見出し画像

言外の意味がわかっても、そのまま従わなくていい。

今朝、少し嫌な言い方をされた。

ただの嫌味と言えば、嫌味なのかもしれない。
馬鹿にされたようにも感じた。

「普通の人は知らないかもしれないけど、あなたは知っているでしょう」
そんなふうに、こちらを絡めて、少し下に置いてくるような言い方だった。

相手が本当にそういうつもりだったかはわからない。
でも私は、その瞬間、そう受け取った。

カチン、ときた。

胸が痛むというより、首から上に熱が上がる感じだった。

「今、それ言う?」
「またこういう言い方をするんだ」
「感じ悪いな」

そう思った。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。
スキやコメント、フォロー、マガジン追加も、ひとつひとつ嬉しく受け取っています。

◆ 言い返さなかったあとに残ったもの

その場では、言い返さなかった。

言い返せなかった、のかもしれない。
やり過ごした、と言えば聞こえはいいけれど、あとから少し思った。

むしろ相手の時間を奪ってでも、
言い返せばよかったのかもしれない、と。

きれいに流せたわけではない。
大人の対応ができて、満足したわけでもない。

腹も立った。
悔しさも残った。
「なんで私だけ、場を荒らさないようにしているんだろう」とも思った。

でも、そのあとに考えた。

私は何に反応していたんだろう。

◆ 言葉そのものより、「こう受け取れよ」という空気

たぶん、言葉そのものだけではない。
その奥にある、「こう受け取れよ」という空気に反応していた。

嫌味っぽい言い方。
少し馬鹿にするような言い方。
こちらをわかった側に置きながら、同時に試すような言い方。

そういう言葉は、ときどき、言葉以上のものを渡してくる。

「ここでムッとする人」
「わかっている前提で返す人」
「嫌な空気に気づいても、黙って流す人」
「相手の機嫌や場の空気を優先して、自分を引っ込める人」

そんな役割まで、一緒に差し出してくる。

そして、言外の意味を拾いやすい人ほど、
それに気づいてしまう。

「あ、これは嫌味だな」
「あ、今ちょっと下に置かれたな」
「あ、ここで私が流せば丸く収まるんだろうな」

そんなふうに、言われていないところまで読んでしまう。

◆ 読めることと、差し出すことは違う

読む力そのものは、悪いものではない。

仕事では、むしろ役に立つ場面も多い。

相手が何を不安に思っているのか。
どこを確認したがっているのか。
本当は何に引っかかっているのか。

そこを汲み取れることは、強みでもある。

ただ、ここで線を引きたい。

言外の意味がわかることと、
その意味に従うことは、同じではない。

読めることと、
自分を差し出すことは、別の話だ。

相手が嫌味を差し出してきたからといって、
嫌味を受け取る役をしなくていい。

相手がマウントのような空気を出してきたからといって、
その土俵に上がらなくていい。

相手がモヤモヤや不機嫌を投げてきたからといって、
こちらが進んでサンドバッグにならなくていい。

吐き出し先にならなくていい。
ゴミ箱みたいな役を、引き受けに行かなくていい。

そう思うのだ。

◆ 真面目な人ほど、受ける側に回ってしまう

しかも厄介なのは、
こういうとき、私たちはけっこう真面目にベストを尽くしてしまうことだ。

相手を傷つけないように。
場を壊さないように。
相手の時間を奪わないように。
余計な波風を立てないように。

その場の最適解を探して、自分の感情を後ろに下げる。

でも、それを毎回やっていると、
相手もだんだんこちらを「受けてくれる人」として扱ってくることがある。

この人なら流してくれる。
この人なら拾ってくれる。
この人なら、嫌な空気も処理してくれる。

そういう役に、自分から入り続けてしまう。

◆ 対処法より先に、「乗るかどうか」を選ぶ

もちろん、嫌味を言われたときの対処法はいろいろある。

「どういう意味ですか?」と問い返してもいい。
聞こえなかったふりをして流してもいい。
淡々と必要な部分だけ返してもいい。
その場では黙って、あとで距離を取ってもいい。

正解は、たぶんひとつではない。

大事なのは、どの対応を選ぶかの前に、
反射で相手の世界観に乗らないことだと思う。

たとえば、「押すなよ」と言われたら、
本当は押してほしいのだとわかることがある。

でも、わかったからといって、
必ず押さなくていい。

押してもいい。
押さなくてもいい。
笑いにしてもいい。
静かに流してもいい。

大事なのは、「意味がわかったから、その通りに動く」ではなく、
「意味がわかった上で、自分で選ぶ」ことだと思うのです。

◆ 黙ることも、言い返すことも、選び方で変わる

言い返すことが、いつも自分を守るとは限らない。
黙ることが、いつも我慢とも限らない。

同じ沈黙でも、
「怖くて飲み込んだ沈黙」と、
「この土俵には乗らないと選んだ沈黙」は、少し違う。

同じ言い返しでも、
「反射でやり返した言葉」と、
「ここは線を引くと決めて返した言葉」は、少し違う。

私はまだ、毎回きれいに選べるわけではない。

あとから腹が立つこともある。
あの場で言えばよかったと思うこともある。
自分ばかり大人になって、損をしたような気持ちになることもある。

◆ 乗るか、乗らないかは選べる


言外の意味がわかっても、そのまま従わなくていいのだ。

相手が差し出してきた空気に、
乗るか、乗らないか。

それは、こちらが選んでいい。

読めてしまうからこそ、
反射で自分を差し出さない。

まずはそこからでいいのだと思う。

もしどこかひとつでも引っかかったら、スキだけ置いていってもらえると嬉しいです。
また読みたいと思っていただけたら、フォローもぜひ。

▼合わせて読みたい

相手の言葉や空気を読めることと、それを全部引き受けることは、同じではない。

「気づいたから、私がなんとかしなきゃ」と思いやすい人には、こちらの記事も近いかもしれません。

リスクに気づいた人が、責任者になるわけじゃない。

もうひとつは、「雑に扱われている気がする」ときの話です。

小さな違和感を流し続けると、いつの間にか“受けてくれる人”の位置に入ってしまうことがあります。

「なんか雑に扱われてる気がする」——それ、便利な人になってない?

【追記|PR】
疑り深い私が「人生で一番気持ちよく買えた」のが、このライティング講座でした。

文章はセンスじゃなく設計。
書く人にも、売りたい人にも効く“骨組み”がまとまってます。

無料レポート(五つ星文章術)もあります。
私の紹介記事にまとめたので、必要な方だけどうぞ(→ここから)。

◆ マガジン掲載お礼
記事をご紹介いただいたマガジンを、気づいたものから掲載しています。
見つけるたびに、嬉しく受け取っています。



ご紹介くださり、ありがとうございました。
これからも、置いてよかったと思っていただける記事を、ひとつずつ書いていきます。

いいなと思ったら応援しよう!

心と言葉を整える|かんてら 応援したいと思ってくださった方へ。 チップという形で気持ちを受け取れたら嬉しいです。 無理のない範囲で、大丈夫です。