整体師とお坊さんとカカシ 第24話
クロモジ先生は宙を見つめながら懐かしそうに話しはじめた。
「ずいぶん昔に勝道(ショウドウ)とかいう坊さんがヒナタブ村に迷い込んだ。あの時も村では手に負えないからとここに連れてこられたんじゃなかったかな。お前さんと似たようなものさ。勝道も我々が藁でできていることを目の当たりにしながらどうしても信じられないようだった。私が服を脱いで藁で見事に編み上げられた自慢の体を見せても『このものたちをお許しください』などと拝むばかり・・・・・・」
僕は民宿の女将さんから勝道上人のことを聞いていた。男体山を開いたほどの名僧がそのような体験をしていたとわ。どうやらとんでもない裏話を耳にしているらしい。
「ヤツは何かカラクリがあるはずだと疑うもんだから『気の済むまで確かめてみるがよい』と私の体を触らせてやった。それでも納得いかないのか何度も首をかしげやがる」
先生はだんだん興奮して語調が荒くなってきた。
「あれか、坊さんってのは仏しか信じないらしいな。まあ仏でも神でもどっちでもいいけど、あんまり了見が狭いからさすがに腹が立ってきたよ。藁でできてこうやって生きているこっちの身になって考える懐の広さはないのかい。『生きている』っていうのが気に入らないならば『暮らしている』でもいいさ・・・・・・」
勝道上人には申し訳ないが、僕は成り行きからクロモジ先生の話に引き込まれてゆく。
「もしかして、そのときも僕に言ったのと同じようなことを?」
我が意を得たりとばかりに目を輝かせた先生。
「だってアイツが『血が通ってないのに』なんて化け物扱いしやがるからよ。お前はなぜ、そうやって答えを知ろうとするのだって怒鳴りつけてやったのさ」
一気にまくし立てると疲れたらしく、脱力したように一息ついた。
僕は心の中で勝道上人に頭を下げた。もし僕が第一号だったら怒鳴りつけられたに違いない。先生は勝道上人で免疫ができていたからこそ、僕が訪ねても無愛想ながら受け容れてくれたのだろう。
「じゃあ、勝道上人は答えを知ることができなかったのですか?」
「お前さん何を聞いてた!何度も同じことを言わせるんじゃない!」
先生は僕の問いを遮るように怒鳴りつけてきた。
なんならこめかみに浮き出るはずがない青筋を立てているように感じるほど激高している。
これじゃあまったく進歩してないではないか、せっかく前例を作ってくれた勝道上人に申し訳ない。
「そうなりますと、僕が答えを教えていただけるわけがありませんよね・・・・・・」
もう破れかぶれだ。何とか食い下がろうと愚問を重ねてみる。
「ふはははは、人間はなぜ同じことを繰り返すのか。実におもしろい」
苦肉の策が功を奏したのか、先生が怒りを通り越して笑い出した。ある意味恐ろしい。
「コレミツくんだったよな。君で4人目だよ。ここに来て同じような問答ばかりしておるから、さすがに笑いが込みあげてきたわい」
「え?じゃあ勝道上人の他にもここに迷い込んだ人間がいるのですか」
「ああ、しかもそれほど昔ではない。私も記憶力が落ちてしまってな、たぶん100年ぐらい前だったような気がする。空岳(クウガク)と海円(カイエン)と名乗っておった。一人は山伏、一人は編み笠を被った僧侶のような格好をしていた」
「山伏と僧侶が二人一緒に迷い込んできたのですか」
いったい何が起きたのだろう。僕は雨宿りをしようと森に逃げ込んで穴のようなところに落ちたのだが。ただ、それ以外にもここに迷い込む道があるのかもしれない。
「んにゃ、アイツらは迷い込んではおらん。自分でやって来たのだ」
「えっ!そんなことがあるんですね!?」
こちとらヒナタブ村に迷い込んで驚いてばかりいるのに、わざわざ探してやって来るなんて僕の想像を超えている。
「修行の場を求めていたそうだ。二人はそれぞれ男体山で悟りを得ようと道なき道を分け入るうちに出会いながら、己のやり方こそ正しいはずだと競争心を燃やしていると目の前が開けた。そこがヒナタブ村だったのだから、迷い込んだのではなく辿り着いたというところだろう」
「確かに二人の熱意が偶然を引き寄せた感じですね。もっと言えば、二人の力とヒナタブ村の力が引き寄せ合ったような気がします」
「ワハハハハなぜそうなるのか。人間は本当にわからん。ヤツらも同じようなことを言っておった。『我が力と不思議な力と呼び合うのを感じた』などとな」
先生はなぜ笑うのだろう、修行僧たちが感じた力に僕が共感したのだからほぼ正解したようなものではないか。僕はそんなことを考えたので、つい不満げな顔をしてしまったのかもしれない。
先生は鋭く指摘する。
「そこだよ!お前たちはなぜ、そうやって答えを知ろうとするのだ」
またしても全否定するような口ぶりだ。
しかも話の流れから『お前たち』とは勝道上人をはじめ空岳と海円、そして僕の4人ということになる。
先生はなぜ、出会った人間の僧たちに何度も何度も同じ問いを投げかけてきたのか。僕は僧侶見習いではあるが、禅問答の類いと察した。
「つまり手っ取り早く正解を知ろうとせずに、自分で納得がゆくまで考えろということでしょうか」
先生はそれを聞いてニヤリとしたように見えた。
「ななしや」
「はい、ただいま」
呼ばれて返事する声がしたかと思うと、いつの間にやら目の前に女の子が立っているのでびっくりした。
ピンクの下地に白い水玉模様があしらわれたワンピースを着ている。
ファッションだけで決めつけるなと先生にツッコまれそうだが、声もカワイイので勝手にそう判断させてもらう。
僕をここまで送ってくれたクマヤナギくんが去り際に「ななしがいるかもしれないし帰るね」とつぶやいたのを思い出した。得体の知れない妖怪みたいなのを想像していたが、カワイイ女の子ではないか。むろん白い布を被ったような顔ではあるが。
「せっかくの客人だ、地下室を見てもらおう」
「え、いいのですか」
「彼はなかなかのみ込みが良いからね、いいだろう」
二人がやりとりして、僕はななしから案内してもらうことになった。
後ろをついて行きながら話しかけてみた。
「君はななしという名前なの」
「・・・・・・」
マズい、やはり触れてはいけない特殊な理由がありそうだ。
僕はしゃべり声が静寂に吸い込まれてしまったので焦っていると、彼女の肩が小刻みに震えだした。泣いているのかもしれない。
「ごめん、余計なこと聞いちゃったみたいだね」
「うふふふふ」
笑い声だよな?まさか悪魔的な? 僕は緊張と恐怖で言葉が出なかった。
「あはははは、違うの、違うのよ。そんなこと聞かれたの初めてだから、なんか嬉しくなっちゃって、ごめんなさい。笑いが込みあげてくるの。アハハハハ」
「あの、どういうことかな?」
振り向いた彼女は笑顔を見せていたが、僕の方が面食らった。正直なところまだ悪魔的な疑いが解消されたわけではない。
「私は身寄りがないの。注連縄の頃、クロモジ先生が気づいて引き取ってくれた。お屋敷に住まわせてもらい、ここまで育ててくれたのは感謝しているわ。小さな頃から『ななし』って呼ばれてきたからそれが名前だと思い込んでた。んんん、思い込むことにしたの。周りの皆からもそう呼ばれてきたし、初めて名前のことを聞かれてドキってしちゃった」
彼女の話を聞いていると本当はきちんとした名前を望んでいるようだ。
「ひょっとして『ななし』じゃなくてちゃんと名づけてほしいんじゃない?」
「え?それはそうだけど、きっとわたしなんか『ななし』でいいのよ」
両手の平をほっぺの辺りに当ててかぶりを振るが、まるで運命だからと諦めているかのように映った。
「そのワンピースは先生が選んだのかな?とってもカワイイよ」
「あらそうかしら。先生が人間の街に出かけたときにお米と交換してきてくれたの」
「やっぱりそうだ。先生も君のことが可愛いんだよ。だけど本当の親ではないから名前をつけるのをためらってるんじゃないかな」
「うーん、わかんないわ。先生とそんなこと話さないし・・・・・・」
「よし、僕が考えてあげるよ。こういうことは思い立ったときにやらないと、次のきっかけがいつになるかわかんないよ」
「じゃあ、お願い。なんかワクワクしてきたわ」
僕は名前のヒントになるものがないか周囲を見回した。
すると廊下の花瓶に黄色い花が挿してあるのが目に入った。
「オミナエシ。目立ちすぎないけど静かな美しさがある君にぴったりだよ」
そう言いながら花瓶からひとふさ抜いて手渡した。
「オミナエシ。ななしからオミナエシ。成長したみたいで嬉しい」
彼女は目を輝かせたかのように喜んでくれた。
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