今日もお江戸に日本晴れ!|第壱幕|陸(六):囚われのお嬢
▼前回▼
「ごめんなさい・•・・」
恵助は口を利いてくれなかった。
風車は、見つからなかった。
恵助は帰ってしまった。辺りは闇に包まれてしまった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……っ……」
恵助はさっきまでずっと風車を探していた。でも──彼はもう諦めてしまった。
自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ──
あんなの、八つ当たりだ。
着物の裾をたくし上げる。せめて、もっと辺りが明るければ……たとえ見る影もなくても──元からとても傷んでいたけど──見つけなきゃ。あたいが見つけなきゃ。
川に入ろうとお陽は歩を進める。
「やめときな。風邪ひくぜ」
ふいに声が聞こえ──お陽は振り向く。
提灯《ちょうちん》の光に目が眩む。
「……恵助……?」
濡れ鼠《ねずみ》で帰した恵助は、適当に体を拭いて着替えると、布団にくるまって寝てしまった。秦助が何を聞いても、彼はもう何も言わなかった。
昏《くら》い昏い眼──五年前彼の両親が亡くなったころと同じ眼……
。
『強くなりたい』
母親が亡くなって──恵助は呪文のようにその言葉ばかり繰り返した。
剣道場に通った。
『強くなりたい』
だが、同じ年のうちに父親まで亡くなった。過労死だった。
恵助は剣道をやめた。
叔母の店で働きだした。
回る回る赤──
淡い黄色の着物を好んでいた母に、おねだりして買ってもらった風車──。
幸せだった子ども。
夜。騒がしい足音や声がし、
「邪魔する!」
「お嬢を知りやせんか?」
護壱と路月が家に入ってきた。
恵助は体を起こし布団から出る。隣で寝ていた泰助も枕から頭をもたげる。
恵助はせせら笑った。
「来てませんよ。そんなことわかるでしょう」
「ああ。だが、こちとら普段からボウズ尾行までやってるわけじゃねぇ。
夕刻前から今の今までお嬢のお姿が見えねぇ! 何か遭ったんじゃねぇかとおやっさんがご心配なさってる」
<ボウズ>は恵助のことで、<おやっさん>は冬黒屋主人のことらしい。
「どこかでお嬢をお見かけしやせんでした?」
「知りませんよ。家出でもしたんじゃないですか?
どうせすぐ帰ってきますよ」
「なんだと⁉︎ お嬢が家出なんかするもんかっ!
いい加減なことぬかしてんじゃねぇ!」
護壱は恵助の襟元を乱暴に掴んだ。
「やめろ護壱! 今はそんなことしてる場合じゃねぇ! 早いとこお嬢を見つけるんだ! 何か遭ってからじゃ遅せぇ‼︎」
「チッ!」
護壱は乱暴に恵助を放す。恵助はよろける。二人は急いで家から出ていった。
「……過保護だな」
恵助は片嗤った。
彼女にもし何か遭ったら──?
足元の布団に視線を落とす。
……ひなたの匂いがしなくなっていた。
「恵助……本当に何も知らんのか?」
祖父の厳しい声。彼は半身を起こし、恵助を睨んでいた。
「じっちゃん……僕……」
顔を上げ、駆けだす恵助。
「護壱さん、路月さん、ほんとは……っっ‼︎」
「うへへへへ。いい眺めだぜ」
お陽は縄で手足を縛られていた。
「ヤダぁ! 見ないで来ないで近寄んないで痴漢変態死ね栄之介‼︎」
「随分な言われようだァ……」
サムライくずれの栄之介は顔をしかめた。
ここは栄之介の自宅。やな感じにそこらじゅうに脱いだ物や雑貨、ゴミなどが積み上げられている。虫とかもたくさん棲んでそうだ。異臭までする。狭いし。
恵助のうちのほうがずっとず~〜〜〜っとイイ感じだ。こんな不快なトコとは全然違う。ぼろっちいけどもっとステキに片づいている。
あのとき川に現れたのは恵助ではなかったのだ。似ても似つかない──。お陽はいきなりこいつに腹を殴られて気絶し、この家に連れ込まれたのだ。
「……最悪だ……」
栄之介は女好きで有名だった。
サムライをやめたのも女がらみのトラブルだとか、冬黒屋で借金したのも遊廓であまりにも金を使いすぎたせいだとか噂されている。本当のところどうなのかは知らない。
でもお陽はコイツがすげー嫌いだった。なんっつうーか、とにかく最低なのだ。ドスケベなオーラ放っているのだ。こんなん相手にするのは遊郭ねーちゃんくらいだろう(お仕事お疲れさま)。
バカっぽい顔にいやらしい笑みを浮かべ、アホまるだしに栄之介は語る。
「ぐへへへへ。ついにラチっちまったぜぇ! オレサマ天才っ!!ぶらぼーはぴねす♪ コイツを返して欲しくば借金チャラにしろってもんだぜ!」
「なにアホなコトぬかしとんじゃワレェ‼︎」
「あらや~ね、最近の若い子って言葉遣いがなってないわ」
「……き、気色悪い……」
「そうねぇ~あ〜んたみたいななってないコは、遊郭にでも売っぱらって金稼ぎさせるってのはどうよ? そんであたしの借金を返済してもらうの。それも一つの手ね♪ だめ?」
「カマ言葉やめてー‼︎」
「いいじゃない? あたしの勝手でしょ」
「とにかくイヤ~~~〜‼︎」
「うきききき。けど、もし遊郭に売るとしても、その前にちょっくらオレサマが味見しちゃいけねぇっつう決まりはねぇーよなぁ」
「寄るなって変態‼︎」
「待て!! 栄之介っ‼︎」
親父ヴォイスが響きわたった。
「こ、この声は」
お陽は目を潤ます。
「おとっつぁんっ‼︎」
▼次回▼
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