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「これで出していいのかな」——気づくと、出せないまま終わっている。

「これで出していいのかな」

送る前に、また止まる。
言いたいことはある。
方向もたぶん大きくはズレていない。
でも、出すには何かが足りない気がする。

もう一回読む。
少し直す。
また読む。
さっきより良くなった気もするけど、
まだ何か引っかかる。

そのうち、
何をそんなに気にしていたのかさえ、ぼやけてくる。

気づくと、
今日もまた、出せないまま終わっている。

スキ、コメント、フォローありがとうございます。
読んでくださること、受け取ってくださることが、ちゃんと届いています。ひとつひとつを、ありがたく受け取っています。


今日は、「勇気を持って」という言葉から考えたことを書きます。

「勇気を持って」は、やさしい言葉のはずなのに

映画を観たあと、英語の be が気になった。

日本語だと、「勇気を持って」と言うことが多い。
でも英語では、be brave と言う。

この違いが、妙に残った。

「勇気を持って」は、やさしい言葉だと思う。
今の自分のままでも、勇気という道具を持てば進める、と言ってくれる感じがあるから。

でも、責任感が強くて、考えすぎやすい人には、
このやさしさが、そのまま詰まりにつながることがあるのかもしれない、と思った。

なぜなら、
「勇気を持って」は、
裏を返すと
“今の自分には、まだ勇気が足りない”
から始まりやすいから。

足りないから足す。
持っていないから持ちにいく。

この発想が悪いわけじゃない。
ただ、「まだ足りない」を前提にすると、
人は整うまで止まりやすくなる。

止まっていたのは、能力より“前提”だったのかもしれない

たぶん、止まるたびに
「もっと考えが浅いのかも」
「もっとちゃんとまとめなきゃ」
「まだ出せる状態じゃない」
と、自分の未完成さばかり見にいっていた。

でも、今回引っかかったのは、
そこじゃなかった。

何が足りないか、より前に、
私は自分を
“まだ出せない側の人”
として扱っていたのかもしれない。

まだ整っていない。
まだ足りない。
まだ出すには早い。

その前提に立つと、
少し不安がある日、
少し迷いが残る日、
少し言葉が荒い日、
それだけで「今日はまだだな」になりやすい。

出せない理由を探しているつもりはなくても、
立っている位置がそこだと、
自然とそっちへ流れていく。

be は、足りない自分に足す言葉じゃなくて、立つ位置を変える言葉だった

be は、少し違う。

勇気を持つ、ではなく、
どういう人として立つか、の話になる。

私は、どういう人か。
どんな前提で自分を扱うか。

ここが変わると、
同じ不安があっても、
問いそのものが変わる。

「まだ不安がある。だから今日は出さない」
だったものが、

「不安はある。じゃあ、このまま出すならどこまでなら出せる?」
に変わる。

この違いは大きい。

何かを足す話というより、
自分をどこに立たせるかの話だから。

準備をしなくていい、という話ではない

ここで、誤解されたくないことがある。

準備をしなくていい、という話ではない。
丸腰で飛び込め、と言いたいわけでもない。

考えることも、
確かめることも、
備えることも、
必要なことはちゃんとある。

ただ、もともと雑に飛び込まない人ほど、
確認する。
整える。
迷惑をかけないように考える。
自分の中で一回きれいにしてから出そうとする。

だから問題は、
準備することじゃない。

「不安がなくなるまで」
「ちゃんとまとまるまで」
「自信が持てるまで」
を、出発条件にしすぎることなんだと思う。

その条件が厳しすぎると、
準備は自分を守るものではなく、
自分を止める条件に変わる。

進める人は、整ってから進む人じゃないのかもしれない

最近、しっくりきたのは、
進める人って、
不安がない人でも、
迷いがない人でも、
完璧に整った人でもない、ということだった。

不安ごと。
迷いごと。
整わなさごと。

それでも、自分を前に連れていける人。

そのほうが、実感に近かった。

私にとってしっくりくるのは、
「勇気を持つ人」より、
「整わなさごと進む人」という前提だった。

ちゃんとしてから進む、ではなく、
ちゃんとしていない部分まで連れて進む。

怖さもある。
迷いもある。
不安もある。

でも、それがあるから不採用、にはしない。

この前提のほうが、
無理に自分を盛らないのに、
流れが前に向く感じがあった。

前提が変わると、自分の扱い方が変わる

自分を
“まだ足りない人”
として扱うのか。

それとも
“整わなさごと進む人”
として扱うのか。

この違いは、たぶん思っているより大きい。

前者は、整うまで待ちやすい。
後者は、整っていなくても、自分を置いていかない。

言葉って、
気分を励ますだけじゃなくて、
自分をどこに立たせるかまで決めているのかもしれない。

もし今、
「これで出していいのかな」
で止まりやすいなら。

足りないものを探す前に、
自分をどんな前提で扱っているかを見てみてもいいのかもしれません。

“ちゃんとしてから進む” じゃなくて、
“整わなさごと進む”
という前提を、
一度だけ採用してみる。

それだけで、
止まり方が少し変わることがある気がしています。

もしどこかひとつでも引っかかったら、スキだけ置いていってもらえると嬉しいです。
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