メガネ屋史郎は見えすぎる 第3話:破裂した男
【あらすじ】
『メガネ屋史郎は見えすぎる』
観察眼が鋭いベテラン店長・史郎。
客の「様々な事情」まで見抜いてしまう彼は、
今日も静かに働きたい。
だが、その静寂をぶち壊すのが、
新人正社員の咲ちゃん。
彼女が笑顔で拾ってくる「厄介なお客様」に、
史郎はいつも振り回されっぱなし。
「見えすぎる」店長と
「見えなさすぎる」従業員。
噛み合わない凸凹コンビによる、
笑いと涙の眼鏡推理コメディ。
【登場人物】
史郎(店長):
観察眼が鋭いあまり、
客のことが「見えすぎる」ベテラン。
咲ちゃん(従業員):
元気と笑顔は100点だが、技術は10点。
爆弾(困った客)を拾ってくる天才。
【読者の皆様へ】
本作品は「note創作大賞2026(4/8〜7/8)」への応募作です。
※毎週土曜日に更新中。7月8日までに2万字完結予定です。
第3話:破裂した男
ここは、お世辞にも繁盛店とは呼べない
メガネ屋だ。
……のはずなのだが、
なぜか私の手元には納期ギリギリの加工品が
山積みになっている。
原因は、ホールで能天気に鼻歌を歌っている
あの新人正社員のせいだ。
今日も私は、特注のメガネを数本作成中だ。
上層部からの指示で、納期は最短。
今回は、いつも以上にミスが許されない。
加工機の「ギィーン!」という唸る音を
聞きながら、
私は誰に言うでもない溜め息を飲み込んでいた。
実は数日前、咲ちゃんに加工を任せたら、
3本も連続でミスをしてしまったのだ。
原因は「トレースミス」。
加工機にフレームの型を読み込ませる際、
別のフレームのデータを
読み込ませてしまうという、
初歩的だが致命的なミスだ。
一本ミスってパニックになった咲ちゃんは、
そのまま連鎖的にミスを重ねた……。
何より、この店では
ミスをした分のレンズ代は自腹。
泣き叫ぶ咲ちゃんが見ていられなくて、
私が半分肩代わりした。
「ありがとうございます!」
満面の笑みで礼を言われた時は、
さすがに彼女の正気を疑った。
最近、この店がブラック企業かどうかを
本気で考えないようにしている。
私は無心で1本1本、丁寧にレンズを削る。
鏡越しに、咲ちゃんのアクビが映った。
(気づいているからね、咲ちゃん。
誰のせいでこうなっているか、
分かっているのかな?)
そんなことを考えながら作業を続けていると……。
カラン……カラン……カラン……
乾いた扉のベルが、弱々しく鳴った。
入店したお客様を見た瞬間、
私は思わず顔を伏せた。
お客様から見て右側のフレームが破裂している。
(いや……爆発にでも巻き込まれたんか!?)
右のテンプル(つる)もない。
どうやって顔に乗せているんだ?
やばい。やばすぎる。
「いらっしゃいませー!」
咲ちゃんは、
そんな信じられないお客様の状態にも動じず、
とんでもなく元気な声を出す。
相手の温度差を無視した、
いつもの「咲ちゃん節」だ。
流石としか言いようがない。
「あら! お客様、大丈夫ですか~?」
(こいつ、正気か……?)
私の肩が思わず震えた。
勇気を出して、ちゃんと観察しよう。
中年男性。帽子を深く被り、グレーのジャージ。
右側が崩壊したメガネ。レンズも外れている。
ヨタヨタと足取りがおぼつかない。
そして足元はサンダル。外は雨なのに。
この狭い空間に、
正気とは思えない人間が二人も存在している。
これがオセロなら、
私はもうとっくにひっくり返っているところだ。
「あー、咲ちゃん。その人にそれ以上、
深く関わっちゃダメだ――」
心の制止を振り切り、
咲ちゃんはニコニコしながら急接近していった。
「お客様ぁ! どうしちゃったんですか、
そのメガネ!?」
俯く男性が、ボソボソと何かを話している。
あんなに元気だった咲ちゃんの声が、
少しずつ小さくなっていく。
「そろそろ来るな……」
案の定、
すでに泣きそうな顔の咲ちゃんと目が合った。
(無理です……)
そう訴える瞳に、
私はとりあえず親指を立てて
「グッジョブ」と返しておいた。
その瞬間、咲ちゃんが首を振りながら
全速力で駆け寄ってきた。
「史郎さーーーん!!! 助げてくださいー!」
困り果てた顔。
どうやら、この子はまだ正気だったようだ。
「どうしたの?」
と尋ねた瞬間。
「それがですね、今朝起きたらメガネが破裂してたらしいんです! 原因を聞いても『心当たりがない』って……。不思議ですよね、自然に破裂するもんですかね? あと、今日中に直してほしいって言われてるんですけど、無理です! できません! あと、すごくお酒臭いです……」
パニックに陥りながら
ベラベラと喋る彼女がとても可笑しく、
私は笑いを堪えるのに必死だった。
「ちなみに、どんな状態なの?」
咲ちゃんが、
ギュッと握りしめた1本を差し出した。
(また握ってやがる……次やったら本気で怒る……
だから、次はないと思え……)
私は奥歯を噛み締め、カウンターに出た。
「お客様、申し訳ございません。
担当を代わらせていただきます」
事情を聞くと、どうしても今日中に直して
持ち帰りたいという。
「結論から申し上げます。
残念ですが、こちらのフレームは
修復不可能です。
直すよりも新調した方がお安く済みますが、
どうしてもこのフレームでないと
ダメな理由はありますか?」
彼は静かに首を横に振った。
「であれば、作り直しましょう。
……今日中にできるか、レンズを確認しますね」
残っている左のレンズを光に当て、傷を確認する。
(……大丈夫そうだ)
レンズメーターという機械にセットし、
度数を測定する。
(S -11.00……!?)
絶望的な数値だった。
在庫を豊富に揃えている店でも、
当日渡しの範囲はS -10.00までが限界だろう。
うちはS -8.00までだ。
おまけに、彼はお酒を飲んでいる。
これではまともな視力測定もできない。
さあ、どうする。
その時、ふと数日前に咲ちゃんが加工ミスした
3本の特注レンズを思い出した。
(……やっぱりだ)
奇跡的に、
S -10.00の未使用レンズが2枚残っていた。
(咲ちゃん。
不幸中の幸いとは、まさにこのことだ)
私は彼に提案した。
「今日中にお作りできますが、
あいにくS -10.00までのレンズしか
在庫がありません。
お客様の元の度数には少し足りませんが、
ひとまずこれで一式作成し、
応急処置としてお使いいただくのは
いかがでしょうか。
お酒が抜けた後日に改めて測定を行い、
正しい度数のレンズへ交換するという
手順になります。
もちろん、見え方のリスクについては
ご了承いただく形になりますが……」
彼は救われたような顔をして、深く頷いた。
交渉成立だ。
その後は早かった。
フレームを選び、フィッティングして、
30分足らずで加工を仕上げた。
「……見える!」
メガネを掛けた瞬間、
男性が感激の声を漏らした。
完璧な度数ではないはずだが、
日常生活には問題ないレベルだ。
「無理をせず、
お酒が抜けたらまたご来店くださいね」
彼は笑顔で会釈をして、
ヨタヨタと店を出て行った。
「店長ー! どうやったんですか!
教えてください!」
咲ちゃんが詰め寄ってくる。
種明かしをすると、
彼女はとんでもないことを言い出した。
「なるほどー! じゃあ、咲の失敗が
あのお客様を救ったってことですね!
すごくないですか!? 褒めてください!」
「さーてと、メガネ拭こうっと」
「あー! 無視しないでくださいよ!ところで、
なんであんなことになってたんですかね?
本当に自然にメガネが破裂したとか……」
真剣に首をひねる咲ちゃんに、
私は思わず吹き出してしまった。
「プッ! ハッハッハ! そんなわけないでしょ。
十中八九、朝まで飲んで派手に転んだんだよ。
帽子を深く被っていたけど、
額に生々しい傷があったし、あの足取り……。
ただ酔っているだけじゃなくて、
膝と腰を痛めて引きずっている歩き方だった」
「うわぁ……痛そう……」
想像したのか、
咲ちゃんが自分の膝を擦って顔を歪ませた。
……
翌日。
カランカラン。
元気な挨拶と共に、昨日のお客様がやってきた。
今日はジャージではない。
「あの……測定、お願いします」
咲ちゃんが快く測定に入り、
彼の目にぴったりのレンズを発注していった。
「届くのが楽しみですね!」
咲ちゃんの言葉に、
少し照れたように頷く男性。
(咲ちゃんの接客は、
こういう素直なところがすごいな……)
私は加工の手を止め、感心した。
……
1週間後。
カラン……カラン……カラン……
乾いたベルの音が、また弱々しく鳴った。
嫌な予感がして扉の方へ目をやると――。
中年男性。
顔に包帯をグルグルに巻いて、
またあのグレーのジャージ姿だ。
左側が破裂したメガネ。
ヨタヨタした足取りに、サンダル。
外は雨なのに……。
咲ちゃんがすごい形相で駆け寄った。
「ちょっと――! 何やってるんですか――っ!」
なぜか、ニヤリと不敵に笑う男性。
(いや、悪化してんじゃねーかよ……)
どうやら、また一から選び直しだ。
「……さて。
次はどんな厄介ごとが起きるのだろう」
__to be continued
【あとがき】
今回のエピソード、いかがでしたでしょうか。
眼鏡は、ただ視力を補う道具ではなく、
その人の世界の見方を変えるものだと思っています。
主人公の史郎を通して、
日常の何気ない景色が少しだけ鮮やかになる瞬間を描きたくて、
この物語を書きました。
※この作品は、画像制作や構成の一部にAIを活用しています。
【史郎のメガネ豆知識】
ご理解頂いていると思いますが、
飲酒後の視力測定はできないと思って下さい。
理由は簡単、アルコールが身体的・機能的に
及ぼす影響によって、
正確なデータが測定できないからです。
大きく分けて3つ。
1.ピント調整機能(調節力)の低下
2.動体視力や視野の低下
3.眼の充血・乾燥・二重に見える
快適な見え方のメガネを作る為にも、
飲酒した日は避けて、
アルコールが完全に抜けた状態で
検査を受けることが重要です。
▼ マガジン:小説「メガネ屋史郎は見えすぎる」
第1話から最新話まで、
こちらからまとめてお読みいただけます。
【小説「メガネ屋史郎は見えすぎる」今後の展開】
第1話:なんでもいいだけの男
第2話:見せてくれない女
第3話:破裂した男(本記事)
第4話:気になっていた女(2026.05.23更新予定)
最後まで、ご清覧いただき、
誠にありがとうございました。
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