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【短編ファンタジー】エレメンタル・ロワイヤル #4

第3章:錯綜する元素

アリーナX、旧第3鉱区跡地。そこは、かつて地中から掘り出された鉱石から、人類が必要とする様々な元素を選り分け、精錬していた巨大な施設の残骸だった。リチウム・ナイトがコバルト・ナイトとの遭遇から逃れた先は、特に化学処理を行っていたと思しき一画だった。鼻を突く微かな薬品臭、床には正体不明の結晶が析出し、壁には腐食した配管が無数に走っている。視界は悪く、身を隠す場所は多いが、同時に危険も多い場所だ。

(…水の気配はないが、この薬品臭、Li-フレームに影響がないといいが…)

リチウム・ナイトは壁に背を預け、呼吸を整えながらセンサーで周囲を探っていた。先ほどのコバルト・ナイト、そして突如発生した爆発音。アリーナには、まだ多くの「プレイヤー」がいる。そして、それぞれが予測不能な能力を持っている。単独での生存は困難かもしれない。だが、誰を信用できる?

その時、彼の視界の端、通路の向こう側で、空間が陽炎のように揺らいだ。光学迷彩? リチウム・ナイトは即座に身構えた。隠密行動を得意とするタイプのナイトか。

【光学迷彩とITO】
インジウム・ナイトが使用する光学迷彩は、酸化インジウムスズ(ITO: Indium Tin Oxide)の技術を応用している可能性がある。ITOは透明でありながら電気を通す性質(透明導電性)を持ち、液晶ディスプレイやタッチパネルの電極として不可欠な材料。この技術を発展させ、周囲の光景を装甲表面に投影することで、限定的ながら視覚的なステルス効果を得ていると考えられる。

陽炎が実体を結び始めた、その瞬間。通路の反対側から、足音もなく、しかし堂々とした足取りで、一体のナイトが現れた。

白金の如き、一点の曇りもない輝きを放つ流麗な装甲。過度な装飾はないが、その素材自体が放つ高貴な存在感がある。白金(プラチナ)・ナイト。その名は、あらゆる攻撃を「受け流す」あるいは「無効化する」絶対的な防御力を持つ騎士として、リチウム・ナイトも噂に聞いていた。

白金騎士は、床に析出した結晶や、壁から漏れ出している液体に視線を向けた。そして、装甲の腕部から特殊なフィールドを展開したのか、通過した後の床や壁では、明らかに化学的な中和反応が起こり、危険な兆候が消えていた。

【Pt-アーマーの特性】
プラチナ・ナイトの「Pt-アーマー」は、化学的に極めて安定で耐食性に優れた白金(プラチナ)を主要素材とし、外部からの化学的・熱的影響をほとんど受けない。最大の特徴は、白金の持つ卓越した触媒活性を応用した防御システム。装甲表面、あるいは展開するエネルギーフィールドが触媒として機能し、接触した特定の化学物質(毒ガス、腐食液など)やエネルギーを無害な物質に分解・中和する。自動車の排ガス浄化触媒や燃料電池の電極触媒の原理を、防御技術として昇華させたものと言える。

(あれが白金騎士…噂通りの能力か)

リチウム・ナイトが白金騎士の能力に気を取られていた、まさにその一瞬。先ほど陽炎が見えた場所から、不可視の存在が動いた! 目標は、白金騎士ではなく、リチウム・ナイト自身!

光学迷彩を解きながら、低い姿勢で高速接近してくる銀色の影。その手には、鋭利な短剣のような武器が握られている。装甲は薄く、軽量に見える。奇襲特化型か。

(インジウム・ナイト…!)

リチウム・ナイトは咄嗟に反応し、バックステップで攻撃を回避。同時にエネルギーパルスを放つが、インジウム・ナイトは体を液体金属のように滑らかに変形させ、パルスを最小限の接触で受け流した。

【In-フレームの特性】
インジウム・ナイトの「In-フレーム」は、インジウムの特性である低い融点(約157℃)と柔らかさを利用し、衝撃やエネルギーに応じて装甲の一部を瞬間的に液状化、あるいは柔軟に変形させてダメージを受け流す特殊な構造を持つ。また、ITO技術を応用した光学迷彩によるステルス能力も有する。しかし、インジウム自体が柔らかい金属であるため、装甲としての絶対的な強度は他のナイトに劣る。さらに、インジウムは主に亜鉛精錬の副産物として得られるため、その性能や供給は亜鉛の状況に左右されるという構造的な脆弱性を持つ。

「見つけたぜ、最軽量!」インジウム・ナイトが、やや甲高い声で嗤う。「アンタのスピードは厄介だが、脆そうだ」

「お前こそ、隠れるしか能がないのか?」リチウム・ナイトも応戦する。
二人のナイトが火花を散らし始めた、その時。

「――そこで何をしている?」

重厚な声と共に、先ほどリチウム・ナイトを追撃してきたコバルト・ナイトが、通路の別の入り口から姿を現した。彼は、リチウム・ナイトを追ってきたのか、あるいはこの化学プラント区画に何か目的があったのか。その手には、周囲の金属片を引き寄せて形成したと思われる、即席の棍棒のようなものが握られている。

リチウム、インジウム、白金、そしてコバルト。期せずして、四人のエレメンタル・ナイトが、この危険な化学プラント跡地の一角で睨み合う形となった。

最初に動いたのは、コバルト・ナイトだった。彼はリチウム・ナイトとインジウム・ナイトの両方を視界に捉え、磁場を展開。周囲の金属製の配管や床材の一部を歪ませ、浮き上がらせ、無差別に射出した!

「ちっ!」インジウム・ナイトは再び光学迷彩を展開し、姿を消す。

リチウム・ナイトは、飛来する金属片を回避しながら、コバルト・ナイトへ反撃のエネルギーパルスを放つ。

白金騎士は、その場から動かない。飛来する金属片が彼女の装甲に当たるが、傷一つ付かない。それどころか、コバルト・ナイトが放った磁場パルスの一部が彼女に到達すると、パルスはまるで水面に落ちた石のように波紋を残して霧散し、無力化された。

(磁場まで中和するのか…!?)コバルト・ナイトが驚愕の表情を見せる。

その時、白金騎士の声がヘルメットのスピーカーから響いた。それは、凛(りん)とした、わずかに冷たさを帯びた女性の声だった。

「…無駄な足掻きを」

その一言で、場の空気が変わった。リチウム、コバルト、そして姿を消しているインジウムも、白金騎士が女性であること、そしてその絶対的な自信と、ある種の冷徹さを感じ取った。

白金騎士の声に動揺した隙を見逃さなかったのは、インジウム・ナイトだった。彼は白金騎士の死角に回り込み、床に何かを撒いた。それは、インジウムの低融点特性を応用した、接触すると急速に硬化・固着する特殊な液体金属トラップだった。

白金騎士はそれに気づき、足元のトラップが硬化する前に触媒フィールドで無効化しようとする。だが、その一瞬、彼女の注意が足元に向いた。

その瞬間を狙って、リチウム・ナイトが動いた。彼は壁を蹴り、白金騎士ではなく、最も厄介な磁場を操るコバルト・ナイトへ、Li-フレームの最高速度で突貫した!

「もらった!」

リチウム・ナイトのエネルギーを纏った拳が、コバルト・ナイトの胴体に叩き込まれる──かと思われた。

だが、コバルト・ナイトは咄嗟に磁場を自身に集中させ、リチウム・ナイトの拳、そしてLi-フレーム自体を強力な磁力で「掴み」、その運動エネルギーを強引に殺した。

「がっ…!?」動きを封じられたリチウム・ナイト。

コバルト・ナイトが追撃しようとした瞬間、今度はインジウム・ナイトがコバルト・ナイトの背後から奇襲をかける。さらに、トラップを無効化した白金騎士も、この乱戦に割って入ろうとするかのように、ゆっくりと歩を進める。

四人のナイト。四つの元素。それぞれの思惑と能力が、狭い空間で激しく衝突し、火花を散らす。誰が敵で、誰が味方なのか。あるいは、全員が敵なのか。予測不能な乱戦の幕が、今、切って落とされた。


【第3章 制作ノート】

元素周期表
白金(プラチナ)・ナイト (Platinum Knight)
  • 元元素: 白金 (Pt)。原子番号78の貴金属。

  • 特性: 化学的に非常に安定で、王水以外には溶けない優れた耐食性を持つ。融点が高い。優れた触媒活性を持ち、自動車排ガス浄化用三元触媒や燃料電池の電極触媒として不可欠。宝飾品、実験器具、電子部品(センサー、熱電対)などにも用いられる。

  • 作中での応用: 高い防御力(物理・化学・熱)。触媒作用による攻撃・状態異常の無効化。

  • 現実世界の課題: 埋蔵量が南アフリカ共和国に極端に偏在(約9割)しており、同国の政情不安や労働争議が供給リスクに直結する。ロシアも主要生産国。

インジウム・ナイト (Indium Knight)
  • 元元素: インジウム (In)。原子番号49の金属。

  • 特性: 融点が約157℃と低い。柔らかく、展性がある。電気伝導性が高い。酸化スズとの化合物であるITO(酸化インジウムスズ)は透明導電膜として液晶ディスプレイやタッチパネルに不可欠。CIGS系太陽電池にも用いられる。

  • 作中での応用: 低融点を利用した装甲の液状化・変形による回避。ITO技術を応用した光学迷彩。柔らかさ故の打たれ弱さ。

  • 現実世界の課題: 主に亜鉛(Zn)製錬の副産物として回収されるため、亜鉛の生産動向や価格、製錬所の回収技術・操業状況によって供給量が左右される。日本の消費量が世界の大きな割合を占める時期もあった。

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