0歳が担う、家族の役割
第2子の娘が生まれて、はや9ヶ月。
(あれ?いつの間に。。。)
離乳食を食べ始め、寝返りをマスターし、現在はずりばいの自主トレに励む毎日。
生まれてすぐ、接し方がわかっていないのと赤ちゃん返りとが相まったスーパー凶暴な兄(4歳の息子)に足蹴にされる憂き目を見た娘。
小さなお腹を力一杯叩かれ、頭を蹴られ、強引に抱っこされた後布団に落とされ(まじかよ)
その度にこちらは心臓が縮む思いをし、まあそれなりに大変だったのだけれど、幸い何事もなく成長してくれている。実に逞しい。
そんな娘は、どうやら少々足蹴にされても息子のことが好きなようだ。
息子と布団に並んで寝るとニコニコと嬉しそうな顔をするし、息子が絵本を読んでいると「あたちにもみせて!」と言わんばかりにずりずりと寄っていく。(兄が好きというよりは、兄が持っているものに興味があるだけ説)
そして、我が家の小さな娘には、最近重要な役割ができてきた。
息子が保育園から帰ってきた時。
「ただいま〜。あ!ぶろっくでしんかんせんつーくろー!」
「お帰り!その前に手洗ってな!!」
「いやや!」
「なんで?保育園でも外から帰ったら手洗うやろ??」
「いやや!いやや!!」
頑として手洗いを拒否する息子。
私や夫が一緒に洗おう?と誘ってもだめ、洗っていない手のバイ菌の画像を見せてみてもダメ。(これ、一度試してみたところ、手を洗うことは拒否した上で画像だけ見せろと言われた)
「手を洗わずにいたから何かのウイルスに感染した」という決定的な経験を得るまで、この不毛なやり取りは続くのかなと思っていた。
親に言われれば言われるほど、頑なに反抗したがるお年頃。
そこで、娘を登場させてみた。
「あら、おにいちゃん。おかえりなちゃい。いっしょにて、あらいましょ〜あたちもいくわ!!」
(もちろん、セリフは私または夫のアフレコである)
すると、「いもうとといっしょにいく…」と渋々立ち上がった。
こうしてきょうだいの手は無事にぴかぴかになった。
また、朝の息子が大変不機嫌な時。
「おきれない!きがえいやや!!おねつもはからん!!!」
「なんでよ〜さっと済ませたらすぐやで〜」
「いやや!かーちゃんのいうことはきかんの!!!」(←最近の息子の口癖)
いつものこととはいえ、こちらとしてはついつい「不毛な時間だなぁ」とため息をつきたくなる。
そこで、隣の布団で起き出した娘に登場してもらう。
「おにいちゃん、おはよう!あさはねむいわよね〜あたちもとってもわかるわ!かーちゃん、いろいろいうからいやよね!あたちもおなじことおもってたの!!」
(娘はいつも息子の強い味方の設定である。とはいえ自分でアフレコしながら、手厳しい娘だなぁと思う)
息子は娘の言うことには耳を傾けるらしく、「いもうとこないで!」とは言わない。
「あたちがおにいちゃんのおきがえをてつだってあげるわ!」
まだお座りもできないお嬢様には明らかに不可能な申し出であり、息子も相手にしないかと思いきや。
「いもうとにてつだってもらう〜」
意外と乗り気になってくれた。
(私は娘に息子のトレーナーのすそを掴ませ、娘の任務は完了した)
娘は、私や夫が息子に「こうしてほしい」とついつい圧をかけてしまったとき、その圧をいい感じにマイルドにしてくれる存在なのだ。
私自身も、娘を介して息子に要望を伝えることで、トゲトゲした気持ちがすっとおさまる。
無意識に「せなあかんよ!」と言ってしまうことを、「一緒にしようよ」と変換できたり、小言を言ってしまったのを、娘に叱られる(設定でアフレコをする)ことで自己反省できたり。
きっと息子自身も、よもや本当に娘が言っているとは思っていないだろう。
けれど、娘を介することで親の圧が抜けるのを、敏感に感じ取っているのではないだろうか。
そして、息子自身が「いや!」と言った手前引っ込みがつかない状態の時に、娘が登場することで「まあいいよ」と言いやすくなるのだと思う。
そしてもうひとつ。
「ねぇ〜ごはんいつ〜〜〜?おーそーいーーーー!!」(@日曜日の16時台)
とにかく暇になると「ごはん」と言い出す息子。冬場は遊びに連れていく場所が少なく、休日の自宅保育は息が詰まることも多い。
「もうっ!!ごはんごはん言わんといて!!ごはんのことは一旦忘れてくれ!!!!!」
私は息子の気をうまく逸らせず、ついそんな(4歳児には無茶な)要望を口にしてしまう。
私に不機嫌に当たられ、不貞腐れてへの字口になる息子。
「もういいっ!!すねる!いもうとといっしょにいる!!!!」
息子はごろごろと遊んでいる娘を強引に抱っこして、自分の布団に連れて行った。
「ふんっ!かーちゃんなんかきらいだ!いもうとよ、おれのきもち、わかってくれるよな??おれのみかたはおまえだけだぜ…」
と言っているかは定かではないが、二人で布団にくるまり、向き合っている。
娘に愚痴を聞いてもらっているかのようだ。
娘は息子にとって、ひとつの精神的な逃げ場でもあるのだと思う。
私に叱られたり、夫に「それは君が直したほうがいいんじゃない?」と諭されたりしたとき。
「ぼくのみかたがいない!!」と危機感を感じて、視線が向く先が妹なのだ。
まだ話すことも、一緒に遊ぶこともままならない小さな妹だけれど、息子にとっては一番年齢が近く、自分に近しい存在。
時に手荒に接して泣かせながらも、妹を自分のチームの一員だと思っている。
日頃、私はついつい息子に上から目線を投げかけて声をかけたり、小言を言ったりしてしまう。
そんな「上下」の関係が見えた時、息子は怖くなるだろうし、不満も感じると思う。
その点、きょうだいというのは「横」の関係がつくりやすい。もちろんその分争う対象にもなりやすいのだろうけれど、こうして親の圧をうまく交わしたり、チームを組んだりもできるのだ。
「いもうとに聞いてもらって、気持ちは落ち着いた?」
拗ねた息子にそう声をかける私は、少しだけ息子に目線を合わせられているだろうか。
「反省した?」「かーちゃんの言うこと、わかった?」なんて言うよりは、圧を抜くことができているかもしれない。
ひとえに、息子のきょうだいである娘という存在に、助けてもらっている。
自分もきょうだいがいる環境で育ったけれど、親の立場で俯瞰的に子どもたちを見るのは新鮮だ。
こんなに小さな娘でも、立派に家族の役割を担っている。
尊い日常だなと思う。
娘がおしゃべりをするようになったら、きっと息子に余計なことも言うだろうし、小競り合いが始まるのだろう。
けれど、願わくば互いに頼り、頼られる関係であってほしい。
きっとそれは、親には決して代わることのできない役割だから。
0歳にして、私にきょうだいの役割を教えてくれる娘。
生まれてきてくれてありがとうと思う。
いろいろと育児エッセイを書いています。
ローカル線偏愛家です。
読書感想文も書いています。
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誰かの夢やなりたい姿を伺うのも好きです。
2026年6月にサービス化してリリースできたらいいなぁと画策中。
読んでくださり、ありがとうございました!
