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読書記録 9/4/25〜

9/4/25
Audibleで短編集『断絶』(チョン・セラン編)より連明偉『シェリスおばさんのアフタヌーンティー』
カリブ海のセントルイス島で台湾から来た少年と地元の少年たちが卓球を通じて触れ合う。ダイレクトにきつい言葉で人種間の隔たりや違和感を投げ合う子どもたちの関係は、断絶したままの触れ合いで、複雑なことが複雑なまま、でもすごくよく分かる感じで書かれている気がする。おもしろかった。

9/5/25 Audibleで短編集『断絶』(チョン・セラン編)よりチョン・セラン『断絶』。不倫関係のスキャンダルを起こした後に案外あっさりと仕事に復帰した男と、その男の手口を知って嫌悪する主人公は、彼を擁護する友人夫婦と仲違いする。大人同士の関係だから必要以上に彼を責め立てることはむしろ女の自立を妨げる、という夫婦の妻の言葉が重い。こういう擁護する女のひと、いるんだろうなあ… きついなあ。
この短編集、全部の作品がそれぞれおもしろかった。

9/9/25
Audibleで乗代雄介『旅する練習』
サッカーの練習しながら徒歩で鹿島スタジアムへ向かう姪っ子と、文章の風景描写を練習しながら旅する伯父。アビという鳥をググってみたら、とても可愛い。馬頭観音を見てみたい。この旅路を同じようにたどりたい。しかし、今はクマが出そうで怖い。
柳田國男と田山花袋の関係については初めて知った。

9/10/25
石沢麻依『月の三相』
旧東ドイツのある街では一定の年齢になったら面を掘ってもらう慣習がある、という設定。眠り病という病気もこの街特有で、これにかかった人は、病が治った時に表情を取り戻すことができるようにと眠り顔の面が作られる。ひとつの面が年代の変化を刻んでいくと同時に面自体も生きていて動いたり逃亡したり割れたりする。幻想的で恐ろしい静謐な世界。しかし、今自分がいる環境ではこの世界に浸ったままで読み進むのが難しいと感じた。静かな樹木の多い場所へ行って読んでみたい。

9/11/25
山下澄人『わたしハ強ク・歌ウ』 
どれが誰とわからなくなったのでなんとなくわからないまま、でもぼんやりと分かる状態で最後まで一気に読む。ジャームッシュのデッドマンの話が出てきて、映画のラストシーンのスローモーションを思い出す。間抜けな殺し屋は的がどんな人か知らされず、車のナンバーもわからない。そして、そんなお話に、そんなことあるか!とどこからかツッコミ入るのがおかしい。

9/15/25
王谷晶『どうせカラダが目当てでしょ』
セックスは一に同意、二に同意、挿入してなくてもお互い同意ならそれはセックスだ、という一文は後世に語り継がれてほしい。

9/20/25
イリナ・グリゴレ『優しい地獄』
おもしろかった!ルーマニアから日本にやってきたのは遠くに行ってみたかったから、という文化人類学者のオートエスノグラフィ。幼い頃の思い出と映画学校試験の挫折、映画を1日に5本見たこと、娘との生活で気付かされること、暴力的だった父が作るワインは昔と違う優しいロゼになり、すべてをゆるしたこと、その人のことが見える能力をもつこと。
映像は生まれては死ぬことを繰り返す連続?という表現。

五歳の娘は寝る前にダンテ「神曲』の地獄の話を聞いてこう言った。「でも、今は優しい地獄もある、好きなものを買えるし好きなものも食べられる」。彼女が資本主義の皮肉を五歳という年齢で口にしたことにびっくりした。それは確かに「優しい地獄」と呼べるかもしれない。彼女の言葉が私の中で何日も響いた。この文章を書く時も、彼女は隣の席に座って、スーパーで買った蜜柑の皮を細かく剥いておいしそうに食べている。

イリナ・グリゴレ『優しい地獄』P158

六条御息所に加えて、彼女の生霊を見て死んでしまう夕顔もそうだが、愛を求める女性の行動と感覚が伝わってくる。登場している女性の全ては、著者の分身であると文学評論もされている。だがむしろ、光源氏の方こそが著者の分身である。自分の女性としての身体を知れば知るほど女性が嫌になる気持ちが私の共感するところなのだ。女性として生きる苦しさから解放されるため、書くしかないと彼女は早くから理解したに違いない。書くことによって男性と同じ扱いをされるからだ。そして自ら源氏になって、愛が不足している女性に向けて、愛と情熱を届けた。

イリナ・グリゴレ『優しい地獄』P241

9/21/25
前田隆弘『今の自分が最強ラッキー説』
「ゲームの達人」という章。幼い頃にクラスメートの人気者男子から受けた体験をおもしろおかしく書いていて、酷いと思いながらも笑ってしまう。こうやって書いたり話したりすることで浄化されるところがあるという。強烈な体験をこんなふうに文章にしてしまえるなんて。

9/25/25
Audibleで川北稔『砂糖の世界史』(岩波ジュニア新書)
世界商品とは大量生産されて大量に消費される商品のこと。砂糖は圧倒的に甘かったから急速に広まった。温暖湿潤な気候でないと育たず、大量生産のための規則正しい労働が必要で、一度植えた土地は荒れるため、新しい土地に植えなければならない。つまり、奴隷労働と植民地でのプランテーションが必要だった話。アフリカのギニア、イギリス、カリブ海の島々(バルバドスやジャマイカ)との三角貿易や、イギリスで紅茶に砂糖を入れるのが始まったのは、砂糖が高級品でステータスシンボルだったから、という話など、知らなかったことを学んだ。

9/28/25
Audibleで小川哲『嘔吐』
GOAT掲載の短編を音声でも聞いてみたくて。

10/11/25
松家仁之『天使も踏むを畏れるところ』
戦後、天皇の新宮殿を設計した建築家をモデルに膨大な史実や資料を駆使して書かれたフィクション。主人公である建築家の村井俊輔と、敵対関係にある宮内庁エリート官僚の牧野の対立が悪化していく。牧野によるシャンデリアの勝手な設置に村井ブチ切れるところが辛い。牧野が、都会の奴らはお上品ぶりやがって、っと本音を見せ、ガツガツした立身出世への野望をあらわにする場面が出てくる。田舎者が必ず心の奥に飼っている、文化資本を背景にした都会人への嫉妬と羨望。牧野の考えていることはわかるなあ。村井が恋人の衣子の助言で、本来自分がやりたかったプランを設計図に全て書き残しておくと決意するところで、ハッとさせられる。何に遠慮もなく自分の作品を残すこと、そうか、それ、やってもいいんだ!と。村井と同時に自分も気づいた。
昭和天皇が初めて新幹線に乗り運転席から窓外を見て詠んだ和歌に、うわー!この人の視点はこうなんだ、と感嘆してしまう。

二百キロを超えて、安全性はどう?」との御下問があった。運転士は前を向いたまま、「はい、車両にも線路にも、何重もの安全装置が備えつけて御座います」と答え、頭を下げた。「疲れない?」との御下問もあった。「運転の前後にはしっかり休息をとりまして、体調を整え、備えております」と答えた。お上は「そう。安全にはくれぐれも気をつけて」「ありがとうございます」
五月十五日。中国地方への行幸から皇居に御還幸になった。翌日、お上から御製をお預かりした。
運転台でのご経験が、見事に切り取られていた。

避け得ずに運転台にあたりたる雀のあとのまどにのこれり

松家仁之『天使も踏むを畏れるところ』下巻P431



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