メガネ屋史郎は見えすぎる 第5話:言い張る男
【あらすじ】
『メガネ屋史郎は見えすぎる』
観察眼が鋭いベテラン店長・史郎。
客の「様々な事情」まで見抜いてしまう彼は、
今日も静かに働きたい。
だが、その静寂をぶち壊すのが、
新人正社員の咲ちゃん。
彼女が笑顔で拾ってくる「厄介なお客様」に、
史郎はいつも振り回されっぱなし。
「見えすぎる」店長と
「見えなさすぎる」従業員。
噛み合わない凸凹コンビによる、
笑いと涙の眼鏡推理コメディ。
【登場人物】
史郎(店長):
観察眼が鋭いあまり、
客のことが「見えすぎる」ベテラン。
咲ちゃん(従業員):
元気と笑顔は100点だが、技術は10点。
爆弾(困った客)を拾ってくる天才。
【読者の皆様へ】
本作品は「note創作大賞2026(4/8〜7/8)」への
応募作です。
※毎週土曜日に更新中。
7月8日までに2万字完結予定です。
第5話:言い張る男
ここは、
相変わらず客足のまばらなメガネ屋だ。
そして今日、
新人正社員の咲ちゃんは
珍しく激しく落ち込んでいる。
理由は簡単。
彼女がまたやらかしたからだ。
それも、特注品の加工ミスを……。
今度はどんなミスかといえば、
それは本当に初歩的なものだった。
せっかく納品されたばかりの
お客様の特注レンズを、床に落としたのだ。
これは最早、
加工ミスと呼べるのだろうか。
加工前ミスだ。
落とした瞬間、
時間がスローになるのを感じた。
咲ちゃんは「ひぃーーー!」と叫んでいた。
人間って、
あんな漫画のような悲鳴を上げるのかと驚いた。
彼女は落ちて傷が入ったレンズを拾い上げ、
ずっと「ふーふー」と息を吹きかけていた。
私は開いた口が塞がらなかった。
この店は、
特注レンズのミスを自腹で払わせる
間違いなくブラック企業だ。
いや……お店で起きたことは、
すべて店長である私の責任だと思っている。
だから払うよ、払う。
半分は私も払うから……。
咲ちゃんの断末魔のような
「ひぃーーー!」という叫びが
脳裏にこびりついて離れず、
一周回って笑いが込み上げてきた。
今日の咲ちゃんは絶不調だろう。
とりあえず、
落ち込んでいる彼女をサポートしなければと
声をかけようとした、その時だった。
カランカラン。
乾いた扉のベルが鳴った。
「いらっしゃいませー……」
どこか空元気な咲ちゃんの挨拶とともに、
大柄の男性が入ってきた。
年齢は40代くらい。
オールバックに金のネックレス。
Tシャツ、短パンに、
クロコダイル柄のセカンドバッグ。
そして、
その強面の風貌からみる印象とはかけ離れた、
小さな丸メガネ。
(咲ちゃん! 逃げろ!!!)
私の心の声も虚しく、咲ちゃんは動じない。
「お客様。メガネをお探しですか?」
(咲ちゃーーーん! やめるんだーーー!)
「ねーちゃん、これさ……」
男性はずっしりとした低い声で何かを話し始めた。
(そろそろ来るか……咲ちゃん……)
…
…
…
(何!? 来ない……だと!?)
見れば、咲ちゃんは
お客様のメガネの掛け具合をチェックしている。
その後、男性に何やら説明をしているようだ。
男性は、不機嫌そうに首を横に振っている。
それでも咲ちゃんは動じずに説明を続けた。
すると、男性が急に怒鳴り散らした。
「だからさー! ねーちゃん、そうじゃねーんだよ! おい! あんた店長か!? ちょっとこっち来い!」
咲ちゃんを通り越して、
怒鳴りながらカウンターへ近寄ってくる。
(咲ちゃん、大丈夫。あとは私に任せなさい)
「そこのねーちゃん、全然わかってねーから、
あんたがなんとかしろよ!」
声を荒げる男性の顔を見た瞬間、
私はすべてを察した。
ものすごくメガネがズレている。
しかも、フレームがこめかみを圧迫しすぎて、
ツルの跡が溝のようにくっきりと肌に残っていた。
「どのメガネ屋に行っても、全然直せねーんだわ。メガネがズレてきてイライラするんだよ! もっと固定しろって言ってんのに、下手くそなやつばっかなんだわ!」
ズレる理由は分かっている。圧迫しすぎだ。
この男性は、
ズレないように固定したいという
気持ちが先行するあまり、
顔にめり込むほど幅を狭く圧迫させている。
気持ちは分からなくもないが、
適正な幅にしないと、
圧迫されたメガネは反発で前面に押し出され、
何度だってズレ落ちてくる。
眼鏡のフィッティングにおける、典型的な誤解だ。
咲ちゃんもきっとそれを説明したのだろうが、
聞く耳を持ってもらえなかったのだろう。
「もしよろしければ、
私に任せていただけませんか?」
私は一呼吸置いて提案した。
「正直にお話しします。
メガネがズレてくる原因は、
メガネを固定しすぎて、
逆に強く圧迫されているからです」
「お前もかよ……」
男性はイライラしながらボソッと吐き捨てた。
「おそらく、今までのメガネ店でも
同じように言われてきたのだと思います。
お気持ちはお察しします。
ちなみに、その説明を受けて
一度緩められたことはありますか?」
「ねーよ。俺は、キツめが好きなの! ズレないようにキツくするだけなのに、なんであんたらプロは揃いも揃ってできねーの?」
やはり、聞く耳を持たない。
「では、こうしませんか? 試しに一度、
お顔の幅に合わせさせてください。
それでもズレてくるようであれば、
ご希望通り、いくらでもキツく締め直します」
「キツくしろって言ってんのに、分かんねーやつだな、使えねー。いいよ、やってみろ。ただし、メガネが傷んだら覚悟しろよ」
「ご同意いただけて良かったです。
では、さっそく対応しますね」
フレームはアセテートと呼ばれる、
ごく一般的なプラスチック素材だ。
よくもまあ、ここまでこめかみにめり込むほど
幅を寄せたものだ。
他のメガネ店でも、
渋々言われるがままに調整させられたのだろう。
メガネ調整用のヒーターでフレームを
丁寧に温め、少しずつ本来の幅へと戻していく。
形を整えたあと、水で冷やして固定する。
(よし、こんなものかな……)
「では、掛けていただけますか?」
男性は、納得のいかない顔で
メガネをさらっと掛け、すぐに外した。
「緩い!」
カンッ……。
メガネをカウンターに投げ捨てる。
「戻せよ!」
「恐れ入りますが、本当にズレるかどうか、
一度ご確認ください」
「は? だから緩いって言ってんだろ! 見てろよ!」
勢いよくメガネを掛け、
男性は顔を激しく上下に振った。
「!?」
全くズレない。
男性は驚いた顔になり、
今度は首を激しく左右に振り始めた。
「!?」
全くズレない。
その後も、何度も上下左右に頭を振る。
「!?!?」
やはり、全くズレないのだ。
カンッ……。
男性は、悔しそうな顔で
カウンターにメガネを投げ置いた。
「直せ!」
(あー……やっぱり、理屈が通じない人か。
参ったな……)
「俺はキツくしろって言ったよな。これじゃ緩い。キツくてズレないように直せ。約束しただろうが!」
「大変申し訳ございませんが、
それはできかねます。
私は『ズレないようにする』とは言いましたが、
『キツくする』とはお約束していません」
「んだとぉー! 客をバカにするなよ!」
「大変申し訳ございませんが、
お約束は果たしました。
どうぞ、お帰りください」
「なにぃーーー! 客の言うことが聞けないってのか、ふざけんなよ! お前が緩くしちまったから、メガネが前よりズレるようになっただろうが!」
男性はカウンターのメガネを乱暴に拾い上げ、
また首を激しく振る。
……まったく、1ミリもズレない。
「ほらな!」
(ほらな! じゃねーよ!)
ツッコミが思わず喉元まで込み上げたが、
何とか飲み込んだ。
さて、これでは話が平行線だ。
どうしたものか……。
すると、咲ちゃんがこちらに駆け寄ってきた。
(咲ちゃん。怯えなくても大丈……)
「あなたの行為は業務妨害に当たります。これ以上店内に留まり、大声で威圧的な言動を繰り返されるのであれば、直ちに警察に通報し、退去していただきますがよろしいですか?」
(え、咲ちゃん……?)
「あぁ!? てめぇ、ふざけんなよ! 分かったようなこと言ってんじゃねーぞ!」
「怒鳴り散らす、カウンターに物を投げつける、店長を大声で呼び出すといった行為は、店側の正常な営業活動を著しく困難にさせています。また、執拗な再調整要求によって業務が停滞している状況もこれに該当します。これは刑法234条『威力業務妨害罪』に該当します」
(咲ちゃん!???)
「あぁ!!! てめぇ、なめてんじゃねーぞ!」
「そちらは、刑法222条『脅迫罪』に該当します。それに先ほど、『メガネが傷んだら覚悟しろよ』という発言は、相手の生命、身体、または財産に対して害を加える旨を告知していました。そちらも脅迫に当たる可能性が非常に高いです」
(咲ちゃん!?????)
「あぁ!!! そんな証拠、どこにあるんだよ!?」
「今までのやり取りは、すべて店内の防犯カメラに音声とともに収めてあります。そのため、先ほどご説明した威力業務妨害罪と脅迫罪が完全に立証できます。さらに、今ここで明確に退去の通告もしていますので、このまま要求に応じず居座るようであれば、躊躇なく『威力業務妨害の疑いがある人物が店内で暴れている、脅迫を受けている』と110番通報させていただきます。これは刑法130条『不退去罪』に該当します」
(咲ちゃんーーーーー!??????)
「や、やってみろよ!」
「分かりました。
では、ただちに警察に電話いたしますね」
咲ちゃんが迷いなく受話器に手を伸ばした。
「わかった! わかったよ! こんな店、二度と来ねーよバーカ!」
男性は慌てふためきながら、
逃げるように退店していった。
「さ、咲ちゃん……!?」
お客様が完全に去ったのを見届けると、
咲ちゃんの足がみるみる震え出した。
「でんぢょう~~!!!
ごわがっだでずぅ~~!!!」
彼女は我に返ったように、
その場にしゃがみ込んで泣き始めた。
「咲ちゃん! 咲ちゃん!
すごいよ! 大手柄だよ!」
「え! 本当ですかぁ~!? 嬉しいですぅ~!」
泣いているのか笑っているのか分からない、
奇妙な表情になっている。
「咲ちゃん、なんであんなに法律に詳しいの!?
大学で法律の勉強をしてたの!?」
「大学では児童心理学を専攻してました」
(いや!全然関係ねぇーーー!)
「じゃ、じゃあなんで?」
「もしもの時のために、
入社前に全部覚えておきました……」
(どんだけリスクに怯えてたのこの子ーーー!?)
「そ、そうか……。
咲ちゃん、助けてくれて本当にありがとうね」
「店長……。
レンズ傷つけて本当にすいませんでした。
あんなミス、二度としないように
気を付けますから、許してください……」
(今、その話ーーー!?)
「う、うん。大丈夫だよ。
咲ちゃんのこれからの成長に期待しているよ」
「でんぢょうーーー!!!
ありがどうございまずーーー!!!」
咲ちゃんはまた大泣きし始めた。
「ところで咲ちゃん。
さっき防犯カメラの話をしていたけど……
実はあれ、ダミーなんだよね」
「はい、知ってますよ。
バレないかヒヤヒヤしましたけど、
効果てきめんでしたね!」
涙を拭いながらニシシと笑う彼女を見て、
私は深く溜め息を飲み込んだ。
(あー……この子、
とんでもない博打打ちの素質があるわ……)
だが、それと同時に。
ほんの少し、
彼女に「店長」の素質を見た気がした。
__to be continued
【あとがき】
今回のエピソード、いかがでしたでしょうか。
眼鏡は、ただ視力を補う道具ではなく、
その人の世界の見方を変えるものだと
思っています。
主人公の史郎を通して、
日常の何気ない景色が
少しだけ鮮やかになる瞬間を描きたくて、
この物語を書きました。
※この作品は、画像制作や構成の一部にAIを活用しています。
【史郎のメガネ豆知識】
「メガネがズレる=緩い」と思われがちですが、
何事もバランスが大切です。
実は、こめかみや顔の横に跡が残るほど
圧迫してしまうと、
その反発で逆にメガネが前面に押し出され、
ズレる原因になります。
特にこめかみ周辺は神経が多く通っているため、
長時間圧迫されることで
以下の不調に繋がるリスクが高まります。
・頭痛を引き起こす
・原因不明のイライラを感じる
メガネがズレて困っている方は、
まずは1度、
鏡でご自身のお顔をチェックしてみてください。
赤くなっていたり、
圧迫されている跡が残っていませんか?
お顔の幅に合わせて適度に緩めることで、
驚くほどズレなくなる可能性がありますよ!
▼ マガジン:小説「メガネ屋史郎は見えすぎる」
第1話から最新話まで、
こちらからまとめてお読みいただけます。
【小説「メガネ屋史郎は見えすぎる」今後の展開】
第1話:なんでもいいだけの男
第2話:見せてくれない女
第3話:破裂した男
第4話:気になっていた女
第5話:言い張る男(本記事)
第6話:似合わない女(2026.06.06更新予定)
最後まで、ご清覧いただき、
誠にありがとうございました。
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