本音で生きなくてもいい夜もある|Masquerade 第三話
今日も来てくれてありがとう。
ようこそ、アトリエへ。案内人のルミナです。
ここは、音楽と言葉が静かに並ぶ場所。今日もひとつ、物語を置いていきます。まずは曲を聴きながら読んでみてくださいね。
三つの夜にわたってお届けしてきた「Masquerade ― 仮面舞踏会」。
仮面に気づいた夜。
揺れて立ち止まった夜。
そして今夜は、その先にある物語です。
仮面は外すものなのでしょうか。それとも——
それでは最後の夜を。
舞踏会の続きをどうぞ。

Masquerade|第三話 また踊るなら
朝の通勤電車は、昨日とまるで同じ顔をしていた。
同じ駅、同じ時間。同じようにスマートフォンの画面を見つめている人たち。景色は何も変わっていない。けれど、それを見つめる真白だけが、昨日とは少しだけ変わっていた。
吊り革を握りながら、真白は静かに車両の中を見渡す。
誰もがそれぞれに、その人の一日を始めるための顔をしている。
みんな、目には見えない何かを身につけているのだ。怒らない人、明るい人、静かな人。一人ひとりが自分に与えられた役を着込んで、この街を歩いている。
そして、自分もまたその中の一人なのだと、真白ははっきりと自覚していた。
車窓のガラスに映る自分の顔を見つめる。少し眠そうで、どこかぼんやりとした、いつもの顔だ。
『仮面』
昨日まで自分を苦しめていたその言葉を、もう一度頭の中で転がしてみる。
仮面を外したあとに、いったい何が残るのだろう。空っぽの自分しかいないのではないかと、昨日の夜はひどく怯えていた。今まで見せてきた顔は、すべて嘘だったのだろうか、と。
真白は少しだけ考えて、心の中で静かに首を振った。
違う。決して嘘なんかじゃなかった。
角を立てない言葉も、相手を気遣う愛想笑いも、私がこの場所で一番自然に息をするために必要だった「形」に過ぎない。自分を守り、誰かを傷つけないために無意識に削り出した、優しくて不器用な防具だったのだ。
会社に着き、いつものデスクに座ってパソコンを立ち上げる。
隣の席の同僚――昨日、残業を冷たく断ってしまった相手が、少し気まずそうに視線を彷徨わせていた。
目が合う。一瞬の緊張。昨日までの私なら、自己嫌悪で押し潰され、どうしていいか分からず目を逸らしていたかもしれない。
でも、真白は小さく息を吸い込み、ふわりと口角を上げた。
「おはよう。昨日はごめんね、ちょっと余裕なくて」
口をついて出たその声は、かつての自分と何も変わらない、平坦で柔らかい響きだった。
同僚の顔がパッと明るくなる。
「ううん、私こそごめん!気にしないで!」
いつもの平穏な日常が戻る。これもきっと、嘘じゃない。波風を立てないための、関係を心地よく続けるための「正解」だ。
でも、決定的に違うことが一つだけある。今の私は、無意識に流されたわけではない。自分自身の意志で、この顔を選んで被ったのだ。
今日もこの仮面で、踊ろう。
昼休み。カフェの窓際の席に座り、真白はガラス越しの景色を眺めていた。
人が歩き、車が通り過ぎ、街全体が絶え間なく動いている。向かいの席では、今日も誰かが心にもない愛想笑いを浮かべながら、懸命に相槌を打っている。昨日までなら、それを「嘘」だと思って疑っていただろう。
でも今は違う。あの人もきっと、目の前の関係を壊さないために、必死でステップを踏んでいるのだ。それは自分を偽るための悪意ある嘘ではない。不器用で、いじらしい生存戦略なのだ。
真白は手元のスマートフォンを開き、SNSの画面をスクロールした。
いつもと同じような投稿が並んでいる。真白は少し考えた後、一枚の写真をカメラロールから選んで投稿画面を開いた。
先ほど撮ったばかりの、窓の外を行き交う街の風景。そこに短い言葉を添える。
『今日の舞踏会場』
投稿ボタンをタップする。もちろん、それだけで何かが変わるわけではない。でも、真白は小さく、心地よい息を吐き出した。
顔に張り付いた仮面を完全に外せたわけではないし、素顔との境界線はまだ曖昧なままだ。けれど、もうあの得体の知れない息苦しさは消えていた。
帰り道。街のネオンや街灯が、夜の闇の中に鮮やかに浮かび上がっている。
人が歩き、どこからか楽しげな笑い声が聞こえてくる。この巨大な舞踏会は、今日も終わりなく続いていた。
真白は夜風を感じながら、もう恐れてはいなかった。
仮面の下に「本当の自分」なんていう、大層なものがなくてもいい。
自分の出番が終われば、家に帰り、静かにそれを外して息をつく。ただそれだけのことだ。
仮面も含めて、それが「私」なのだから。
(完)
『Masquerade III|Reprise(また踊るなら)』
ここで踊るために
本当の私は
少し遠くに置いてきた
連れてきたら壊れてしまうから
今日は必要な顔だけ
迷わないように
時間をかけて
割れない形を選んだ
誰かのためじゃない
逃げるためでもない
ここに立つための仮面
舞踏会が終われば外すだけ
それ以上でも
それ以下でもなく
信じさせるためじゃない
騙すためでもない
踊るために被っている
正しさも
本音も
今は連れてこない
音が鳴ってるあいだは
この役をちゃんと生きる
仮面を作る
この手つきは
もう震えていない
選んだことを引き受ける
その覚悟だけが残ってる
舞踏会が終われば外すだけ
取り戻す必要もない
本当の私はここに戻る
仮面の重さを知ったまま
また踊るなら
また作ればいい
―案内人 ルミナ
―この街の舞踏会は、今日も続いています。
▽Masquerade ― 仮面舞踏会
第一話
第二話
最終話

▼制作メモ
制作ツール:Suno / ChatGPT / canva / Gemini
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