英語をうまく話すための「休み」のとらえ方
こんにちは!
日々うさぎです。
前の記事で、休みを一つの活動単位として、とらえ直しができるのではないか、ということを書きました。
今日は、そのマインドが、意外にも英語をうまく話すときにも使えるのではないか、という話です。
ここで言おうとしているのは、「無理せず休みながら勉強しよう」みたいな話ではありません。
「休みの捉え直し」は、英語の単語の発音の仕方、話し方に応用できるのではないか、という、ちょっと飛んだ話です。
■ うまく発音できなかった英単語
みなさんは発音が難しいなぁと思った英単語ありますか?
私は昔長いこと、
girl や horse
がうまく発音できなくて困りました。
(イギリス英語ではなく、アメリカ英語で発音しようとした場合の話になります)
カタカナで書くと、「ガール」「ホース」と、
rは伸ばす音の場所に位置します。
日本語では、「ガ」は「ホ」の音のまま、そのまま伸ばせば発音できます。
伸ばす音は、発音の意識をする必要のない、いわば「休み時間」みたいな感じだったりもします。
一方英語ではその法則ではうまく発音できません。
rの音を意識すると、前の音にまで影響が及び、結果、単語全体がおかしな発音に仕上がってしまうのです。
流暢に話そうとすればするほど、これらの単語は伝わりにくい音になってしまうのでした。
で、あるとき気づいたのです。
rは休み時間ではなく、前の音の付属品でもなく、ひとつの独立した音素として、ゆっくり丁寧に扱ってあげなければいけないのでは!?と。
そこで単語を
g-r-l
ho-r-s
と三つに分け、ひとつひとつをゆっくりはっきり発音してみました。
girlは最後のlも、しっかり舌の形を作って発音します。
そして続けて発音してみると、
できました! うまく発音できることがわかりました!
ちなみに、その後私はフォニックスをしっかり目に学習したのですが
g-ir-l irは「あいまい母音」という一つの単位
h-or-s(e) orもオァという発音上の一つの単位
ということがわかりました。
発音において、休み時間や他のもののついでのようにとらえていた部分を、大切な活動時間であると捉え直してみる、
さらに、一つ一つの活動を、雑にではなくゆっくりはっきりやってみる
ということで発音の問題がだいぶ解決できるのではないかという気づきでした。
■ 実は日本語の発音でも
先ほど、日本語の伸ばす音について触れました。
日本人にとっては、伸ばす音はあまり強く意識されていないかもしれませんが、日本語を学ぶ外国人にとっては、単語の意味を識別する上でも、大事な学習ポイントです。
「おばさん」と「おばあさん」
「こばん」と「こうばん」
など、伸ばす部分の音をきちんと一拍として感じて発音し、(さらに高低アクセントの問題もありますが)、意味が通じにくくなってしまうということがあります。
同じく、小さい「っ」や「ん」など、日本人にとっては「おまけ」のような位置にいる音も、独立した一つの拍としての丁寧な扱いが必要で、それにより日本語の伝わりやすさがぐんと変わってきます。
例えば
はっけん(発見)は4拍です。
4拍をしっかり意識しないと、次のように「?」となるかもしれません。
はけん → 派遣?
はっけ → 八卦? (当たるも八卦、当たらぬも八卦)
日本人としてはあまり意識していなくても、主役を張っていないように見える音が、実は大事な役割を果たしているのです。
■ スピーチにおける「休み」
英語においての「休み時間を活動としてとらえる」の話はもう一つあります。
それはスピーチです。
よく学生のスピーチ発表で、話すのが早く、一見流暢に見せようとしているものがあるなぁと思います。
たくさん練習して、速く話せるようにしたのは、頑張りましたね!とは思います。
ですが、逆に、ゆっくり発音することで、より伝わりやすく上手に聞こえるものになったりします。
スピーチの中でキーになる大事な単語、強調したい部分の単語は
「小さい子どもなの?」 っていうくらいゆっくり発音してもよいくらいです。
単語の発音に加え、スピーチの中に登場する「間」は、人をひきつけ、分かりやすく聞いてもらえるようにするのにとても効果的です。
「間」は休み時間ではなく、もはや活動時間なのだと思います。
英語を話す中で、何も言わない時間があると、焦ってしまったり、失敗したように思ってしまったりするかもしれません。
ですが、効果的に使った「休み時間」は、逆に力を発揮するものなのだと思います。
■ まとめとして
私自身が動き回りすぎでダウンしたことに端を発し、思いもよらず、英語をうまく話すためのコツのような話になりました。
さらには、
光のためには影を
実質のためには余白を
など、
見えにくい部分の大切さ、ということにまで話が及びそうです。
何かに行き詰った時、
なかなか解決できないことに気づいた時、
いつも見ているところとは真反対の場所を見てみる、ということが必要なのかもしれませんね。
