光の街 勇気の一歩|第1話 ヒーリング・フラワー
いつか、この世界は。
終わってしまう━━。
1
会社に行って、上司に叱られて、
疲れて、電車に乗って、帰宅する。
高校に行って、大学に行って、
就職して。
これが、俺の望んでいた世界なんだろうか?
帰宅途中、親友の多喜《たき》に電話する。
「俺は、在宅ワークで、給料は安定してるけど、やっぱり外に行って仕事したい」
そうなのか?
在宅ワーク、いいと思うけどな。
電話を切り、角を曲がると、
花屋があった。
あれ? こんなとこに、花屋なんてあったけ?
所狭しと花が並べられている。
入口をはみ出して、軒先にも、季節の花が置いてあり、各プレートに花の名が書かれている。
ちょうど、閉店作業中のようだ。
髪を一つに結んだ定員が、こちらを向く。
心臓が脈打つ。
やばい、もろに好みだ。
大きな煌めく瞳。整った鼻筋。ピンクのリップ。
小柄な体を包むようなエプロンをしていてもわかる、豊満な胸。
おもわず、見惚れる。
「いらっしゃいませ!」
鈴の様な高い声。
その瞬間、俺は恋の魔法にかかった━━。
「き、綺麗だ……」
口走っていた言葉。
彼女は満面の笑みを浮かべる。
「ほんと、綺麗ですよね!」
「?」
「どんなお花がお好みですか?」
「……あ、は、花ね……」
確かに彼女の周りには、たくさんの花が咲いている。
「え、えーと、適当に選んでくれるかな?」
「はい!」
彼女の選んでくれたのは、小さな鉢植えの、泡い水色の花だった。
「お勤めしてると、大変ですよね。私も前は、会社に行ってました。
お疲れでしょうから、このヒーリングフラワーは、いかがですか?」
「ヒーリングフラワー?」
「最近改良された、癒し効果のあるお花なんですよ」
? アロマみたいなものか??
確かに色が淡いのがいいし、香りもいい。
水やりのタイミングなどを聞いて、店を出る。
「ありがとうございました!」
その頃の俺は、少し世界に虚無感を覚えていた。
毎日繰り返す、会社のできごと。帰宅後の、つまらない家。
学生時代は良かった。
友達がたくさんいて、
毎日楽しかった。
ただ、受験や就活は大変だった。
努力した。
努力して、手に入れたかった毎日は。
これなのか???
風呂から出て、部屋の隅に置いた花に近づく。
なんだか、見てるとほんわかする。
「それにしても……」
あの花屋の定員さん。
綺麗だったなぁ……
あのエプロンの中はどうなってるんだろう。
男のサガか、妄想が止まらない。
『青治《あおはる》くん』
彼女が俺に言う。
『キスして』
『え』
『だ、め??』
『ダメも何も、僕らは、今日知り合ったでばかりで……』
あぁ。なんて幸せなんだ。
それにしても、
いい香りだな。
風呂上がりの心地よさと、花の香り。
妄想の彼女の笑顔。
あぁ。なんか、温かくて……
「青治くん」
彼女が何かいいかける。
瞼が重い……
「あれ??」
スズメの声に、カーテンの隙間から差す陽。
「あれれ???」
気づけば、朝だった。
こんなにぐっすり眠れたのは、いつぶりだろう。
いつも、寝付きの悪い俺には、嘘のようだ。
部屋の隅の、水色の花を見る。
『最近改良された、癒し効果のあるお花なんですよ』
もしかしたら。
こいつのおかげ???
2
その日、俺はいつもより上機嫌だった。
上司の小言も冷静に受け止め、社食の日替わりうどんも、珍しく肉入り。
定時上がりで、足早に会社を抜け出す。
『青治くん』
妄想の彼女がまた笑う。
『お花が重くって、肩、凝っちゃたの〜』
『やや、それはいけませね! 揉んで差し上げます』
『ほんと〜? 青治くんって、や・さ・し・い♡』
「いやぁ、それほどでも!』
俺は、彼女の肩に手をの伸ばしかけ、
『あれ? エプロン邪魔ですね……解いて差し上げます。他意はありません』
『えー?』
紺のエプロンの紐を解く。
「……あれ?』
いいところで、妄想が止まった。
<本日・定休日>
ドアに、closedのプレート。
……なんだ。
お花屋さんは、きょうはお休みらしい。
帰宅すると、花に水やりする。
「明日は会えるかなぁ?」
独り言。
いつか、この世界は終わる。
そんな虚無に取り憑かれたのは、いつからだったか。
いつか、人は死ぬ。
当たり前だけど。
目の当たりにしたのは、
誰かの葬式。
小学生の頃から、感受性の鋭かった俺は、式の後、熱を出した。
棺の中に横たわる、よく知らない、親の知り合い。
やるように言われ、見様見真似で、線香をあげた。
『どうして、死んだの?』
訊くと、
『病気だったのよ』
母親は言った。
それがきっけか。
俺はいろんなことを考るようになった。
どうして、世界は終わるのに。
生きなきゃいけないんだろう?
俺が死ぬときは、いつだろう?
何のために、生きていくんだろう━━。
3
花屋のそばの角を曲がる。
今日こそ!
踏み出す足。
そこに、<女神>がいた。
「いらっしゃいませ!」
彼女の高い声。
俺の心臓が元気になる。元気すぎるくらいだ。
「あ、あの……」
今日は、休日。
いつもなら家でごろごろしている俺は、朝から少しめかし込んで、花屋を訪れていた。
「こないだは、すてきな花を選んでくれてありがとう」
「いえ。どうですか? お花……」
「元気。毎日水をあげてるよ。あの、その」
「はい?」
俺は、自分のジャッケットのポケットを触る。
「あ、あの……」
「いらっしゃいませ!」
間が悪く、他の客がやってきてしまった。
「心陽《こはる》ちゃん」
そいつがこちらを睨んだ。……気がする。
茶髪にピアス。切れ長の瞳。キザっぽい喋り方。
大学生だろうか。
その青年は、馴れ馴れしく彼女に声をかけている。
……こはる。
心陽っていうんだ。
「心陽ちゃん、それで、次の休みはいつなの?」
「えと……」
彼女は困った様子だった。
「デートしようよ! 海沿いでもドライブしてさ」
「はぁ……」
「あ、その花と、それからこの花も買うからさ」
「ありがとうがざいます」
彼女が花を持って、カウンターの方に向かう。
奴もついていく。
「で、心陽ちゃん」
「待てよ」
俺は、そいつに近づくと、
「おまえ、俺の女に馴れ馴れしいいんだよ!」
そう言い放った。
「……はぁ?」
むかつく青年に気づかれないよう、俺は彼女に目配せする。
「だよ、てめー」
舌打ちと睨みに負けず、俺は涼しい笑顔。
「だから。こいつと俺はつきあってるの。なぁ、心陽」
お花をまとめ終わった彼女の横に立つ。
「まさか! 嘘だろ、心陽ちゃん」
「……あ、あの」
お花の値段を、彼女は言うと、
「あ、あの、見ての通りです」
俺の方に近づく。
「ガーン!! こ、心陽ちゃん、フリーだと思ってたのに!」
そいつは丁寧に支払いを済ませると、
「幸せになっちまえ、バカヤロー!!!」
涙を抑えて、店を出て行った。
「あ、あの……」
彼女が近づく気配。
俺は、その場にしゃがみ込んだ。
「……こ、怖かった。
今時の若者は、何するかわからん」
「え、ちょ、大丈夫ですか?」
おれは顔を赤くした。
「ご、ごめんなさい。俺、出過ぎた真似を」
「いえ、助かりました。あの人、しつこくて」
「……そ、そうなんだ」
俺は、胸ポケットのチケットを思い、涙を隠す。
……そうよな。
彼女は定員。俺は、ただの客。
恋心なんて、
迷惑なだけ、だよな……
4
「それで、諦めちまったの?」
缶ビールを飲みながら、俺は多喜の部屋で、失恋パーティ(?)をしていた。
「まだ、何も始まってねーじゃん」
同い年の多喜は、同姓の俺でも解る、かっこよい顔をしている。
多喜の半分でも、俺の容姿がよければな……。
「だから、申し訳ないけど、これは返すよ」
2枚ある水族館のチケットを、多喜に渡す。
「おまえ、本当にそれでいいの?」
「……いいんだよ。彼女は、花屋の定員。俺は、ただの客。言い寄られても━━迷惑なんだ」
また、同じ毎日の繰り返し。
上司に叱られ、安い炭水化物色の社食うどんを食べ、気を取り直して、デスクに戻る。
パソコンのキーボード。
時代にい追いつかない配列。
コピーライターとか言う奴の時代。
わざと遅く打つ配列にして、低スペックに合わせたとか。
いまでは、この配列が標準になり、直せない。
それって、時間が無駄になってるんじゃないだろか。
まぁ、時間なんて、いつか終わるんだ。
どうでもいい……。
5
寝つきが悪い俺は、いつからか、妄想癖ができた。
ありもしない妄想遊び。
こないだまで、彼女のことばかり、妄想していた。
……楽しかった。
布団の中で、スマホを観る。
ブルーライトが寝つきを悪くすると知っていても。
やめられない。
失恋を癒す方法。モテる男のバイブル。
しょーもない閲覧履歴。
彼女と付き合える人は、どんだけ前世で徳を積んだんだ?
……前世なんか、信じてないけど。
「……はぁ」
寝れない。
冷蔵庫からお茶のペットボトルを出して、コップに注ぐ。
低音でテレビを流す。
1:36
……眠い。疲れてる。
なのに、寝れない。
いつからだろう?
ここのところ、調子が良かったのに。
……あぁ。あの花屋に行かなくなってからだ。
ふと、気づく。
部屋の隅。
いつの間にか。
あの水色の花がしぼんでいる。
葉や茎も、茶色になりかけている。
……いつからだ?
水をやらなくなったのは。
「心陽さん……」
俺は、彼女の名を呼んでいた。
「頼む……」
水を取りに行きながら、
俺の目から涙が溢れた。
「頼む……」
枯れないでくれ、
枯れないで、くれ、
……俺の恋心……
6
それから、毎日水をやりつづけた。
二〜三日して、起きた俺は、
見た。
水色の淡い笑みのような、フラワー。
その花を見つめて、
俺は決めた。
「いらっしゃいませ!」
久しぶりに聞く、彼女の声。
あぁ、好きだな、この笑顔……。
花屋の店内は、今日も色鮮やかな植物で溢れている。
「あ。あの、は、花……花がもう一鉢欲しくて」
「はい! どのようなお花をお求めですか?_
「あ。それが、その……こないだ買った花だけじゃ、かわいそうで━━パートナーになる花が欲しくて」
「パートナー?」
やばい、変なことを言ってしまった。
「そうですね、こないだのお花は、水色だったから……」
え?
覚えてくれてる……?
「あ、あの」
彼女が急に顔を赤らめて言った。
「こ、こないだ……」
「え?」
「こ、こ、こないだ、あ、あり、あ……」
「はい??」
心陽さんは、俯いていた顔を上げて、俺を見た。
「ありがとうございました!」
どうしたのか、顔が真っ赤だ。
「こないだって、《《あの》》?」
「は、はい、おかげさまで、助かりました……」
心陽さんは、恥ずかしそうに目を逸らした。
……あれ?
あれれ?
なんだ、この幸せな予感は……
俺は唾を飲み込むと、
「あ、あの……」
頭を掻いて、開口一番。言った。
「お、俺と……」
7
ジュゴンがゆっくり、水槽の中を泳いでいる。
癒されるなぁ。
「なぁ、心陽」
繋いだ手を強く握る。
俺たちは水族館に来ていた。
「なぁに? 青治」
「世界には、終わりがある━━。
でも、初まりもあったんだな」
「まーた、難しい話」
目の前の愛おしい女性を見つめる。
そう。いつか。
この世界は終わる。
でも、
君が隣にいれば……
水色の花と、パートナーの桃色の花が、微笑んだ気がした。
《第一話 完》
▼次回▼
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