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君といたい(後編) 君といたい

▼前回▼


「──月ちゃんっ⁈」
 姿見の割れた部屋。
 空が月の首を絞めている。
「月ちゃん‼︎」
 優のほうを向いた空の目が見開く。
 月の首からその手が離れた。咳き込む月。
 優は空の青いシャツの肩を押しのけ、月を胸に抱き寄せる。
 優の瞳から涙がとめどなく溢れている。
「月ちゃん、月ちゃん、大丈夫──?」
 呆然としている空を睨んで、優は言う。
「─……どうして?」
 符合した。月の背中の傷と、先ほどの光景。
「どうして月ちゃんにこんなひどいことできるのっ⁈ 
 ──もうっ空くんなんかに、月ちゃんは任せらんないっっ‼︎」
 月の手を掴む優。
「行こう、月ちゃん!」
 優はそのまま、月を連れて部屋を飛び出した。
 後にはただ、空のみが残された。

「──で、何の用?」
 腕組みしながら優が言う。
 優の家の前。優と空が向かい合っている。
「月を、返してくれ」
 空の声は痛々しい。まるで、優が空をいじめているみたいだ。
 ──優が月を連れて行った翌日。空は何も手につかず、バイトを休んで、朝から優の家にやってきた。
 優も、今日は学校をサボる気なのか、私服姿だ。水色のトレーナーと、淡いグリーンのスカート。空は、白のシャツにブルージーンズ。
「──嫌よ」
 優は怒っていた。その口から紡がれるのは、いつになく低い声。別人のように、目を吊り上げている。
「月がいないとオレは生きていけない」
「よく言うわよ。──ここじゃ、なんだわ。場所を変えましょう」
 あの公園へ行く。優はシーソーを背に仁王立ち。
 その三歩前に、空。今にも倒れそうな顔をしている。
「月を返して──」
「──何が、『学校でうまくやってない』よ? 何が『おかしい』よ?
 おかしいのは、空くんのほうじゃない!
 あたし、家族に全部話したからね。みんな、空くんのことひどいって言ってる。月ちゃんがかわいそうだって。
 本当はずっとうちで預かりたいくらいだけど、他人だもの、簡単にはいかないじゃない?
 それで、考えたのよ。月ちゃんにはおじいさんとおばあさんがいるんでしょう?
 空くんなんかよりお2人の所で暮らしたほうが、月ちゃんにとって幸せなんじゃないかって!
 だから、おじいさんたちんちの電話番号教えてよ。月ちゃん教えてくれないのよ」
「それはできない。……わざとじゃ、ないんだ。わざと月にあんなことしたんじゃない。
 時々……時々だけなんだ。でも、わざとじゃなくて、自分が抑えらんなくなって──でも、月は許してくれてるんだ。いつも謝ると許してくれて──だから、オレは月のこと本当に心配して……」
「──そう。なら、こっちで調べるわ。世の中、本気で調べようと思ったら、わからないことなんてそうそうないんだからね?」
「……」
「空くんって最低だよ。あたし、父親に頼んだのよ。空くんのこと叩きのめしてくれって。
 なのにあの腰抜け頑固親父、できないって言うのよ⁈
  悔しーから、あたしに一発殴らせてくんない?」
「──」
「って、思ったけど、月ちゃんが喜ばないから、やめたわ。
 そうだ、今日は悪いけど、月ちゃん、道具もないし、学校は休ませてもらうわね?
 後で、必要な物、取りに行ってもいいかしら?
 今日は一日、あたし、月ちゃんと一緒にいろんな所に行って遊ぶつもりよ──」
 そう言って、優は言葉を切る。悔しそうに唇を噛んで、空を睨む。
「──そのつもりなのに──、帰りだいって月ちゃんが言うのよ。
 お兄ちゃんと一緒にいたいって泣くのよっ!
 だからあたし、どうしたらいいかわかんなくなって……ねぇ、数えてよ!  なんであんなことしたのよ⁈  納得の行く説明、聞かせてよ!
 そうしたら、月ちゃんは帰してあげるわ」
 空は目を伏せた。暴り空のせいか、陽光があまり届かない公園。
 空は優の前に立ったまま、額のバンダナに手をやった。
「もう、ずつと昔──オレの母に、赤ちゃんができたんだ。
 弟か妹ができるんだって、オレはすごく喜んだ」
「月ちゃんのこと?」
「──でも、その子は産まれてこなかった」
「えっ……? 流産したってこと? じゃあ、月ちゃんは……?」
「《《下ろしたんだ》》。──でも、母さんが悪いんじゃない。
 今でも、時々夢に見るんだ」

 すぐ側に誰かが立っている。
 けど、それは決して手の届かない誰か──。
 その誰かが言う。
 空を見て、言う。
「──どうして産んでくれなかったの?」
 夢だとわかっている。
 これは夢だ。
 だけど、涙が止まらない。
「産まれてこれなかった者の気持ちが分かる……?」
 もうなんべんも見た夢だ──。

「オレが悪いんだ。オレが……」
「……空くん?」
 額を抑えて顔を伏せ、空は泣いていた。
「月は、オレの本当の弟じゃない。
 オレはあの子のことを下ろすと言った母親に何も言えなかった。弱虫だったんだ。
 本当は産んでくれ産んでくれって心の中では思ってた。
 ──でも、だからってそれがなんになるんだ⁈
  あの子がこの世に産まれてくることは、もう、2度とないのに──。
 なのにオレは、あの子を下ろした後になって景れたんだ。
 あの子を産んでくれ産んでくれって、母さんにすがったんだ。
 そんなこと決してできやしないのに。
 わかっていたのに──。
 母さんは、あの子と同じ年の子供をどこからか引き取ってきて、養子にしてくれた。
 ──それが月だ」
 優は何も言えず、ただ、空を見て、その言葉を聞いていた。
「かわいかったよ。嬉しかった。
 けど、月はあの子じゃないんだ。なのに月がいて──そこにいて──オレは月がかわいいのに、かわいくてかわいくてたまらないのに、時々ひどく憎くなるんだ。
 アイツはオレの本当の弟じゃないのに。ただの代わりなのに──。
 だからオレはアイツに優しくしちゃいけないんだ。
 月だって──そんな理由で優しくされたくはないだろう?
 弟じゃないんだよ、月はオレの弟なんかじゃないんだよ──」
「……それが、理由なの……?」
 優の頬が引きつる。
「──空くんて、ばかじゃないの?」
 言葉とは裏腹に、優の頬は源に濡れている。
「そんなの、誰のせいでもないじゃない。
 誰も攻めること、憎むことないじゃない──。
 そんなの、月ちゃんにひどいことする理由にはならないよっ!」
「違う。オレのせいなんだ」
「なんでそんなこと言ってるの?
 誰のせいでもないって言ってるじゃない!
 そんなの、ただの空くんの自己満足でしょう⁈ エゴじゃない⁉︎
 それでぶたれたら、月ちゃんがかわいそうだよ!」
 そう言って、それから優は、徐ろに目を細めて、優しい声で言う。
「──あたし、知ってるよ。空くんは月ちゃんが大好きなの。月ちゃんも空くんが大好きなの」
「……どうして、そんなこと、あんたにわかるんだよ」
「証拠」
 優はスカートのポケットから紙袋を取り出した。この間渡しそびれた物だ。空の手に持たせる。
 ──空がその中から取り出したのは、たくさんの写真。
 月がジャングルジムや鉄柵の側を走りながら笑っている。
 楽しそうにブイサインしてこちらを見上げている。
 鉄棒の上に座って目を細めている。
 月の両肩に優が手を置いて、2人して笑っている。まるで本当の姉弟《きょうだい》のように見える。
 ベンチに座って横を向き、気のない様子で缶コーヒーを飲んでいる空。 
 その直後、こちらを向いて顔をしかめたもの。
 いつかの、泥山にトンネルを質通させた時の、嬉しそうな、あどけない空。
 空の袖を掴んでいる月。
 空におぶわれて安心しきった顔で眠る月。
 空と月が追いかけっこをしている。背後から空に捕まって笑う月。
 空と月、2人しゃがんで何か話をしている。
 2人並んで笑っている。
「写真は嘘つかないでしょう?」
 月の空を見つめる目。空の月を見つめる目。それはとても温かい。
「……」
「同じように、あたしは月ちゃんが時々妙に大人びた顔をすることを知ってる。
 悲しいくらい虚ろな目をするのを、見たこともあるわ。
 背中の傷も知ってる。
 空くんが、月ちゃんにひどいことをしているとこも見たわ。
 でも、月ちゃんは空くんが大好きなの。それは本当なのっ!
 じゃなかったら、空くんの所へ帰りたいなんて言わないよ!
 空くんだって月ちゃんのこと大──」
「うっせぇんだよ!
 ほんとはなんも知らねぇくせに──っ!」
 空はバンダナに手を伸ばした。
 優の瞳が見開かれる。
 いつも空がつけている青いバンダナ──その下から現れたのは──……
 瞳。
 空の額には、瞳があった。
「ウソ……」
「これがあるから、オレの弟は産まれちゃこれなかったんだ。
 どうだ、コレデモマダオレノセイジャナイトイエルカ──?」
 空の瞳は悲しい。悲しいくらい虚ろ。月とおんなじだった。今にも壊れてしまいそうな、ガラスみたいな瞳──。
「いやぁ……っ!」
 優は思わず後ろに下がった。シーソーにぶつかって、体勢を崩す。しゃがみこんだまま、優はまだ後ずさる。
「こないでっ──‼︎」
 パニックに陥った優を見た空の瞳が揺れる。
 一瞬ひどく切なそうな表情が、その瞳に浮かんだ。
「──だから、またオレみたいなのが産まれてくることを恐れて、母さんはあの子を産まなかったんだ。
 ──それでも、母さんには感謝してるんだ。こんなオレのことを精一杯育ててくれたからね。すばらしい女性だと、今でも思ってる。
 2人が蒸発したときには悲しかったよ。父さんも、オレは大好きだったんだしね。でも、彼らには彼らの人生がある。
 理由は知らないけど、彼らがそうしたいってんなら、オレには無理に止めるつもりはないし、仕方ないもんな。
 なぁ、返してくれよ。月を。愛してるんだ。月のこと──」
 空のセリフは支離滅裂だ。月を憎んでいると言い、愛していると言う。
 でも、それが多分空の本音なのだ──。
「ど、どうして、目が、3つもあるの……?」 
 優は必死に、空の額の目を指差す。
「ハハハ、そんなに怖い?
 別に本当はそんなに珍しいもんでもないんだぜ?
 3つ目の子が産まれてくる──なんて前例は、全くなかったわけじゃないんだ。ただ、産まれてきたら、殺して──、世間に隠して、だからあまり知られていないだけなんだよ。
 ──知ってる? 昔は、耳や口が不自由な人たちを平気で殺したりしてたんだって。
 双子が気味悪がられた、なんてこともあるしらしいしさ。
 みんな、自分と少しでも違う者は、異端視するんだ。
 オレみたいに、目が3つあるのにこんなにでかくなった奴の話なんてのは、オレは聞いたことないけど。
 もしかしたらこの世にはオレの他にもこんな奴らが、どこかで生きてるのかもしれないゼ?
 オレの母さんは、病院じゃなくて、自宅でオレを産んだんだ。
 だから、オレの目のことは周囲にはあまり知られずに済んだ。
 母さんは、オレを産んだ後すぐ、家を出たんだって。
 じーちゃんとばーちゃんはオレの目のことを知らない。
 母さんや父さんが必死に隠したからな。
 目のこと、知ったら、どうなるかな──?」
 空は、腰を抜かしたままの優に手を差し伸べた。
 目を眇めて、薄く笑う。
「あんたみたいになっちゃうのかな? 言いたきゃ言えよ。どうせ誰も信じねーと思うけどな」
 湯いた声で笑って、空は言葉を続ける。
「すげー顔。
 オしには、そっちのほうが見物だゼ?
 オレこと、人問じゃないとか思ってんだろ?
 そうだよ。きっと、あんたも思ってんだろ。
 『死ぬばいい』って。なんで目が3つあるだけで、みんなと違うってだけで、死ななきゃなんねーんだよっ‼︎
 なんで、産まれてこれねーんだよっ⁈
  なんで殺されなきゃなんねーんだよ……⁉︎」
 空は笑っているのに、笑うのに、涙が止まらない。
「──月は、返してもらうからな」
 空が優に背を向ける。
「ま、待って……!」
 優は、切れ切れに、その背に向かって言葉を飛ばす。
「でも、やっぱり……空くんは、間違ってるよ……!
 だったら、やっぱり、空くんのせいじゃない……。
 まだよく信じらんないけど、月ちゃんも空くんも愛し合ってるんだから、もっと、大事にしてあげなきゃだめだよ。
 月ちゃんのこと、自分のこと……」
 何かを伝えたいのに……うまく言葉にならない。 
 空が行ってしまう。追いかけたい。優はなんとか起き上がる。でも、空の動きを止めたのは、やはり──月だ。
 優の家から、2人のことが心配になったのだろう、月が公園へやってきたのだ。
 優が着せていた女の子用の服を脱いで、昨日着ていた青いトレーナーに黒いズボンという、自分の服に着替えていた。
 優は家で待っているように、何度も何度も言い聞かせたのに──。
 月にはそんなこと、意味がなかったのだ。
「兄ちゃん、帰ろう」
 月が言う。額の目を見ても、月は怖がりもしない。知っていたのだ。
「……あぁ、帰ろう。月」
 これ以上ないくらい、優しく空が笑う。
 そのまま2人は行ってしまう。
 優は追いかけられなかった。自分の言葉なんかより、月の一言が、その存在のほうが、空をずっと元気づけるのだとわかっていた──。
 手と手を取り合って歩く兄弟の姿は、優がこれまで撮ったどんな写真よりも、綺麗で、温かかった。
 優の周りには、写真が散乱していた。
 空が、捨てていったのだ──。

 それから。空も月も、そして優も、この公園には足を運ばなかった。
 足を運ばないまま、時が過ぎた──。

 2週間後。空と月の住むマンション──。
「月、起きろ! 遅刻するぞ!」
 ノックもせずにドアを開けて、空は月の部屋に踏み込む。
 月は珍しくもう起きていて、懲りずにまた空が買ってきた姿見の前で、服装を整えている。
 白と黒のボーダーのシャツの裾を伸ばし、藍色の半ズボンのポケットに両手を突っ込む。
 きまじめに曲げた口が、どこか生意気そうにも見える。
 鏡の中、月の隣りで、空が屈む。
 髪に軽く手をやる。黒と茶のブルゾンに、黒灰色のズボン。どこか不器用そうで、精悍な印象。
 茶色い柔らかな髪に、茶の瞳──大きな空。
 黒い硬い髪に瞳い──小さな月。
 こうして並ぶと、2人はあまり似ていない。ただ、2人とも大きな瞳のベビーフェイス。
 これだけは共通点と言えるはずだ。
 月はまだはっきりとは知らない。空が本当の兄ではないことを。
 空ははっきりと知っている。月が本当の弟ではないことを。
 それでも、鏡の中の兄弟は笑い合う。
 空が右肩にライトブルーのリュックを下げ、月が黒いランドセルを背負う。
 玄関のドアを月が開け、2人揃って外に出ると──そこに、学生服を着た少女が立っていた。
 近くの公立高校の制服だ。ワイシャツに黒いブレザー、赤のリボン。チェックのプリーツスカートは緑系。
 黄緑色のキルトのナップザップを背負っている。
 神妙な表情。朝の光に照らされて、いつになく綺麗に──大人びて見える。若々しいその服装と相まって、一瞬見違えるほどだ。
 ──優だった。
 彼女は長い髪を揺らして、深く頭を下げた。
「空くん、お願いがあるんだ。あたしに、空くんのこと、撮らせてほしいの。バンダナしてない、ありのままの空くん──」
「──は⁈  なんだそれ。どっかに投稿して、オレのこと見せ物にする気?」
 空は優を睨んだ。珍しく、月も睨む。
 優は静かに顔を上げる。
「違うの。どこにも出さない。ただ、あたしはありのままの空くんが撮りたいの。あたしね、考えたんだ。
 月ちゃんは言った。『ぼくは誰?』って。──月ちゃんは、月ちゃんだよ。
 ……空くんは言葉にはしなかった。『オレは誰?』って。でも、あたし思ったの。空くん言いたかったんじゃないかな。自分が誰だか訊きたくて──知りたかったんじゃないかな……?
 だから、あたしが言うね。
 ──空くんは、空くんだよ」
「──なに言ってんだ、オマエ……」
「月ちゃんは月ちゃん。空くんは空くん。代わりなんていないの。
 月ちゃんは空くんが好きで、空くんは月ちゃんが好き。
 ──それで、それでね……あたしは、空くんが死ねばいいなんて思ってない。
 生きてほしいの。空くんが産まれてこれてよかったって思ってるの」
 真剣に空を見つめる優。空の頬がわずか緩んだ──瞬間。
 優の平手が空の頬を打った。高い音。遅れて、空の瞳が大きくなる。
 頬を押さえる空。
「な……? なにすんだ、オマエ⁉︎
  オレのこと殴んないとか言ってなかったか……⁈」
 偉そーに優は言う。
「一発くらい殴られるべきなのよ、空くんは。目え、覚めたでしょ?
 あのね、でもね、空くん、あたしは許してないよ。月ちゃんが許したとしても、あたしは許さない。
 もう、金輪際、月ちゃんにひどいことしないこと!  
  いいわね⁈」
「……」
「返事は⁈」
「……ハイ」
「よろしいっ! 言っとくけどね、あたしこれから、月ちゃんのボディーガードになるかんねっ!
  ちょくちょく顔出すからね⁈  オーケー?」
「──ナニ⁈」
「行こっ、月ちゃん、途中まで一緒に行こう」
「オイ、待てよ──!」
 月の手をひったくって走り出す優。それを追う空。
「何がボディーガードだ! カメラおたくのひ弱女が!」
「あーら、あたしのほうがメンタル面では強いわよ!」
 意気揚々とした優。焦っている空。笑う月。
 空&月十優。空と月の間に、優が加わることにより、この兄弟の中で、徐々にではあるが何かが変わり始めるかもしれない。
 無論、そんなに甘いことではないのかもしれないが、
「世の中案外なんとかなるのよっ!」
 とは優の弁である。
 少なくとも2人だけではない。3人なのだ。2と3が全く同じということは決してない。
「とにかくあたしは、月ちゃんのボディーガードと、空くんの瞳を撮るためになら、何度だって何日だって現れますからねっ!」
「……だからなんで、そんなにオレの目が撮りたいんだよ」
「あたしは『ありのまま、ナチュラル、自然!』をなにより愛する人間なの! そうたとえば、空とか月とか──ねっ」
「なんだソリャ」
 ──もう空くんたら気づいてない。
 優は目を細める。
 ──空くんの目ってすっごく綺麗なんだから。
 最初はすごくびっくりしたけど……でも、本当に素敵なんだから。
 いつか空くんにもわからせてあげるんだからっ。
「あたしはただ単に、空くんの写真が撮りたいだけなの!」
「──ヘーンなヤツっ」
 バイト先へ向かう空と、それぞれの学校へ向かう優たちの、別れ道。
 月を見つめて名残惜しげにしている空を、蹴飛ばすまねをして追いやった優は、その姿が見えなくなると、月へ顔を近づけて小声で言う。
「──ね、月ちゃん。あの話、もう少し考えさせて?」
「え? なんのこと?」
 優の顔はなぜだか赤い。
「だから──『ケッ』……」
「『ケ』?」
「──なんでもないっ!」
 真っ赤なまま、優は、月から逃れるかのように速歩きをする。
「? ヘンな優ちゃん……」
 それを追う月。

 後日談《おまけ》。
 優が送った空と月の写真が雑誌に掲載された。優はもう大喜びで、空と月、それに家族や知人友人、あらゆる人に自慢しまくった。
 月も無邪気に喜んでくれたが、空だけが、素直に喜んでくれない。
 ──何が気に入らないんだろう?
 空と月が子供のように遊ぶ(月は本当に子供だが……空もか?)、そりゃもう天使もかなわないほど、かわいい写真なのに。
 それが気に入らないんだとは、気づかない優である。
 優に「かわいい」などと言われて喜ぶ空じゃないのだ。
「かわいーのに」
 優がそう言うたびに、空は嫌そうな顔をした。
 本当はちょっと照れくさいだけで、自分結構ソレを気に入っている──なんてのは、優には内緒だ。

 もひとつおまけ。
 空はまだ、優に例の写真を撮らせてくれない。
「ねー、ねー、なんでよう?」
「うっせえな」
「あー、もしかして照れてんの?」
「誰がっ! だいたい、こないだ載った写真だって、オレは送ってもいーなんて言った覚えはねーぞ⁈」
「ちゃんと月ちゃんの許可は取ったもん!」
「月がいーって言えばそれでいーのかよ⁈」
「いーじゃない! 別に載って困るもんじゃないんだから」
「……てめー、前から思ってたけど、実はかなり大ざっぱな性格だろー⁈」
「そんなことないもん。それより、早く例の写真撮らせてよね!
 すつごぉーく、綺麗に撮ってみせるからっ!
 あー、楽しみだなぁ」
「ぜってぇ、ヤだ!」
 はしゃぐ優に、怒鳴る空。それを見て、今日もまた笑う月。
「いーもん、こーなったら、隠し撮りしちゃうもん!」
「隠し撮り……って、どうするつもりだよ?
 いつもオレはバンダナ巻いてるんだぜー?」
「……う”。……お、お風呂とか……」
「風呂ー? まさかてめぇ、覗くつもり⁈」
「仕方ないでしょっ! 空くんが撮らせてくんないんだもん‼︎」
「う、うわー、こえぇこの女……」
「うっさいなぁ! 覚悟してなさいよ、空くん!」
「わ、やめろやめろ! わかった、撮らせてやるから!」
「──ホント?」
 優は強い。本当になんでも自分の思い通りにしていく。
「た、ただし──1枚だけな」
「わーいっ! やった‼︎」
「う”ー、言うんじゃなかった……」
 優がいると、口ではなんだかんだ言ーつつも、空は笑うのだ。
 何度も何度も。ずっとずっと。
 それが嬉しくて月も笑う。負けずにまた優も笑う。その繰り返し──。 
 なかなか見事なアンサンブルなのだった。
 そして、最近、優は見つけた。たぶん、月以外で空の夢と言えそうなもの。
 それが何かは、空が気づくまで内緒──。


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