セルフブランディングできなさすぎフリーランス、これはもう大人の「自分探し」かもしれないね
わたしは2016年末からフリーライターとして仕事をしている。なんだかんだ、今年で10年だ。コロナ禍で職を失った夫に変わり、大黒柱を担っていた時期もある。大学中退、正社員勤務歴なし、運転免許証以外目立った資格という見栄えのしない履歴書の持ち主のわたしがなんとか食いつないでこられたのは、本当に縁と運でしかない。
目に見えて活躍しているなあと感じるフリーランスは、セルフブランディングが上手いなあと感じる。いやまあ、そりゃ「目に見えて活躍している」ことがわかるくらいなのだから、目に見える場所のブランディングをしているのはむしろ当たり前だろうよ、ではある。露出度合い=活躍度合いというわけではなく、目に見えない場所でガリガリ活躍している人だってゴマンといるわけで、結局のところブランディングが必要かどうかはその人の方向性次第という話でしかない……と結論でも何でもないことを思ってみたりする。そういっちゃあ、この話はおしめえでしょうよ。
要不要以前の問題として、わたしはセルフブランディングって何それ美味しいの?状態のフリーランスだ。ブランディング、できない。本当に向いてない。仕事でブランディングの一部に携わるのは好きなのにね。
何でなんだろうなあ。振り切りが足りないのだろうか。変な自意識が邪魔をしているのだろうか。とか何とか思っていたら、こんなことを思い出した。
折に触れ、「自分はこうだからって決めつける必要はないと思うよ」と言ってくれた言葉を思い出す。「それで楽ならいいけど、縛りつけてしんどくなるくらいならとらわれなくていいんじゃないの?」と。「いや、でも」「とはいっても」が頭をよぎる度、でもその通りだよなとその言葉に戻ってくるのです。
— 卯岡若菜🍀🐻 (@yotsubakuma) June 11, 2026
あー、なるほど。なるほどね、そういうことね、という。
「できないと決めつけている自分」と、逆に「こうですと決めることで、そちらに無理してでも寄せていくであろう自分を理解しているから、しないようにしている自分」と、ふたつの自分がいるのだろうなあ。
いや、「しないようにしている」とは言ってみたものの、やっぱりそもそもできるとは思えない。尖ったところが特になく、とにかく無難を選びたくなる凡々人のセルフブランディングって何なのさ、と思うし。ただ、どこかしらを尖らせてみせて、何とか「こういう者です」を作れてみたところで、今度はその「こういう者です」にならなくちゃ!という思考にハマる気がするのだ。
それこそ、メンタルを病みそうだ。「見てほしい自分」を切り出すところがスタートだったとして、どこかのタイミングで「他者から求められる自己像」が出てきて、そちらに寄せて寄せて寄せていくであろう自分が容易に想像できる。何なら、その「求められる像」が思い込みなんてことすらあるだろうに。
……実際、高校生の頃のわたしに「こうだからと決めつける必要はないのでは」と言ってくれた子は、「あなたにこうあれと思ってる人は、たぶんそんなにいないよ。こうじゃなきゃらしくないと思っているのは、周りの人じゃなくあなた自身だと思うよ」と言ってくれたのだ。それでもやっぱり、大半の人の前で「これが好かれる、求められている自分像」から離れられずにいたのだけれど。あ、ちなみにこれは「演じている」わけではないです。求められている(と思っていた)自分だけを切り出していただけです。
己のための戦略なんて練れないし、そんな器用さがあるならもっと違う今があっただろうよと思う。自分をブランディングもプロデュースもできず、「まんま」を出すことしかできない。出せないものは現実・ネット問わずどこにも出せないし、出すものはどこであっても出す、できるのはそれだけだ。
今更ながら、わたしのnoteは特にお役立ちコンテンツではない。このnoteも例外ではなく、何なら結論すらなく、「だから、何なの?」とツッコミが入るものでしかないです。でも、まあ人間ってそういうものだよね。フリーランスとしてどうかはさておき、それ以前にただの凡庸な人間でしかないのだ。悟りをひらいたわけでもないのだから、えらそうな結論なんてそもそも出せるはずもない。だから尻切れトンボになるのは、まあ仕方がないということで。
何なら「フリーランス」だってわたしの一側面なだけで、「フリーランスであり続けねば」としがみつく必要なんてない、のかもしれない。(とはいえ、会社員になれるタイプではないと自覚しているのだけれど……)なんかもっとこう、「こうだから」とか「あるべき」とかを取っ払って、根本的に大事にしたいことに目を向けられるようになれば、息を吸いやすくなるのかな。
生きるのって難しいですね……!!
これは数カ月前に書いた「生きるのしんどいよ日記」。
生きるの下手くそ人間、それでも生きるしかないのです。なんでもバッチこいなつよつよ人間ではないので、何とか自分に合う場所を探して生きることしかできないのです。不惑が近いだなんて信じたくないね。何歳になっても惑いながらしか進めません。未熟!
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