整体師とお坊さんとカカシ 第22話
ウッ
自力で立ち上がることはできたけれどあちこち痛む。
登山で酷使して体が悲鳴を上げているのか、転倒したときの打ち身かもしれない。
そうだ、僕は雨を避けようとして森に向かって走っていたら突然真っ暗に・・・・・・深くて大きな穴に落ちたような感覚だった。とすれば衝撃で気を失っていたのだろう。
「じゃあ、ここはどこなんだ?」
首を回すだけでは足りず、体も捻りながら360度ぐるりと見渡した。
男体山とは思えない原っぱがあり、少し先には森も見えた。さらに遠方を眺めると山々がそびえている。
「あの高さから平野まで落ちたら地面に叩きつけられてひとたまりもないはずだ。でもどうやら生きているし骨折もしていない。打ち身は痛いけど目立った出血も見あたらない。いったい何が起きてるんだ?」
僕はパニックになって肝心なことを忘れてしまうところだった。
「子どもだ。さっき子どもたちがいたよな。どこに行っちゃったんだろう」
もういちどぐるりと見回していると、山の麓に集落らしきものがあるではないか。
「やった!人が住んでいるなら安心だ。体は痛いけど、とにかく行ってみよう」
外傷はないけれど元気でもない。疲れて重いうえマメで痛む足を引きずるようにして集落を目指した。
「あーっ 追いかけてきたーーっ」
子どもが叫ぶ声が風に乗って聞こえた。目を懲らすと集落の方へ走っていく後ろ姿が確認できた。助けを呼びに行ったというところか。
どうやら不審者と思われているらしい。まあ、見ず知らずの男が倒れていたのだから、あながち間違いではない。僕だって立場が逆ならばそう考えただろう。
それでも構わない。今はここがどこなのか知ることが先決だ。自分に言い聞かせると、躊躇すること無く前進を続けた。
やがて、あちら側から大人と思われる人影が子どもたちを連れて近づいてくる。
「大丈夫ですか?息子から人が倒れていたと聞いたので気になってたんですよ」
男は声を張ってそう呼びかけるではないか。意外にも優しい言葉だったので僕も緊張が解けた。
彼は紺色の作務衣を着て頭には白いニット帽を被っている。ただ、顔にも白い布を巻いており表情がわからない。後ろからついてきた子どもたちを見れば、やはり顔に白い布を被っていた。
僕は誰かに会えた安心感が強くて、白い布を訝かしむ余裕はなかった。
「突然おじゃましてすみません。君たちも驚かしてごめんね。実は瞬間的に記憶が飛んじゃったみたいなんです。ここはどこなんでしょう?」
不審者と思われないように言葉を選んで、ようやく問うことができた。
「ここはヒナタブ村です。登山者がときどき迷い込まれるんですよ。いやご無事でよかった」
「ご心配おかけします。僕は栃木県も男体山も始めてでよく知らないのですが、ヒナタブ村にはどれくらいの方が住んでらっしゃるんですか?」
「その件はあとでゆっくり。まずは家(うち)でお休みください。ほれフキオ、ご案内して」
「はーい、お兄ちゃん、こっちこっち」
フキオくんは張り切って先導してくれるものの、僕は足が痛くてヨチヨチ歩きみたいな遅さで後を追った。
ヒナタブ村は時代を感じさせる白壁木造の平屋が数軒並ぶ小さな集落だ。
中央辺りに建つ一軒に招かれてようやく一息つけた。
やはり昔ながらの造りで、引き戸の玄関を入ると広い土間があり、そこで靴を脱ぐ。
「お疲れでしょう。よろしかったらお使いくださいね」
柔らかな声がしてお湯を張った木桶とタオルが目の前に置かれた。
「これは、時代劇で見たことがあるような・・・・・・」
僕がつい口を滑らすと、木桶を持ってきた女性が口に手を当てて笑う。正確には白い布でよくわからないから口の辺りだが。
「ふふふふ。いやですよ時代物だなんて。年季は入っていてもきれいにしてますので安心してお洗いください」
「はあ、では遠慮なく」
僕は言われるがまま靴下を脱いで足を洗った。時代劇では女性が洗ってくれるようだったが、そこまでのサービスはないらしい。
居間に上がると黒光りする見事な板張りで12畳はありそうだ。
「私は主のオウレン、これは妻のクララ、そして三男のフキオです。長男と次男は遊びほうけているようで、まだ帰っておりません」
「こちらからご挨拶しなければならないのにすみません。僕はマエダコレミツと申します。男体山に登り下山していたところ雨が降り出し、森に逃げ込んだ途端に意識を失ってしまったようです。それで、先ほどご主人は登山者がときどき迷い込むと話されてましたが、似たような前例があるということでしょうか」
僕が核心に迫ろうとしたところ、オウレンとクララ夫妻が目くばせして微笑んだ。
ここは独特な空気が流れているように感じる。彼らにとっては日常のことで当たり前なのかもしれないが、僕の感覚では一昔前にタイムスリップしたような違和感がある。
「しまった、挨拶もそこそこに話しを急ぎすぎて礼儀知らずと思われたのではないか」
脇に汗をかいているのは暑さのせいだけではない。僕は何とか話題を変えて気まずい状況から逃れたかった。
「おじゃましていながら言いにくいのですが、少し横にならせてもらってよろしいでしょうか」
「これは気が付きませんでした。さぞやお疲れでしょう。あちらに布団を整えますので、どうかごゆっくりお休みください」
オウレンが言ったときには早くもクララが隣の部屋に行き準備してくれていた。
心身共に疲れていたこともあり、ぐっすり眠ってしまったらしい。
窓から差し込む日差しと子どもたちが騒ぐ声で目が覚めた。
「おはようございます」
「ゆっくりお休みになれましたか」
寝床から起きて居間に顔を出すとクララが笑顔で返してくれた。
オウレンは仕事に出かけているのだろう。
「外が賑やかですね。子どもは元気が何よりですよ」
「ええ、近所の子どもたちと相撲をとってるんです。家は男ばかり三人でしょ、外で遊ばせないと手に負えなくて」
「なるほど、相撲は体力を使うから運動にもなるし、ストレス発散できていいかもしれない」
僕は靴を履いて外の様子を見ることにした。
「はっけよーい のこった!」
「いいぞ、クマヤナギ」
「おせ!キササギ」
すごい熱気だ。たぶん長男と次男が兄弟対決しているのだろう。
なんと仕事に行ったとばかり思っていた父親のオウレンが行事をやってるし。皆よほど相撲好きらしい。
土俵の周りに座って声援を送っている子どもたち。
一人は三男のフキオだが、もう一人見知らぬ子がいた。黒っぽい上下を着ているが、他の子より声が高いので女の子かもしれない。
とにかく白い布を被っているから判別が難しいのだ。
僕はひとしきり相撲を観戦して母屋に戻った。
「いやあ、あれだけ全力で相撲をとればお腹もすくでしょう。お母さんも献立をちゃんこ鍋にしたりして。あははは」
「いえいえ、私たちはご飯を食べませんから」
「なるほど、お米ではなく高タンパク質で低脂肪の鶏の胸肉とか魚の白身とかをお使いになる。そこまでこだわってるんですね」
「ふふふ、なんですかそれ。コレミツさんって面白いんですね。お米も鶏肉も食べませんよ」
「じゃあ、あの子たちは何を食べてるんですか。水だけであんなに力が出るとは思えないんですが」
僕はクララから馬鹿にされているような気がして腹が立ってきた。
すると相撲が一段落したのか、オウレンがちょうど玄関から入ってやりとりを聞いていたらしい。
「まあまあ、コレミツさん、クララをあまり困らせないでくださいよ。我々もいつお話しするかタイミングを見計らっていたところなんです」
「と、言いますと?」
「私たちは人間ではありません。だから食べなくてもいいんです」
オウレンの告白を聞いて、僕の中で何かが弾けた。
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