整体師とお坊さんとカカシ 第23話
「人間ではない・・・・・・って、宇宙人!」
僕はその言葉を口にしてしまった。昨日からずっとくすぶっていたモヤモヤが集まってイメージを作ったからだ。白い布だと思っていたのは宇宙人グレイ特有の、のっぺりした顔がそう見えたのかもしれない。
だが状況からすると地底人という線も捨てられない。地底人ってどんな姿をしてたっけ?とにかく宇宙人と言ってしまったからにはリアクションを待つしかない。
僕は相手が答えるために呼吸をする僅かな間にあらゆる思考を巡らせた。
「そうか申し訳ない。我々が食べないものだから、あなたの食事を考えていなかった。お腹が空かれたことでしょう。お米はあるので握り飯をすぐに作らせます。どうか召し上がってください」
オウレンは僕の予想とまったく違う言葉を返してきた。すでにクララは米を研いでいる。
「どうも、お気遣いいただいてすみません。クララさんもあまりご飯を作られることはないんですよね。お手数おかけします」
僕は昨日の昼から何も食べていなかったことに気づいた途端、空腹を感じてしまった。
彼らの正体を知ろうとする好奇心を食欲が押しのけた。
「ハハハハ、人間は不便なようでときにうらやましくもある。私たちは食べる必要がないからその手間を省けるけれど、食べる楽しみを知らないのです」
オウレンは僕の表情から察したように自分たちの事情を明かしはじめた。
彼は僕の前に座ってあぐらをかくと、左腕を突き出し、右手でトレーナーの袖を掴んでたくし上げる。
こすれる音がして現われたのは僕が知る肉体ではなかった。例えるならば神社の注連縄に近い。
「えっと、これは・・・・・・」
「藁ですな。稲わらが7割程度で麦わらや枯れ木枯れ草なども身となります。食べるのではなく縄をなうようにして一体化させると考えてもらえばよろしい」
オウレンは説明しながら藁の腕を曲げたり伸ばしたりして見せた。
我が目を疑ったが、実際に動いているのだから信じるしかない。いや、やはり信じられない。テレビ番組で神業のようなマジックを見せられて動揺するタレントを「大げさだよ。やらせだろう」と馬鹿にしていたが、今はそれを詫びたい気持ちだ。
「どうぞ、よければ手で触れてください」
戸惑う僕の目の前に藁の前腕を差し出すオウレン。まるでマジシャンが相手を納得させるときのやり方みたいだが、この状況でよもやマジックはないだろう。
「藁ですね。でも動いている。弾力もあるし」
「あまり強く押さえないように。編み込みのバランスが崩れちゃうとまずいので」
僕は調子に乗って藁の手触りを確かめていたが、その言葉にドキッとして手を引っ込めた。
動いて話す「案山子」が出てくるアニメを観たことはあるが、これは現実だ。それに彼らは藁なのに「生きている」、まるで血が通っているようだ。
「心臓とか脳とかはあるんですか?いえ、それに代わる藁で作られたものはあるんですか?」
僕は思いきって踏み込んだ質問をしたが、空しく宙を漂ってどこかえ消えてしまった。
まただ。なぜか余計なことを口走ってしまう。
ここは彼らの村で、僕は迷い込んだエイリアンに過ぎない。なのに立場をわきまえず「藁の案山子」を物珍しそうに追及する態度。優しそうなオウレンもさすがにムッとしたのではないか。
僕こそよほど暗い顔をしていたのだろう。そのオウレンが気遣ってくれた。
「もうすぐ握り飯が出来ますから。お腹が膨らんで落ち着いたら、クロモジを訪ねるといいでしょう」
「クロモジ?」
「クロモジ先生です。あの方ならば、オウレンも知らないことを教えてくれるんじゃないかしら。村の外れに住んでらして、道が少し分かりにくいから子どもに案内させますよ」
台所にいたクララがやって来ると、皿に盛った握り飯を僕の前に置きながら話してくれた。
長男のクマヤナギくんが道案内役を買って出た。
山吹色をベースにブラウンのボーダーが際立つトレーナーを着ている。
頭には黒っぽいハット、顔は白い布を被っているが、今となってはその理由を聞く気になれない。
すると逆に彼が質問してきた。
「ねえ、コレミツさんは人間でしょう。お化けとどっちが強いの?」
子どもは無邪気でいい。なんて軽く受け流せるような話しではなさそうだ。僕は頭の中で「人間」「案山子」「お化け」を並べて比較検討したが、余計分からなくなった。
「君はお化けを見たことがあるの?それに怖いではなく強いものと思ってるんだ?」
とりあえず別角度から探ってみることにした。
「怖いも強いも同じでしょ。人間は怒ると怖いし強いってクロモジ先生が言ってた。だからお化けとどっちが強いのかなって。あ、オレは見たことないけどね」
「そっかぁ、僕もお化けを見たことはないなぁ。ていうか、お化けは怖いけど、強いかどうかはわからない。怖いと強いは違うと思うよ」
今から会いに行く「クロモジ先生」の手前、あまり僕の概念を押しつけない方がよかったのかもしれない。また話したそばから後悔した。
おしゃべりしながら10分ほど歩いただろうか。クマヤナギくんが指をさして叫ぶ。
「あそこだよ!クロモジ先生んち!」
村の木造平屋建てとはずいぶん雰囲気の違う、レンガ造りの洋館が霧の中に建っていた。
「じゃあ、オレはここで帰るから。門のところで叫んだら出てくると思うよ」
「え、帰っちゃうの。てっきり一緒に会ってくれるとばかり思ってたのに」
「コレミツさんは大きいから大丈夫だよ。それに、ななしがいるかもしれないし。じゃ帰るね」
「あ、ちょっと、クマヤナギくん。送ってくれてありがとう、気をつけて帰れよー」
なんか調子が狂っちゃうなぁ。
霧に包まれた大きなお屋敷の前に一人取り残されたようで心細い。お化けの話をしたからなおさらそう感じるのだろう。
「ななしがいるかもしれないし」って去り際にこぼしてたのも気になるなぁ・・・・・・ビビってばかりもいられない。とにかくクロモジ先生に会わなければ。
僕は門の前に立つと下っ腹に力を込めて声を張った。
「ごめんくださーい」
「・・・・・・あれ?」
「こーんにーちわー」
「・・・・・・おかしいな?」
「おねがいしまーす」
「・・・・・・ダメか」
静かに広がる霧に吸い込まれて僕の叫びは響きすらしなかった。
帰るわけにもいかず、頑丈な鉄製の門を手で押したところ意外にも動くではないか。
ギィーーー
勝手に開いたので恐る恐る入った。
「おじゃましまーす」
門をクリアしたものの、玄関まで100メートルはありそうな大邸宅だ。
両開きの分厚い木製の扉は固く閉ざされている。
僕は再び下っ腹に力を入れた。
「ごめん・・・・・・」
「どなたかな」
扉が開いて声を掛けられたので、慌てて叫びをのみこむ。
「はじめまして。僕はマエダコレミツと申します。ヒナタブ村でオウレンさんに紹介いただきやって参りました。あの、クロモジ先生はご在宅でしょうか」
「ふん、私がクロモジだが。オウレンめ、やっかいなのを押しつけやがったな」
いや、やっかいなのはどっちだよ。僕は人生19年、面と向かって「やっかいな」と言われたのは生まれて初めてだ。
あまりの毒舌に怒りが込みあげてくるのをグッと堪えた。是光よ、物は考えようだぞ。これだけ率直に意思表示するのだから、何を聞いても隠さずに答えてくれるはずだ。
そう思い直して切り出した。
「僕は人間です。事故に遭ってこちらにやって来ました。オウレンさんから藁についてお聞きしたのですが、もっと詳しく知りたいと思いました。どうか教えてもらえないでしょうか」
「入れ」
無愛想ながらも受け容れてくれたらしい。
僕は通された部屋を見て目を見張った。街角にある公園ほどの広さに、派手ではないが芸術的な模様を描いた絨毯が敷かれ、アンティークなテーブルが一つ、それを囲むようにやはりアンティークなイスが四つあるだけ。壁やカーテン、窓などのデザインが芸術的なので余計な家具や調度品は置かない主義らしい。それによって空間自体が一つの作品に思われた。
などと悠長に感心していると、いきなりやられた。
僕が目線で勧められるままイスの一つにかけると、対峙するように座ったクロモジ先生が口を開く。
「お前たちはなぜ、そうやって答えを知ろうとするのだ」
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