迷いの正体は、“やらない理由探し”かもしれない。
迷っている時って、ちゃんと考えているように見える。
実際、考えている。慎重にもなっている。
でも、たまに。
“考えている”の中身が、判断じゃなくて——
やらない理由(言い訳)探しになっている時がある。
自分を守るために。傷つかないために。失敗したくないから。
それ自体が悪いわけじゃない。むしろ自然。
ただ、それに気づかないままだと、
いつまでも「決められない私」を増やしてしまう。
だから今日は、ここを言語化しておきたい。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。スキやコメント、フォロー、本当に嬉しいです。ひとつひとつ、大切に読んでいます。
本当は、お一人お一人の手をとって、目を見て「ありがとう」と言いたいです。それくらい、届いていることが嬉しいです。
今日もここに置いていきます。
迷いの中で、私は「やらない理由」を探し始める
「こういう事情があるから無理」
「今じゃない気がする」
「もっと準備してから」
「失敗したら怖い」
「時間がない」
全部もっともらしい。
そして、もっともらしいからこそ、自分でも気づきにくい。
でも、その理由たちが増えるほど、私は進めなくなる。
本当に必要な判断材料を集めているというより、
“やらない”を正当化する材料を集めてしまう。
これ、気づけたら勝ちだと思う。
これは「怠け」じゃなくて、防衛だと思う
やらない理由探しって、怠けじゃなくて、
心の安全確保の動きに近い気がする。
失敗したくない。責められたくない。後悔したくない。
だから、先に「できない理由」を用意しておく。
すると、決めなくて済む。痛い目を見ずに済む。
ちゃんと自分を守ってる。
ただ、その守り方が、たまに未来を狭める。
だから私は、責める代わりに“点検”したい。
見分けるための質問
迷っている時、私はこの問いを自分に投げる。
それは“障害”?それとも“不安の説明”?
その理由が消えたら、私はやる?
友達が同じ状況なら、私はなんて言う?
本当は「同意が欲しい」?「材料が欲しい」?「休みたい」?
ここで見えるのは、結論じゃなくてもいい。
「今の私、怖いんだな」だけでも十分。
if-thenリストは、祈りじゃなくて手順
決断の怖さって、
“うまくいかなかった時の自分”が想像できない時に増える。
だから私は、祈るより先に、手順に落とす。
**if(もし)→ then(その時どうする)**の形で書く。
もし、うまくいかなかったら → まず誰に相談する
もし、思ったよりお金がかかったら → 何を削る/どこで止める
もし、体力がもたなかったら → 週◯回に落とす/期間を延ばす
もし、後悔しそうになったら → 何を根拠に決めたかを読み返す
「なんとかなりますように」も悪くない。
でも、なんとかする手順があると思えた瞬間、
迷いの重さが変わる。
最後は「仮決め→観察」が効く
それでも迷う時はある。
そういう時に私がよくやるのが、これ。
とりあえず決める。仮でいい。
そして、決めた直後の自分を観察する。
体が軽くなる?重くなる?
息が深くなる?浅くなる?
その選択を誰かに話したくなる?隠したくなる?
変に早口になる?妙に丁寧になる?
そこで出てくる反応は、答えというよりヒント。
「本当はこう思ってたんだ」だけじゃなくて、
足りないものも見えてくる。
同意が欲しいのか。材料が欲しいのか。休みが欲しいのか。
つまり、決断の問題じゃなくて、整備の問題だったりする。
結論:「決められない私」を責める前に
迷いの中で、やらない理由を集めてしまう日がある。
それは弱さじゃなくて、防衛。
だから私は、責めるんじゃなくて、整える。
やらない理由探しに気づく
if-thenで“最悪”を手順に落とす
仮決めして、体と気持ちの反応を観察する
決めるって、気合で押し切ることじゃない。
進める自分に戻るために、足元を整えることだと思う。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
迷いの中で理由探しが始まるとき、だいたい自分を守ろうとしてる。
その前提で読める記事を置いておきます。
ご機嫌/決断/迷い。日常でぶれたときに、ニュートラルへ戻るための「点検とメンテナンス」をまとめています。整える→点検する→進める、の3本セット。
いいなと思ったら応援しよう!
応援したいと思ってくださった方へ。
チップという形で気持ちを受け取れたら嬉しいです。
無理のない範囲で、大丈夫です。
