MIT 衝撃の講義:サステナビリティ
今年、MIT(マサチューセッツ工科大学)スローン校のグローバルプログラム IDEAs Asia-Pacificに、アジア太平洋地域から選ばれた45名のフェローの一人として、参加しています。
今回ご紹介するのは、そこで学んだ「持続性」についての考え方とその実践のヒントです。
サステナビリティ・オリエンテッド・イノベーション
なんとカッコいいタイトルなんでしょ!
持続可能性を目指したイノベーション。
前回投稿した「MIT 衝撃の講義:政治学」のPhil Thompsonの講義が私のプチ・アハ・モーメントのフックになった、と書きましたが、実はその伏線となったのが、この Jason Jay の講義でした。
Jason が同僚のロベルト・リゴボン(Dr. Roberto Rigobon:MIT Sloan School of Management 教授・経済学者)と共同で創り上げてきた"PROMISEフレームワーク"は、2012年に発表されたものです(2015年のプレゼン資料)。私が再生的な地球環境(regenerative world)を考える上で、非常に有用なフレームワークになりました。いま世界にある多くの課題が、このフレームワークで考えられそうです。
それだけではなく、
PROMISEの裏側には、ピーター・センゲのCompassionate Systems Frameworkと、オットー・シャーマーのU理論が活用が感じられます。
そしてこの3つ—センゲのCompassionate Systems Framework、シャーマーのU理論、そしてPROMISEフレームワーク—が、私自身のプロジェクトの認知を広く、深くしてくれました。それを得た衝撃の講義です。
実はこのフレームワーク、日本語はもちろん、英語でもまとまった文献がまだほとんど存在しません。MITの教室の中で磨かれ続けてきたもので、Jason本人によれば、今まさに論文として書き起こしている最中とのこと!近いうちに、ワーキングペーパーとして公開される予定です。公開されたら、このnoteでも改めて紹介します。どうぞお楽しみに!
スピーカー:Dr. Jason Jay 紹介リンク
MIT Sloan Sustainability Initiative Director
MIT Sloan School of Management 上級講師
専門:組織研究、企業のサステナビリティ、サステナビリティ・イノベーション、システム変革
著書:『なぜこの人はわかってくれないのか―対立を超える会話の技術(邦訳)』 / 『Breaking Through Gridlock』
※講義内容そのものの詳細な引用・転載はできませんので、私が受け取った内容を要約し噛み砕いた表現で記載します。なお、本投稿はJason Jay本人の了承を得ています。
Sustainability-Oriented Innovation
Jason Jay
持続可能性志向型イノベーション
プロローグ
Jason Jay (ジェイソン・ジェイ)をサステナビリティの探究へと導いたのは、旅の途中で出会った2冊の本、『ナチュラル・キャピタリズム』とピーター・センゲの『第5の規律(学習する組織)』である。この2冊が彼をMITへと運んだ。
MITには、この分野の深い伝統がある。1970年代、ジェイ・フォレスター(ピーター・センゲのメンターでもある)は、人間の活動と自然環境がどう影響し合うかを、世界で初めてコンピュータの上で計算するモデルを作った。そこから生まれたのが『成長の限界』という本である。「限りある地球の上で、限りない成長は可能なのか?」という問いを世界に突きつけ、答えは「ノー」だと示した。世界をたがいに影響し合う仕組みの集まりとして捉えるこの学問は「システムダイナミクス」と呼ばれ、この講義の枠組みはその流れの中で育まれたものだ。
PROMISEフレームワーク
トリプルボトムラインを超えて
2000年代のはじめ、サステナビリティの議論の中心は「トリプルボトムライン」という考え方だった。会社は利益(経済)だけでなく、社会と環境も大事にしよう、という3本柱の発想だ。しかしJason がMITでこれを研究したいと言ったとき、ジョン・スターマンから返ってきたのは「イエスであり、ノーでもある」という言葉だった。
3つを横に並べて「あちらを立てればこちらが立たず」の関係として見るだけでは、ものごとの本当の仕組みがつかめない。
そこで……
経済は社会の中に、そして経済と社会は地球の中に、すっぽりと埋め込まれている。この「入れ子」の見方に、組織・人間関係・個人という、より内側の層を加えて練り上げたのが PROMISE である。
頭文字の通り、7つの層からなる。
Personal well-being(個人のウェルビーイング=心と体の健やかさ)
Relationships(人間関係)
Organizations(組織)
Markets and economy(市場と経済)
Institutions and politics(制度と政治)
Society and justice(社会と正義)
Environment(環境)
サステナブルという言葉は、場面によってこの7つのどれを指しているかがまったく違う。例えば、
「この仕事はサステナブルじゃないなぁ…😟😢(もう続けられない)」と言えばP(個人)の話。
起業家が投資家に「持続可能な会社を作ります!💪」と言えば、お金が続くかどうか、つまりM(市場と経済)の話。そして
「地球や生態系との関係はこのまま続けられるのか🐻❄️」という大きな意味で使うとき、それはE(環境)の話—『成長の限界』が問うたのと同じ意味だ。
Jason のことばで、私が最初に大きく気づきを得たのはこの言葉
私たちが行き詰まるのは、誰かが環境や人の幸せに無関心だからではない。何種類ものサステナビリティが、同時に追い求められているからだ。
7つの層はそれぞれ独立した領域であると同時に、他の層を支える力にもなる。個人に元気があるからこそ、人間関係や組織や市場に働きかけられる。そして各層は、すり減っていくか、保たれているか、豊かになっていくか、いずれかの状態にある。いま健全かどうかだけでなく、どちらへ向かっているかを見るために、層ごとに原則とものさしを持つことができる。

PROMISEの層の間の緊張関係
このフレームワークを使うと、層と層の間の「引っ張り合い(緊張関係)」が見えてくる。たとえば環境への負荷を減らそうとすると、多くの場合お金がかかる。つまりM(市場と経済)とE(環境)は引っ張り合う。さらに、その両立のために必死に働きすぎると、燃え尽きてP(個人)が続かなくなる。変化に反対する人が現れるのは、その人が大切にしている層の持続性を失うことを恐れているからだ。
この引っ張り合いをさらに悪くするのが、「測ること」の偏りである。何かを測るというのは、突き詰めれば「そこに注意を向ける」ということだ。そして7つの層のうち、私たちが最も熱心に測っているのはM(市場と経済)—収入、売上、GDP—である。測られる数字にばかり注意が集まり、他の層に向ける注意が残らなくなる。その結果、自分が引っ張り合いの中にいることにさえ気づけなくなる。
ここでJason は、フレームワークの共同開発者であるリゴボンから教わった区別を紹介する。モチベーション(自分の中から湧くやる気)とインセンティブ(外から与えられるごほうび)は、実は正反対のものだという。Jason は自分の例を挙げる—「私は子供たちと過ごすのが大好きだ。ごほうびをもらう必要はない。そうしたい気持ちが自分の中にあるからだ。逆に、税金を払うことにはごほうび(や罰)が要る。自分から払いたい気持ちはないからだ😉」。
心から大切に思うことは、報酬がなくても内側から動ける。
ところが私たちは「営業担当をやる気にさせたい。だから売上に応じてボーナスを出そう」というように、この二つを同じものとして扱い、本当に大切なものではなく、測りやすいものの周りにごほうびの仕組みを組み立ててしまう。
ストックとフロー
7つの層を「動き」として見る
各層が持続可能かどうかを判断する道具として、講義では「バスタブ」のたとえが使われた。バスタブには蛇口(流入)と排水口(流出)があり、水位(たまっている量=ストック)はその差で決まる。大気中のCO2なら、自然と人間活動による排出が蛇口、森や海による吸収が排水口で、現在の水位は約420ppm(大気中のCO2濃度は約420ppm(空気全体の約0.042%、産業革命以前の約280ppmから約1.5倍に))。
これを銀行口座に置き換えると、判断の基準がはっきりする。蛇口は給料、排水口は支出。稼ぐ以上に使えば「枯渇」、稼ぐ分だけ使えば「持続」、使う以上に稼げば「再生」。この3つの状態は、どの層にも当てはまる。
E(環境)では、この型が経済学者ハーマン・デイリーの3つの原則になる。①再生する資源は、再生するスピードを超えて使わない—魚なら、新しく生まれるスピードを超えて獲らない。そもそも「サステナビリティ」の語源は1700年代の林業で、「木が育つスピードを超えて伐らない」ことを意味していた。②汚染物質は、自然が処理できるスピードを超えて出さない——下水も、微生物が分解できる量なら川は健康を保つ。③リチウムや石油のように再生しない資源は、再生できるものへの切り替えが進むスピードを超えて使わない——石炭で起こした電力で風力タービンを作り、石炭火力を止めて切り替える、という使い方だ。
Jason とリゴボンが取り組んでいるのは、この型をPROMISEの全部の層に広げる思考実験である。(ここでは PROMISE のうち3つを紹介)
P(個人)。個人のエネルギーには、充電する蛇口と消耗する排水口がある。何が蛇口になるかは人によって違う—外向的な人は大人数の場で充電されるが、内向的な人はそこで消耗し、少人数の対話で充電される。時間なら、効率化が蛇口で、予定が排水口。効率化で時間を生み出しても、さらに予定を詰め込んで結局使い切ってしまう。
R(人間関係)。信頼も「たまるもの」である。結婚生活の研究者ジョン・ゴットマンによれば、夫婦の信頼を保つには、1回のネガティブなやり取り(流出)に対して5倍のポジティブなやり取り(流入)が必要だという。(😱)
M(市場と経済)。資産の蛇口は収入、排水口は支出。借金をすれば一時的に蛇口を増やせるが、返せるスピードを超えて借りれば破産する。さらに視野を自分の会社の外へ広げれば、取引先が生き残れるかどうかも自社の持続性に関わる—ウォルマートが仕入先に値下げを迫りすぎて倒産させれば、棚に並べる商品がなくなる。
こうしてそれぞれの層を「水位と流れ」で見ると、層の間の引っ張り合い、本当の変化(シグナル)とまぎらわしい変動(ノイズ)、測ることのかたよりが見えてくる。そして私たちが賢明であれば、それを打ち破れる—というのが次の話につながる。
緊張の打破
サステナビリティ・オリエンテッド・イノベーション
こうした引っ張り合い(緊張関係)は乗り越えられるというのだ!新しいテクノロジー、新しい働き方、新しいマネジメント、新しい政策、新しい市場の仕組み—これらを「サステナビリティ指向のイノベーション」と呼ぶ。
象徴的な出来事がある。2023年、歴史上初めて、世界で増えた電力の需要すべてが、再生可能エネルギーでまかなわれた。いちばんの理由は、太陽光とバッテリーが化石燃料より安くなったことだ。ただしそれは偶然ではなく、ドイツ・スペイン・中国などの政策の積み重ねと、バリューチェーン全体、つまり部品から製品までのあらゆる段階のイノベーションが実を結んだ結果である。「電力を増やせばCO2も増える」という引っ張り合いを断ち切れる可能性が、現実に見え始めている。
Jasonは言った
イノベーションは繰り返しのプロセスだ
テスラが「環境に良い車は遅くて退屈」という思い込みを打ち破り、続いて中国のBYDがその半額で同じことを実現する。「いま引っ張り合いに苦しんでいると感じるなら、それはプロセスがまだ途中だからかもしれない」。
組織戦略
外から内へ、内から外へ
PROMISEフレームワークは、混同されやすい二つの戦略の構えを区別してくれる。
アウトサイド・イン(外から内へ)とは、「世界は自分に何を求めているか」を起点にする構えである。顧客や投資家、規制やNGOが自分の会社に何を期待しているかに耳を澄まし、社会から事業を続けることを認めてもらう—ESGという言葉が本質的に意味しているのは、このリスク管理の視点だとJasonは言う。
インサイド・アウト(内から外へ)とは、「自分たちは世界をどう変えたいか」を起点にする構えである。パタゴニアやテスラのように、市場や制度や社会のあるべき姿について自分たちのビジョンを持ち、新しい基準やルール、政策を自ら先導することで、より大きな変化を生み出そうとする視点だ。
戦略にはどちらか一方ではなく、両方を兼ね備えることが欠かせない。ただし、市場や制度から届くシグナルにはノイズが混ざっている。もし誰が大統領かによって気候戦略が揺れるとしたら、それは正しい決め方ではない。政治の風向きがどうであれ、環境と社会の根本で何が起きているかを自分の目で理解しておくこと—それがリーダーに求められる。
質疑応答
フレームワークが現場と出会うとき
質疑応答はこの枠組みがフェローそれぞれの現実とぶつかり合う場になった。
「目標がはっきりしない層を、どうバランスさせればいいのか」という問いに、Jasonは率直に答えている。利益と違って、社会や環境には明確なゴールがない。だからこそPROMISEの層ごとの「原則とものさし」に立ち戻るのだが、「私はその問題を消し去ることはできない。それは常にそこにある緊張なのだ」と。
働き方のイノベーションの具体例 として紹介されたのが、ゼイネップ・トンの「グッド・ジョブ・ストラテジー(良い仕事の戦略)」である。徹底したコスト削減で従業員の暮らしを犠牲にしてきたウォルマートに対し、コストコはほぼ終身雇用に近く給与も高いのに、売り場面積あたりの利益はむしろ上回る。鍵は、ひとつの施策ではなく一連の実践をセットで導入することにある—採用に手をかけ、研修に大きく投資し、辞めずに済むキャリアの階段を用意し、そうして育てた人の力を、人件費削減ではなく業務の無駄の削減と改善に振り向ける。ただ給料を上げるだけでは損をするだけで、実践がひとそろい揃って初めて「従業員の幸せと利益」の引っ張り合いが解ける。
インドネシアで循環型経済の会社を営むフェロー からは切実な問いが出た。不法投棄のせいで市場価格が不当に安く抑えられており、ゴミ処理の「本当のコスト」を反映した値段では競争に勝てない。一方のために他方を犠牲にするしかないのか。Jason の答えは、これこそ視点をM(市場と経済)から一段外側のI(制度と政治)へ引き上げるべき状況だ、というものだった。市場は、I —ジェイの言葉では「ゲームのルール」—の中に埋め込まれている。問題が見えているのはMの層でも、てこの効く場所はIの層にあるのだ。
「インセンティブではなく、地球への愛を育てるべきでは」という問いには、講義でいちばん核心を突く言葉が返された。
「システムを変える活動に、インセンティブは存在しない。なぜなら、いまのインセンティブを設計したのは、いまのシステムそのものだからだ」。だからシステムを変えようとする動機は、報酬の外側—内側から湧く思い、愛、思いやり—から来なければならない。
彼自身にとってそれは、少年時代に見たポンデローサ松の樹皮の香りであり、赤の色を見るのが苦手な彼にも見えた小さな赤い花への愛着だった。
