマスコットとか使ってそれこそ物語を作って一人遊びしてたりとか。
あとは当時の流行りのおもちゃで、遊戯王をやったり、ベイブレードやったりとか。

本間ユミノ:
ご家族からはどんなふうに育てられましたか。

物語屋さん:
愛してもらったなっていう感じはあって、うちは全然厳しくない親で、まあ割と好きなことやらせてもらってきたなっていう感じです。
母は割としっかりしてて優しく見守ってくれるみたいな感じで、父は結構友達みたいな感じ。
一緒に漫画とか読んだりアニメ見たりゲームしたり、外で遊んだりみたいな感じでしたね。

本間ユミノ:
ご兄弟はいますか?

物語屋さん:
六つ下に妹がいて、幼稚園年長さんぐらいで生まれてますね。

本間ユミノ:
妹さんが生まれた時どう思ってたか覚えてますか?

物語屋さん:
「お兄ちゃんになるんだ!」ってすごい思って嬉しかったのをすごい覚えてます。
めちゃくちゃ可愛くて。
「おお〜お兄ちゃんだ」ってすごい思いました。

本間ユミノ:
今も可愛いですか。

物語屋さん:
今も可愛いですね。
子供が産まれて思うのは、たまに妹のお世話をした時のことを思い出すんですよ。
ああ〜そういえばオムツ替えたりとかちょっとしたお手伝いしてあげてたよなって。
今はもう大きくなりましたけど。

本間ユミノ:
小学校中学校ぐらいになった時はどんなお子さんでしたか?

物語屋さん:
小中はどんな子だっけ?
小学校の4,5年ぐらいが一つ区切りになって、それ以前それ以降がある気がするんですけれど、それ以前は割とクソガキだったなと思ってて。
結構賢かったんですよ。
僕、結構ちっちゃい頃から公文をやってて勉強できる方で、先の学習とかしてたので、授業中とかもずっと手を挙げるんですよ。
先生は「これわかる人〜」って言って、だいたいわかるから全部手を挙げる。
で、ちょっと周りに嫌がられる。
周りがあんまり見えないんですよね、自分のことが大好きで自分中心みたいな。
で小4、小5ぐらいでちょっといじられみたいなのがあって、なんで俺こんなにやられるんだろう?みたいなところからちょっと自分の振る舞いを戒めるようになりました。
その辺から少しずつ自分をちょっとだけ客観視していくようになっていきました。
例えば学級委員やったりとかクラブの部長をやったりとか、そういうリーダーをやってることが多くなって、いい子な優等生になっていったなっていう感じがします。
学級委員やったりとか生徒会やったりとかクラブチームでサッカーやってたんですけど、副部長副キャプテンとかだったりみたいな感じで。

本間ユミノ:
「いい子な優等生」って仰いましたが、授業の内容も理解していて、手をたくさん挙げていて、頭が良くてってそれも優等生かなと思ったんですが、小4前後って決定的に変わったこととかありますか?

物語屋さん:
自分の有能さみたいなところひけらかさなくなったのかなって思いました。
前までだったら、周りの子がどう思うかなんて関係なかったわけですよ。
例えば分かんない子が「あいつばっか分かっててずるい」とかひがんだりとかあるわけじゃないですか。
それに気づかなかったんですよ。
で、僕は、「お前らが勉強すればできるようになるだろ」って思ってたんですけど、それを隠せるようになったっていう。
能ある鷹は爪を隠す的なことができるようになったというか、そこが違いだと思います。

本間ユミノ:
どういじられたら、そこに気づくようになるんですか。

物語屋さん:
まぁ結構いじめられたりしたんです。
暴力的な感じな子がいて、やんちゃで、プールの授業の前にパンツ隠されたりとか廊下で羽交い締めにされて何かされたりとかがあって、やだなって思ったっていう。
あとはシンプルに、僕は友達がすごく好きだったので、自分一人の世界に閉じこもるタイプじゃなかったんですよ。
こいつはバカだから関わらないようにしようみたいな感じじゃなくて、それでも仲良くなりたいって思うから、ちょっと自分を少し変えてでもみんなと一緒にサッカーしたりしたい。
だから自分のスタンスをちょっと変えようと思いました。

本間ユミノ:
その後は友達との関係性だったりとかも変わりましたか。

物語屋さん:
すごい覚えてるのが、地元の近くを探検する、巡るみたいな授業か何かがあったんです。
その時に僕だけハブかれて、「なんでそうするの?」って聞いたときに、「お前のこういうところがこうだからだよ」って言われた記憶があって。
それで「あ、そうなんだ!」って気づいた感じがして、それをきっかけに割と変わりましたね。
ちゃんと自分が仲良くなりたい子たちとは仲良くできたというか。
キャラはいじられキャラでしたけど。

本間ユミノ:
中学校、高校の頃はどんな生活をしてましたか?
何か熱中してたこととかありますか?

物語屋さん:
熱中してたことはサッカーですかね?
サッカーは一生懸命やってて、あとは熱中ではないんですけれど、振り返ってみればむっちゃやってたなってのは勉強ですね。
僕、高校受験も大学受験もしたので勉強はめっちゃしてましたね。
あとは恋も夢中でしたね。
初恋の子と付き合うとか。

本間ユミノ:
それは同じ恋がずっと続いている?

物語屋さん:
違うのもちょっとあったんですけど、一番長かったのは同じ子との恋ですね。

本間ユミノ:
今お話伺っていて、幼稚園の頃にやってたと仰っていたような、「物語を作る」というのが出てこなかったなあって思ったんですけど、今の物語屋さんに繋がるような種みたいなものは学生時代の頃はあんまりなかったですか。

物語屋さん:
抑えてたのか、それか、自分が自分の物語を生きてたのかもしれないなと思います。
学校生活ってある意味一つの舞台じゃないですか?
学校って箱があって、登場人物のキャラがいて、その中の一人として自分が自分の物語の主人公だと思ってました。
だから、これはすごい哲学的な話になるんですけど、世界は全部自分の認識でできてるって思うと自分しか存在してないみたいなふうに考えることもできる。
それぐらいに結構思っていて、周りの人間は全部登場人物。
自分がこの世界の物語の主人公って思ってました。

本間ユミノ:
本を読んでたりとかは?

物語屋さん:
本はめっちゃ読んでました。
本と漫画はすごい読んでて、ジャンプのコミックスの当時の有名作はだいたい読んでるんですけれど。
ワンピース、ナルト、ブリーチ、アイシールド21、ジャンプに限らずガッシュベルとかいろいろ読んでましたね。
ベイビーステップとか。
アニメの物語も大好きで、本も小説もファンタジーがすごく好きで、ダレンシャンとかデルトラクエストとかハリーポッターとか読んでました。
あと、RPGのゲームも結構やってましたね、ドラクエとかエフエフとか。

本間ユミノ:
本、漫画、アニメ、ゲームの中で「やっぱり一番これが好きだな」みたいなのはどれですか。

物語屋さん:
結局ワンピースに帰ってくるんですよ。
最初に読んだ漫画もワンピースなんですけれど、どんなに浮気しても最後に帰ってくるんですよ、ワンピースに。

本間ユミノ:
ワンピースの何がそんなに良いんでしょう。

物語屋さん:
もうこれは、いろんなことを語れてしまいますけど、やっぱりワンピースには全てが詰まってるっていうふうに僕は思っています。
夢を追うことの大切さとか、人として生きる上での全ての大切なことが全部詰まっている。
歴史の教科書でもあるし、ワンピースは尾田先生がいろんな世界の歴史をもとに書いてる部分もあるし、世界の国とかを描いてるので地理でもあるし、ある意味人の心を説くような道徳でもあるし。
生き様、仁義とか、友情と夢を追いかけるっていう少年漫画でもあるし、バトルもある。
だから好きですね。

本間ユミノ:
私はワンピースを途中までしか読んでないので、もし違ったら申し訳ないのですが、今「すべてが詰まってる」って仰った中に恋愛の要素がないのではって思ったんですが。

物語屋さん:
これはちょっと最近の話になっちゃうのでご注意をって感じですが…。
ワンピースって恋愛ってあんまり得意じゃないんじゃないかと言われてきてたんですけれど、実はめっちゃ最近のところは恋愛が描かれてるんです。
ていうか、むしろ恋愛が色んな事件の発端だったっていうか。

本間ユミノ:
本当にちゃんとすべてが詰まってるんですね。

物語屋さん:
温めてたのかなって思うぐらいです。

本間ユミノ:
高校卒業してからどういった人生を歩まれてきたかお伺いしてもいいですか?

物語屋さん:
高校はサッカー部の部長をやってて、チームも結構強かったので、10月末まで現役でサッカーをしていました。
センター試験までは二ヶ月とかなんですけれども、めっちゃ進学校だったので、みんな東大を受けるっていう感じで。
でも二ヶ月じゃみんな間に合わないから、落ちて浪人するっていうのがうちの高校の例なんですけれど。
僕も例に漏れず、センターはなんとか東大の足切りを突破したんですけれど、二次試験で東大の試験にボコボコにされて浪人しました。
一年間都内の予備校で浪人をして、死ぬほど勉強して、無事に一年後に東京大学の文化三類に入学っていう感じです。

本間ユミノ:
大学生活はどうでしたか?

物語屋さん:
大学生活は結構人生の中でも迷いに迷った時期でした。
僕は割と20歳になるまではまっすぐ生きてきたんですけど、20歳以降がいろんな道を徘徊してた20代だなと思っていて、入り口は大学入学だったんですけれど。
まず、頑張り方を忘れてしまって。
自分が何をしたらいいのか分かんなくなっちゃったんです、大学に入って。
それまでって学校行ってれば勉強しなきゃいけないことがあって、ゴールが設定されてるわけじゃないですか。
定期テストとか受験とかサッカーの大会とかそれを一生懸命やってればよかったんですよ。
でも大学入ると、まず自分でシラバス読んで自分でコマ決めてねみたいな。
まず、それが難しくて。
自分で選ぶってムズってなったし、そもそも何を目標に走ればいいのか分かんなくなっちゃって。
やっぱり東大受験までは東大に受かるっていうことを一番の目標に置いてたので、大学入ってからどうしようってなってしまったんですね。
やりたいこととか頑張りたいことを探そうと思って、なかなか見つけられず、結局サッカーをもう一回やるって感じでサッカー部に入ったんですけれど結局頑張れなくて一年で辞めちゃうんですよ。
もう昔みたいに追い込んで頑張れなくて、楽しいこともあるじゃないですか大学入ると。
遊んだりとかいろいろあって、やりたいことや学んでみたいこと、興味あることは色々あったんだけど、力をぎゅっと込められないみたいな感じですごいもがいてました。

本間ユミノ:
大学入学時に抱いてた夢は何かあったんですか。

物語屋さん:
自分を鼓舞するために作ってたんです、なんで東大に受かりたいかみたいな点で。
東大に入って世界の課題を解決したりとか、日本の教育をどうこうしたいとか掲げてたんですけれど、それは作ったもので、僕が東大に受かりたかった理由は、ただ勉強で一番になりたかったからなんですよね。
かっこいいから。
だから自分の得意なものの先にそういう面白いゴールがあっただけだったから、入ってからの夢みたいなものは特になくて。
楽しもうぐらいですね。
もう大学生活楽しむ。
でも何か頑張りたいなみたいな気持ちでした。

本間ユミノ:
大学に通ったのは四年間ですか?

物語屋さん:
四年間通ったんですけれど、結局サッカー部辞めてからやっぱり何か頑張りたくて。
僕、体力すごいあったので、結構中高でもマラソン大会でずっと優勝してるんですよ。
だから陸上やろうかなって思って、長距離を大学二年生から初めて、三年間大学陸上部をやりました。
それもまあ頑張ったんだけど、自分の中ではやりきるまでいけなかったなっていう感じがあって。
それと同時ぐらいの時に大学二年の夏ぐらいから教育で何かをしたいと思ってたんです。
日本の学校教育とかを振り返ったときに、僕は結構楽しくやれてた方ですけど、勉強嫌いな子多いよなとか、やる気ない人多いなってなったときになんでだろうって思って、みんなめっちゃやらされてるからなんじゃないかなと思ったんです。
自分で選んで学べたりとか、やれる環境があったらもうちょいみんないい感じになるのかなと思って、何かそういう活動ないかなと探して教育系のボランティアを始めました。
これは二年半ぐらいボランティアからインターンまで陸上部と並行しながらやりきって、それは結構自分の人生の中ではターニングポイントというか、頑張ったポイントですね。

本間ユミノ:
サッカー部を頑張れなかったけど、長距離を頑張れたのは、サッカーと長距離の違いって何でしょう。

物語屋さん:
得意だったからっていうのもあると思います。
サッカーより陸上長距離の方が僕は得意だった。
サッカーはもうね、僕、実は高校の時に部長だったんですけど、最後試合に出れなくて。
その悔しさで大学ももう一回やったんですけれど厳しかったんですよ、実力的に。
四年間これ味わうのしんどいって思って耐えられないと思って辞めた節もあったので、自分が活躍できる環境に行くっていうので陸上の方が良かったなっていうのはありましたね。

本間ユミノ:
サッカーは小学校、中学校もされてたんですよね。

物語屋さん:
幼稚園からですね。

本間ユミノ:
例えば小学校から中学校に上がるタイミングとか、中学から高校に上がるタイミングとかで長距離の方に行こうとは思わなかったんですか。

物語屋さん:
うーん、サッカーがやっぱり好きで。
するのは好きだったし、アイデンティティだったんです、サッカーをする自分っていうのは。
サッカー選手になりたいとかも小中ぐらいまでは思ってたから、やっぱそれはどこか自分の中で手放せなかったっていうのはありますよね。
周りからは「お前は陸上をやった方がいい」とか、陸上部の先生からも引き抜かれたりとかスカウトされたんですけど、「サッカーをやるんで」って言ってました。
陸上やっときゃ良かったなってちょっと思いますけどね。

本間ユミノ:
ありがとうございます。
それからは、教育系のボランティアをやって、冒頭でお話されていた教育系のスタートアップの方に就職するっていう流れになりますか?

物語屋さん:
実はここからも紆余曲折があって。
教育系のインターンは二年間ぐらいやって、実はそこでの仕事が物語屋さんの活動のきっかけの一つではあるんですけど、カタリバプログラムっていう高校生に向けたキャリア教育のプログラムの提供を二年間ぐらいやっていたんです。
大学生が、高校の総合の時間を使わせてもらって、高校生相手に体育館で自分の人生の物語を紙芝居で語って、高校生と車座で対話するみたいな熱い活動なんですけど。
紙芝居で自分の人生を語るっていうのを僕もやってたし、それを語る大学生の物語を作るっていうのを、僕は仕事としてやってたんです。
この仕事が割と僕の中ではぐっときてて、面白いなって思ってたので、それが原体験としてありながら、就活も教育系の官僚とかってなると文科省とか行くか、スタートアップベンチャーに行くか、人材やコンサルに行くかみたいな。
最終的には人の人生の物語に触れたい、それを紡げる人になりたいなって思ったから人材に行ってキャリアカウンセラーやろうかなって思ってそっちに行ったんです。
大手の人材に入ったんですけど、大手の人材のキャリアアドバイザー。
まあ、転職支援ですよね。
その仕事は鬼ほど僕には合わなくて、ちょっと適応障害気味になって、軽い抑うつみたいな感じになって一年で辞めることになりました。
そこから教育系のベンチャーに二社目は入って、二年弱働いて、そこからカフェを一年ぐらいやって、2年半ぐらい今の教育系スタートアップにいる感じです。
実は20代で4社です。

本間ユミノ:
一旦カフェを挟むんですね。

物語屋さん:
そうなんですよ。
それは学生時代のカタリバの時の活動でお世話になってた面白いおじさんがいて、その人が自分の土地を使ってカフェとレンタルスペースをやるっていう感じで。
「やらない?」って誘われたので、「やってみましょうか?」って言ってやったっていう。

本間ユミノ:
新卒から今に至るまで「教育」っていうのがキーワードになってるかと思うのですが、カフェには「教育」っていうキーワードはあったんですか?

物語屋さん:
一応、対話の場を作るっていうのがあって。
教育っていうよりかは、もう少し大人向けですけど、レンタルスペースみたいな場所でちょっとイベントスペースのように使ってもらって、例えば少し自分のことか内省するワークショップを開催したりとか、対話のコーチングのセッションみたいなものをやったりしてたので結構関連性はありました。
基本、僕は一階のカフェでカフェラテとか入れてたんで、たまに上行ってイベントやるみたいな感じでした。

本間ユミノ:
今までの人生に転換点を置くとすると、いくつでも大丈夫なんですが、どこにポイントが置けそうですか。

物語屋さん:
うーん、でもやっぱ小学校四年生と…
あ、ちょっと話さなかったんですけど、僕、小一の時と小六の時に父が病気になって仕事を辞めてしまったことがあって。父も母も苦労しているところを間近で見つつ、まだ自分には何もできない無力感みたいなものを感じていました。
それは結構自分の人生の中では割と大きかったですね。
なので、小学生の頃にそれと学校での諸々があったから大きかったんじゃないかなと。
あとはやっぱあれですね。
大学受験が終わった大学1年生ぐらいが自分の在り方を模索してた時期で、もう一個は社会人一年目の会社を辞めたとき。
今までのエリート街道のレールをついに外れちゃったなって感じですかね。

本間ユミノ:
社会人一年目のお仕事を辞めた時どう思いましたか?

物語屋さん:
自分ってこんなできないやつなんだなってすごい思って、めっちゃ萎えましたね。
最初にも言ったように、僕はできることにすごいこだわるタイプなので、自分が目の前のメインフィールドでこんなにうまくいかないことがある経験が今までなかったから本当に大挫折で。
めっちゃ自信を失ったっていうのがあるのと、もう一個は、「でもおかしい」みたいな。
僕はもっとこういうふうにしたいんだけど、できない、この環境では。
何かがおかしい。
それは何か、この社会の構造が何か嫌だと思ってるのか、資本主義的なビジネスみたいなものがすごい嫌だって思っているのか、この会社の問題なのか、自分の問題なのかわからないけど、なんか違和感があるってすごい思ってました。
だから、まず環境を変えるっていうのと、やっぱりちょっとでも妥協せずに自分のやりたいと思う方にまっすぐ進むっていうふうにこれをきっかけに思ったっていうのはすごいありましたね。


未来:自分に自信がないと思う人、自分の人生に価値がないと思う人が例えばいたとしても、そんなことはないと、あなたの人生にはこんなに人の心を揺さぶる物語があるし、それを語ることであなたの人生ももっと前に進んでいくっていうことをより多くの人が思える世界になっていったらなって思っています。

本間ユミノ:
5年後、10年後、15年後20年後って想像していただいて、最後物語屋さんが死んでしまう時まで想像してもらって、未来についてどんなイメージをお持ちですか?

物語屋さん:
僕、この育休の期間に決めたことがあって。
それは自分が死んだあとも残る仕事をしようってすごい思ったんです。
自分が生きてるうちだけじゃなくて、自分が死んだあとにも意志とか思いが残る仕事をしようっていうふうに決めて。
それは例えば最近だと朝ドラのあんぱんを見てたんですけれど、やなせ先生とかはまさにこう生き様が、アンパンマンっていうキャラクターがやなせ先生が死んでも生きてるし。
僕の大好きなワンピースだったら、尾田先生が亡くなったとしても、ワンピースで物語は生き続けるわけで。
僕はやっぱり彼らを人としてすごく尊敬してるし、自分が彼らの作品から受け取ったものを次世代につないでいきたいなっていう思いがすごくあるので。
僕の活動を通じて少しでも後世に残せるものと、自分の子供が、僕が死んだあとも僕が側にいるように感じられる何かを残して死にたいなって思ってます。

本間ユミノ:
物語屋さんの活動を今後、未来に向けてどうしていきたいですか。

物語屋さん:
まずは足元のところで、今まで僕はずっとスタートアップとかベンチャーとかが多かったんですけど、ずっと雇われで働いてたので、やっぱり自分がまずオーナーとしてしっかりお金を稼いでいくっていうところで、ちゃんと家計を回せるぐらいのあの収入をまずはつけていきたいです。
それをちゃんと自分がやる。
やりたいと思うことと、やるべきだと思うことで、ちゃんと両輪を回すっていうことを直近の五年…まあ三年ぐらい以内にはチャレンジしきりたいのがあります。
その上で、この活動をしていくと見える未来は、どんどん色んな人の物語が世の中にこう開いていくことだなっていう風に思っていて。
自分に自信がないと思う人、自分の人生に価値がないと思う人が例えばいたとしても、そんなことはないと、あなたの人生にはこんなに人の心を揺さぶる物語があるし、それを語ることであなたの人生ももっと前に進んでいくっていうことをより多くの人が思える世界になっていったらなって思っています。

本間ユミノ:
物語屋さんの活動を始めてから何か変わったことはありますか?

物語屋さん:
この仕事をするのはすごい楽しいって思っていて、ラジオでの話すのも楽しいし、セッションもすごい楽しいし、どんどんそれが積み上がっていくのも楽しいから、自分にとっては肌に合う活動なんだなって思っています。
あとは例えば、自分の「物語屋さん」っていう、ある意味一つの人格を作って発信していくことの面白さはすごい感じていて、個人の自分としてやるんではなくて、そういうある意味一つの存在を作って、物語屋さんがワンピースについて語るとか、ナルトについて語るとか、それがすごい楽しいですね。
面白い。
どんどんこれをいろんな形で展開していきたいなとは思います。

本間ユミノ:
物語屋さんが、これをするまでは絶対に死ねないと思っているようなことは。

物語屋さん:
ワンピースの最終話を見るまでは絶対に死ねません。
僕は死ぬわけにはいかない。
これが一つですね。
あとは息子が20歳ぐらいになるまで、いや、もうちょい先かな。
自立して家を出るまでは、死ねないかなって感じですね。

本間ユミノ:
もしもの未来についての質問なんですが。
もしも、1社目の会社で、なんとなくうまくやり過ごすことができて、辞めずに同じところで働いていたとしたらどういう人生になっていたと思いますか?

物語屋さん:
まあ悪くないけど、7~80点ぐらいの人生だったんだろうなっていうふうに思います。
なんとなく満たされなかったりとか、なんとなく自分に嘘ついてたりとかしてたんだろうなっていう感じはありますね。
社会的とか世間的にはいい感じってなってたかもしれないけど、僕の中では多分納得いってないんだろうなと思います。
今の方が多分「あぁ、生きてるわ」って感じがします。

本間ユミノ:
もしもの未来が「7~80点」だとすると今の人生は何点でしょうか。

物語屋さん:
今の人生は100点ですね。
こんなに幸せなのだから。
100点っていうとちょっと頑張りようがなくなるので、95点ぐらいにしておきますか。
いや、でも、愛する人と結婚ができて、愛する子供が生まれて日々を過ごせてるっていうのは本当に幸せなことだから、これ以上はないなとは思います。

本間ユミノ:
最後の質問です。
最後に言い残したことはありますか?
遺言のようなものでも、この記事を読んでくださってる読者の方向けでも、物語屋さんご自身に対する独りごとでも何でも大丈夫なので、最後に言い残したことをお願いします。

物語屋さん:
僕にとってのワンピースは生きる意味であり人生の教科書なんですけど、もし今日読んでくれた皆さんにとっては、どんな作品が自分の指針となるのか、自分の魂と繋がるものなのかっていうところはぜひ問いとして持ってほしいなあっていうところ。
それと、もし、あなたの人生の物語、僕の人生の物語が一つの作品だとしたら、それはどんな作品になるだろうというところも一つ考えてほしい。
もし一緒に考えたかったら僕が一緒に考えますっていうのを遺言として残しておきます。

本間ユミノ:
ありがとうございます。

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あとがき

「有名人だから面白いんじゃない。人は誰でも素晴らしく面白い」
とは、無名人インタビューのキャッチコピー。

高校や大学に“可能な限り多数の他人の人生の話を聞く”という授業があったら、もっとのびのびと生きられる人が増えるのではと思ったインタビューでした。

『お前にまだ残っておるものはなんじゃ!!!』

【インタビュー・あとがき・編集:本間ユミノ】


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