メガネ屋史郎は見えすぎる 第4話:赤くなった女
【あらすじ】
『メガネ屋史郎は見えすぎる』
観察眼が鋭いベテラン店長・史郎。
客の「様々な事情」まで見抜いてしまう彼は、
今日も静かに働きたい。
だが、その静寂をぶち壊すのが、
新人正社員の咲ちゃん。
彼女が笑顔で拾ってくる「厄介なお客様」に、
史郎はいつも振り回されっぱなし。
「見えすぎる」店長と
「見えなさすぎる」従業員。
噛み合わない凸凹コンビによる、
笑いと涙の眼鏡推理コメディ。
【登場人物】
史郎(店長):
観察眼が鋭いあまり、
客のことが「見えすぎる」ベテラン。
咲ちゃん(従業員):
元気と笑顔は100点だが、技術は10点。
爆弾(困った客)を拾ってくる天才。
【読者の皆様へ】
本作品は「note創作大賞2026(4/8〜7/8)」への応募作です。
※毎週土曜日に更新中。7月8日までに2万字完結予定です。
第4話:赤くなった女
ここは、
お世辞にも繁盛店とは呼べないメガネ屋だ。
おかげで、レンズ1枚の仕上がりに、
納得がいくまで向き合う時間はたっぷりある。
今日は、新人正社員の咲ちゃんに
メガネの加工を教える日なのだが、
彼女は一向に加工場へ近寄ってこない。
前回、3件連続で加工ミスを仕出かしてから、
明らかにここを避けているのだ。
上層部からの指示で、納期は常に最短。
新人であってもミスは許されない。
私も流石に、
これ以上の自腹は御免だ。
……この店は、たぶんブラック企業だ。
「咲ちゃーん。こっちだよー。こっちにおいでー」
手招きをしても、
彼女は気づかないふりでホールに居座っている。
「咲ちゃん!」
「はいっ!」
返事をした瞬間だった。
カランカラン。
乾いた扉のベルが鳴った。
「いらっしゃいませー!」
チャンスとばかりに、
咲ちゃんがとんでもなく元気な声を出す。
相変わらず気持ちのいい挨拶だが、
後で絶対に加工をさせる。
今に見ていろよ。
「おっ客様ぁ! メガネお探しですかぁ!?」
(こいつ、浮かれてやがる……)
ジッと見つめる私の視線をよそに、
咲ちゃんはお客様へと駆け寄った。
入店したのは30代ほどの女性だ。
パッツン前髪のショートボブに、
品のあるスーツ。
指輪やネックレスの合わせ方から察するに、
ジュエリー関係の販売員だろうか。
スマートな装いに反して、
佇まいは穏やかだ。
いたって正常。
ただ一点を除いて。
鼻だ。
鼻の根元に、
まるで鼻孔拡張テープのような
大きさの絆創膏を貼っている。
「あー、咲ちゃん。
いつものテンションはダメだ――」
心の叫びは届かない。
「お客様ぁ!
どうしちゃったんですか、そのお鼻っ!?」
(イカレてる……
咲ちゃんは、きっと正気じゃないんだ……)
困り顔で、恥ずかしそうに俯く女性。
女性の話を聞けば聞くほど、
咲ちゃんの声がだんだんと小さくなっていく。
「あー、そろそろ来るな……」
自分の鼻の根元を
指で押さえた咲ちゃんと目が合った。
次の瞬間、
彼女はこちらへ猛ダッシュで駆け寄ってきた。
「店長ーーー!!! 助げてくだざいー!」
「ちょっと待って!
メガネはまだ預からなくていいからね!」
危ないところだった。
また無造作に
メガネを握りしめて持ってくる寸前だった。
落ち着くんだ、頼むから。落ち着いてくれ。
「それがですね! あちらのお客様、メガネをかけていると鼻がすごく痛くなるんですって! かけ心地を見たんですけど、どこも緩くなさそうだし、むしろピッタリなんです。なんでですか! 咲には無理ですー。ショックですー!」
パニック状態でまくしたてる彼女を制し、
私はカウンターへ向かった。
「分かった。私が代わるから、
その代わり後で加工の練習をしようね」
「いえ、それとこれとは話が別です」
(こいつシバいたろうかな…)
私は言葉を飲み込み、お客様の前に立った。
「お客様、申し訳ございません。
担当を代わらせていただきます。
もしよろしければ、
お持ちのメガネを拝見できますか?
それと、絆創膏を剥がしていただくことは
可能でしょうか」
彼女がゆっくりと絆創膏を剥がすと、
鼻骨付近は赤く腫れ、
ファンデーションがパッドに
引きずられた跡がくっきりと残っていた。
受け取ったメガネを見て、
私は一瞬でピンときた。
「やっぱり……。これは、鼻パッドの劣化と
『緑青(ろくしょう)』が原因ですね」
「緑青?」
「はい。銅や真鍮が酸化して発生する、
青緑色のサビのことです」
パッドの芯金が経年劣化し、
そこに水分や皮脂が付着して
サビが発生したのだろう。
「じゃあ……
これはもう、どうにもならないんですね」
彼女が悲しそうな声を出す。
「大切にされているメガネなんですね。
他の箇所は驚くほど綺麗だ。これほど痛みを
我慢してまで着用されていたのは、
何か理由があるのですか?」
「はい……。実は、去年亡くなった祖母が
プレゼントしてくれたメガネなんです」
「そうですか。……では、すぐに綺麗にしますね」
「えっ、できるんですか? 洗うとか……」
「いいえ、交換するんです。
500円でいかがでしょうか」
彼女は目を見開いた。
私は速やかにパッドを固定している
ボックスの精密ネジを外し、
汚れたパッドを新しいものへと取り替えた。
「一度、掛けてみてください。
角度を微調整します」
彼女がワクワクした表情でメガネを顔に乗せる。
「……うわぁ! 痛くない!」
「良かったです。元々のパッドは小さめで、
お客様の鼻骨を『点』で圧迫していました。
さらに劣化によるズレが
痛みを増幅させていたんです。
今回は鼻の形に合う、
少し大きめのものを付けておきました。
仕事に間に合いそうですか?」
「はい! 本当にありがとうございます。
このメガネを、
まだ掛けていられるのが一番嬉しい。」
彼女は目を潤ませ、
深くお辞儀をして店を後にした。
彼女が退店するや否や、
咲ちゃんが詰め寄ってきた。
「店長ー! 女性を泣かせたんですかー!?
酷いですー!女の敵ですー!」
事情を説明すると、
彼女はコロッと表情を変えた。
「えー! 鼻パッドでしたか!
じゃあ、咲の見立てはあながち
間違っていなかったんですね!
咲、腕上げましたね! やったー!」
「……さあ、咲ちゃん。加工、しようか…」
「いやですーーーーーー!」
カランカラン!
「いらっ……」
「いらっしゃいませー!」
咲ちゃんの挨拶に被せるように、
私は大きな声を張り上げた。
「咲がいきますー(涙)!」
「咲ちゃん、君は加工です。」
「……さあ。お待ちかねの加工の時間だよ。
マジで頼むよ」
__to be continued
【あとがき】
今回のエピソード、いかがでしたでしょうか。
眼鏡は、ただ視力を補う道具ではなく、
その人の世界の見方を変えるものだと
思っています。
主人公の史郎を通して、
日常の何気ない景色が
少しだけ鮮やかになる瞬間を描きたくて、
この物語を書きました。
※この作品は、画像制作や構成の一部にAIを活用しています。
【史郎のメガネ豆知識】
人間の鼻の形は、1人ひとり全く違います。
だからこそ、その形に合わせた鼻パッドを
選ぶことが重要なんです。
鼻パッドが黄色く変色してきたら、
それが寿命の合図。
交換の相場は500円ほどですが、
お店によっては無料で対応してくれるところも
あります。
もし鼻の根元に赤みが出てしまったら、数日だけ絆創膏で保護するか、
可能であれば跡が引くまでメガネを
外しておくことをオススメします。
何より大切なのは、放っておかずに
購入したお店へ相談することです。
メガネを支える道具ですから、
我慢せずに頼ってほしいです。
▼ マガジン:小説「メガネ屋史郎は見えすぎる」
第1話から最新話まで、
こちらからまとめてお読みいただけます。
【小説「メガネ屋史郎は見えすぎる」今後の展開】
第1話:なんでもいいだけの男
第2話:見せてくれない女
第3話:破裂した男
第4話:気になっていた女(本記事)
第5話:言い張る男(2026.05.30更新予定)
最後まで、ご清覧いただき、
誠にありがとうございました。
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