メガネ屋史郎は見えすぎる 第6話:似合わない女
【あらすじ】
『メガネ屋史郎は見えすぎる』
観察眼が鋭いベテラン店長・史郎。
客の「様々な事情」まで見抜いてしまう彼は、
今日も静かに働きたい。
だが、その静寂をぶち壊すのが、
新人正社員の咲ちゃん。
彼女が笑顔で拾ってくる「厄介なお客様」に、
史郎はいつも振り回されっぱなし。
「見えすぎる」店長と
「見えなさすぎる」従業員。
噛み合わない凸凹コンビによる、
笑いと涙の眼鏡推理コメディ。
【登場人物】
史郎(店長):
観察眼が鋭いあまり、
客のことが「見えすぎる」ベテラン。
咲ちゃん(従業員):
元気と笑顔は100点だが、技術は10点。
爆弾(困った客)を拾ってくる天才。
【読者の皆様へ】
本作品は「note創作大賞2026(4/8〜7/8)」への
応募作です。
※毎週土曜日に更新中。
7月8日までに2万字完結予定です。
第6話:似合わない女
本日も、このメガネ屋は静かに営業している。
先日の迷惑な男性の撃退から、
咲ちゃんは調子を取り戻したのか絶好調である。
かなりゆっくりではあるが、
1つ1つの動作が丁寧になり、
加工のミスもなくなった。
確実に成長している彼女の
イキイキとした姿を見ていると、
こちらもいい方向に引っ張られている気がする。
「店長ー。この特注品の加工の仕方が分からないです。教えてくださいー」
「あー、これね。これはメーカーのレンズ構造を理解すると、きっと分かるよ。咲ちゃん自身で調べてみる? それとも、このまま教えちゃおうか。どっちがいい?」
「うーん……1回、調べる時間ください!店長はまだ答え言わないでください!」
「お、いいね。じゃあ私は店頭にいるから、ギブアップなときは呼んでね(笑)」
「店長ヒドいですー! 今の咲は、ギブアップなんてしません! 分かったら呼びますよ!」
私のからかいにムキになり、
のしのしと足音を立てながら
バックルームに消えていく咲ちゃん。頑張れ。
店頭に立ち、
メガネをフロントからツルにかけて、
「セリート」と呼ばれる専用のメガネ拭きで
拭き上げていく。
個人的に、
このメガネを拭いている時間が
1番落ち着く。
布を滑らせながらふと思う。
分からないことを「分からない」と
素直に聞ける咲ちゃんは、本当に凄い。
私が新人のとき、あんなに素直だっただろうか。
師匠に突っかかり、
生意気にも尖っていた頃の
自分自身を思い出して、少し恥ずかしくなる。
黒歴史だ。
たまには初心に帰らなければな…。
カランカラン。
乾いた扉のベルが鳴る。
「いらっしゃいませ!」
普段の咲ちゃんの声量につられて、
思わず変に大きな声が出てしまった。
入店してきたのは、1人の女性だった。
おでこでピシッと切り揃えられたパッツン前髪。
少し白みがかった
柔らかなミルクティーベージュの髪色。
そして、健康的な小麦色の肌。
ネイルはしていないようだ。
服装は、アイボリーのスタンドカラーシャツに、
深みのあるオリーブグリーンの
ロングスカートを合わせている。
全体としてはアースカラーを基調にした
清楚で品のある佇まいなのに、
その眼鏡の黒い輝きだけが、
どこか彼女の内に秘めた強い意志を
主張しているように見えた。
私はすかさず声をかけた。
「ご来店いただきありがとうございます。流行りの形も取り揃えていますので、いろいろ試着していってくださいね」
すると、彼女は自信満々にこう言ってみせた。
「あの……。私、メガネ全っっ然似合わないんです!」
(出た! これは『メガネ似合わない症候群』だ……)
「お客様。余程の自信がおありですね。私、燃えてきましたよ」
制服のシャツを腕まくりして、
本気を出すサラリーマンの如く
ネクタイを緩める動作をする。
ネクタイなどしていないのに……。
「そういう客には思い知らせてやれ!」
と昔、私の師匠は言っていた。
メガネ屋の名に懸けて、
そして…じっちゃんの名に懸けて。というやつだ。
「よろしくお願いします(笑)」
女性は、不敵にニヤリと笑うと、
深くお辞儀をした。
「ぜひ、手合わせ願います(笑)」
私も、メガネ屋の店長として深く一礼をする。
このお客様、ノリが良いのは間違いない……。
私は不意打ちの先手を取る。
「早速ですがお客様。その絶対に似合わないというのは何故か、理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
女性は、やや怯んだ様子を見せつつも、
すぐに腕を組んだ。
「なんでかは分からないんです。ただ、何を掛けても全然似合わないんですよ」
「お客様ほどの方が、理由もなく似合わないと?」
「どういう意味ですか?」
女性は、
やや眉間にしわを寄せて不思議そうに聞き返す。
「いや、私には不思議でなりません。お客様、少なくともファッションに精通されたお仕事か何かされていませんか? 例えば、お洋服の販売員や……美容師とか……」
「え! 美容師してます! なんで分かったんですか!?」
「お客様ほどの方が、と言ったのはですね……。髪型、ヘアカラー。肌のベースカラーに合わせたお洋服のコーディネートまで完璧にされているお客様ほどの方が、という意味です。何か、ご自身で似合わないと思い込んでしまった出来事や理由、心あたりはないですか?」
「心当たり……。気にしていることは……私、丸顔だからメガネが特に似合わないんです」
「なるほど。お顔型に合わないと悩んでいるんですね。お顔型に合わないメガネを選んでしまうの怖いですよね」
「そうなんです! だから、いつもこの四角い形ばっかり選んじゃうんですよね。本当はもっと冒険したいな、とは思うんですけど……」
「なるほど。いつも四角い形ばかり選んでしまう。本当は冒険してみたいんですね」
「はい。でも、周りがかけているような丸い形なんて、私には絶対に似合わないんですよ」
「丸いメガネですか。実際に購入されたこともないんですか?」
「実は、大昔に初めてメガネを買ったときに、そういう丸いメガネを買ったんです。でも、周囲から『全然似合ってない』ってすごい不評で……。そのときに、自分が掛けたいメガネと、自分に似合うメガネって違うんだなって思い知らされて、それ以来完全にトラウマなんです」
「トラウマですか……。せっかく選んだのに、それは悔しい思いをされましたね。そのあと、その初めてのメガネはどうされたんですか?」
「かけているのが嫌で、恥ずかしくて。親に無理を言って、別のメガネに買い替えました。めちゃくちゃ怒られましたけど……」
「なるほど。それはとても悲しい経験でしたね。それ以来、四角いフレームを選ぶようになったお気持ち、よく分かりました。……今、お客様に似合いそうなメガネを数本お持ちしてもよろしいでしょうか?」
「え!? あ……。はい、お願いします!」
私は店内を1周して、
3本ほどメガネを手に取り、
お客様の近くにある棚に並べた。
「お客様が似合わないと仰っているのは、こういった丸メガネですか?」
差し出したのは、
大きい真ん丸なラウンド型の、
シルバーのメタルフレームだ。
「そうです。こういうの、昔掛けてました」
女性は苦々しそうに、
けれどどこか懐かしそうに言った。
「実は、こういった大きめの丸メガネは近年、トレンドの筆頭にあるフレームなんです。試しに1度、掛けてみてください」
女性はフレームを手に取り、鏡の前で掛けた。
「ほら、やっぱり。全然しっくりこない」
腕を組み、納得がいかないように眉をひそめる。
「事実を話します。お客様、このフレームは私もあまりオススメしません」
「え!?」
呆気にとられ、困惑するお客様。
「私がオススメするのは、こちらです」
手渡したのは、真ん丸なラウンド型ではなく、
丸よりもやや楕円形をしたボストン型の
メタルフレーム。色はゴールドだ。
お客様がそれを試着して鏡を見た。
「あ……。このメガネ、かわいいかも……」
「結論から言います。ラウンド型は、顔型のセオリーだけで合わせるのはとても難しいフレームだと私は考えています。しかし、近年は伊達メガネとして非常に流行しているフレームの筆頭です。このラウンド型でトラウマを感じていらっしゃるのであれば、この形よりも顔馴染みが良く合わせやすいボストン型を私はオススメします」
すかさず、お客様は言う。
「でも、私は丸顔ですし……やっぱり似合わないです」
「お客様……。実は、顔型というセオリーにとらわれ過ぎると、メガネは逆に似合わなくなります。すべてはバランスです。お客様が今お召しになっているお洋服、髪型にヘアカラー、とてもよくお似合いですよね。それも、1つの完璧なバランスです。 今の髪型、そして肌の色、お洋服に対しても、お客様のお顔の大きさや目の位置に対しても、これは素晴らしいバランスで掛けこなせています。だから、似合うのです。もう1度、鏡を見てみてください」
「たしかに……このメガネ。なんだか似合っている気がする……」
「ちなみに、もう1本、試しにかけてみませんか?」
そう言って手渡したのは、
アセテート生地にしっかりとした
ボリュームがあるボストン型のフレーム。
色はマットブラックだ。
「んー。これ、可愛いけど……流石に私には勇気が出ないなー」
「フレーム自体にボリューム感が出たのと、つや消しの黒による見た目のインパクトは確かにあります。実を言うと、お客様の健康的な肌の色に黒を合わせるなら、ツヤありは避けた方が無難です。黒の主張が強すぎて、せっかくの肌の健康的なツヤと喧嘩してしまいますから。しかし、光を優しく吸収してくれる『マットブラック』なら話は別です。お客様の肌のトーンをキュッと綺麗に引き締めて、セオリーを越えたモダンな知性を引き出してくれます」
「え!? そうなんですか!? そう言われてみると……これも可愛く見えてきました……」
(よし! これで私の勝ちだ!)
「このマットブラックもいいですよね。しかし、プロとしては先ほどのゴールドのメタ……」
「店長ーー! さっきのレンズの加工、やっぱり全然わかんないですーー! たすげでくだざいーー!」
(おまえ、今いいところでしょうがーーー!)
心の中で咲ちゃんにぶち切れた。
咲ちゃんが、信じられないタイミングで
バックルームから割って入ってきたのだ。
「!? ……」
咲ちゃんが、
マットブラックのメガネをかけた女性を
じっと見つめ出した、次の瞬間。
「え!? お客様、そのメガネ超ー似合いますねー! 可愛いですー♪」
「え! 本当ですか? 似合いますか!?」
「超ー似合ってますよ! 髪型も服装もオシャレ―! すごい可愛いですー! え? え? 迷ってるんですか? お客様はどう思いますか? 可愛くないですか? 可愛いですよねー! やばーい! いいなー! 咲もこういうの憧れて掛けたいのに似合わないんですよねー。絶対に咲より似合いますよ! てか、お客様、服も髪も可愛いー! どこで買ったんですかその服ー!」
(……おい。嘘だろ。まさか……)
……1時間後……。
「咲さん、ありがとうございました! また、メガネ買いに来ますね! あと、店長さんも……ありがとうございました」
マットブラックのボストンフレームを
ニコニコしながら掛ける女性の姿が、
そこにはあった。
「やっぱり、超ー似合ってますよー! 誰が何と言おうと似合ってるって、咲が保証します! また来てくださいねー!」
(こいつー、勝手に保証までしやがった!)
深くお辞儀をして咲ちゃんに手を振り、
彼女は退店していった。
カランカラン……。
いつもより扉のベルが乾いて聞こえた……。
(なんだろう……。なんだか、やるせない……)
「あ! 忘れてた! 店長ー! やっぱり調べても咲じゃわかんなかったですー! レンズの加工教えてくださいーーー!」
「……」
「あれ!? 店長ー! 」
「………」
「店長ってばー! 無視しないでくださいよー!」
(今日、私の新たな黒歴史が、静かに刻まれた)
__to be continued
【あとがき】
今回のエピソード、いかがでしたでしょうか。
眼鏡は、ただ視力を補う道具ではなく、
その人の世界の見方を変えるものだと
思っています。
主人公の史郎を通して、
日常の何気ない景色が
少しだけ鮮やかになる瞬間を描きたくて、
この物語を書きました。
※この作品は、
画像制作や構成の一部にAIを活用しています。
【史郎のメガネ豆知識】
今日は、咲ちゃんのパワープレイのお陰で、
何とも言えない気持ちです……。
本日は、残業なしで帰宅させていただきます……。
ちなみに、
ボストンフレームは、
1930年代にアメリカン オプティカル社が
生み出した「フルビュー(FUL-VUE)」という
モデルがルーツです。
従来の丸型(ラウンド)の
蝶番(フレームを開閉する連結部分)を
上部に移動させたことで視界が広がり、
当時の自動車運転に最適とされ
爆発的に普及しました。
ちなみに、「ボストン」という名称は
日本独自の造語です。
アメリカでは「ピースリー(P-3)」、
ヨーロッパでは「パント(パントゥ)」などと
呼ばれています。
▼ マガジン:小説「メガネ屋史郎は見えすぎる」
第1話から最新話まで、
こちらからまとめてお読みいただけます。
【小説「メガネ屋史郎は見えすぎる」今後の展開】
第1話:なんでもいいだけの男
第2話:見せてくれない女
第3話:破裂した男
第4話:気になっていた女
第5話:言い張る男
第6話:似合わない女(本記事)
第7話:気になる男(2026.06.13更新予定)
最後まで、ご清覧いただき、
誠にありがとうございました。
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