消えない言葉と、生き直し 3話|病棟の朝
入院した。
ストレスケア病棟は、思っていたより静かだった。
大きな縛りはなく、外出も許された。
閉じ込められる怖さより、守られている感覚の方が大きかった。
入院してから、食事ができるようになった。
喉が固まって通らなかったものが、少しずつ通るようになった。
それだけで、「生きている側」に戻ってきた気がした。
日中は、楽になれた。
病棟の人たちと、いつも同じ場所に集まり、一日中話をした。
みんな、自分が病気になったきっかけや、症状についても話した。
その時間は安心できたし、孤独ではなかった。
病気にはいろいろあった。
眠れない人。
アルコール依存の人。
気分障害の人。
軽いうつの人。
摂食障害の人。
ストレスで歩けなくなる人もいた。
十二人くらいの解放病棟だったが、同じ症状の人はいなかった。
私はそこで、「壊れるのは特別な人だけじゃない」と知った。
誰でも、何かが重なると、体が先に壊れることがある。
みんな、親切でやさしい人達だった。
でも、朝だけは消えなかった。
目が覚めた瞬間、心臓が激しく打ち、震えが始まって、冷や汗が出る。
理由のない不安が体の中を占拠していく。
薬を飲んで、波が過ぎるのをじっと待つ。
日中が少し楽でも、朝が来る限り、私は回復している気がしなかった。
三ヶ月くらい、その病院にいた。
けれど、病棟の人間関係がつらくなってきた。
悪意があるわけじゃない。
ただ、距離が近い。
誰かの波が、こちらの波を揺らす。
私はまた、消耗していった。
それで転院した。
少し離れた場所に、主治医の先生の後輩が勤務している病院があった。
そこも新しくできた解放病棟だった。
病棟の空気は、少し違った。
患者さんの数は変わらないが、軽いうつとアルコール依存の人が多かった。救急車で運ばれてくる人もいた。
アルコール依存の人は、病院を抜け出してお酒を買いに行き、見つかって閉鎖病棟へ移される人もいた。
依存の下には、不安やうつがあると聞いた。
私は、相変わらず朝に怯え続けていた。
朝が来るたび、私はまた壊れた。
ある夜、転機が来た。
主治医の先生が当直ではない日だった。
別の先生が、夜に薬を出してくれた。
それを飲んだ。
次の朝。
私は目を開けた。
そして、来るはずのパニック発作が来なかった。
心臓が暴れない。
震えが始まらない。
冷や汗も出ない。
一瞬、信じられなかった。
でも、来なかった。
私はベッドを出て、ナースステーションへ行った。
言葉が先に出た。
「朝の発作が起きませんでした」
看護師さんが顔を上げて、私を見た。
次の瞬間、看護師さんも一緒になって喜んでくれた。
これは、たまたまじゃない。
私の朝が、変わった。
「先生に伝えてほしいです」
「昨日の黄色い薬を、出してもらえるように」
自分からお願いできたことも、私にとっては大きかった。
あの薬は、私を救った薬だった。
それから、飲まなかった日があっても、朝の発作は起きなかった。
朝が大丈夫だと思えるようになると、世界が変わった。
朝さえのり越えたら、外に出られる。
退院しても、やっていけるかもしれない。
私は初めて、退院を考え始めた。
まだ、完璧じゃない。
それでも、戻るための足場ができた。
