【短編ファンタジー】エレメンタル・ロワイヤル #5
第4章:破砕点
ネオジム・ナイトとジスプロシウム・ナイトは、通路を塞ぐ巨塊――タングステン・ナイトと対峙していた。兄ネオジムの放った強力な磁場は、その分厚い装甲の前にはほぼ無力。ただ金属片を叩きつけ、虚しい音を立てるだけだった。
「…どうする、兄さん?」ジスプロシウムが問いかける。彼のDy-サポートユニットは、先ほどの磁場放射で兄が発生させた熱を懸命に冷却しているが、連続使用はできない。
「どうする、だと? 決まってる。あんなデク人形、俺たちの力でこじ開けるまでだ!」ネオジムは諦めていなかった。彼は周囲を見渡し、天井近くに辛うじてぶら下がっている、巨大な換気ダクトの残骸に目をつけた。「Dy、あれを落とすぞ! 最大出力で磁場を合わせろ!」
「無茶だ! あれだけの質量を動かせば、兄さんのフレームが…!」
「やるんだよ!」
ネオジムは弟の制止を振り切り、再び両手をタングステン・ナイト…の頭上、換気ダクトの残骸へ向けた。ジスプロシウムも覚悟を決め、兄のNd-フレームと自身のユニットをリンクさせ、冷却と制御のサポートに全神経を集中させる。
ウゥゥン…!
凄まじい磁場が生成され、空間が唸りを上げる。巨大な金属製のダクトが、ギリギリと音を立てて取り付け部から剥がれ始めた。それはゆっくりと持ち上がり、そして──タングステン・ナイトの頭上めがけて落下する!
タングステン・ナイトは、落下してくる巨大な質量を見上げ、動かない。衝突の瞬間、彼は両腕を交差させ、落下物を受け止める体勢をとった。
ゴォォォン!!!!!
大地が揺れるほどの衝撃音。ダクトはタングステン・ナイトの腕と肩に激突し、無残にひしゃげた。しかし、タングステン・ナイトは、その衝撃を受け止め、数歩後退しただけで、依然として立っていた。装甲には擦り傷一つ見当たらない。
「…バカな!」ネオジムが絶句する。これだけの質量攻撃すら通じないのか。
「兄さん! フレーム温度が危険域だ! 冷却が追いつかない!」ジスプロシウムの悲鳴に近い声。ネオジムの装甲の関節部からは、高熱による陽炎が立ち上り始めている。
その時だった。
誰も予期していなかった方向――天井の崩落箇所の影から、閃光が走った。それは、極細の、しかし鋭いエネルギーの奔流。狙いは、ネオジム・ナイトとジスプロシウム・ナイト、その二人を繋ぐエネルギー供給ケーブルか、あるいはDy-サポートユニットの冷却フィンか。
「!?」
ジスプロシウムが咄嗟に防御フィールドを展開するが、間に合わない。閃光は彼の肩部にある冷却ユニットの一部を正確に貫いた。
パシュン、と嫌な音と共に火花が散る。
「Dyっ!!」
ネオジムが叫ぶ。弟とのリンクが不安定になり、Nd-フレーム内の温度計が一気にレッドゾーンへ振り切れた。視界がぐらつき、制御不能な磁場が周囲に漏れ出す。
「──好機(チャンス)だ」
冷徹な、どこか人工的な響きを持つ声。閃光が放たれた影から、銀色に輝く液体のような装甲を纏った、新たなナイトが姿を現した。その手には、レーザー発振器と思しきデバイスが握られている。ガリウム・ナイト。その存在は、他のナイトたちにもほとんど知られていない、謎多き騎士だった。
【Ga-スーツと能力】
ガリウム・ナイトの「Ga-スーツ」は、融点が約30℃と極めて低いガリウムの特性を活かし、体温や外部エネルギーによって部分的に液体金属化する機能を持つ。これにより衝撃を受け流したり、形状を変化させたりできる。また、装甲内部にはヒ化ガリウム(GaAs)や窒化ガリウム(GaN)といった化合物半導体素子が組み込まれており、高効率のエネルギー変換(レーザー発振、LED閃光)や、高度な演算処理、センサー機能を発揮する。彼の介入は、戦況を一変させる可能性を秘めている。
ガリウム・ナイトは、ネオジム兄弟の窮状を一瞥すると、次なる狙いを定めた。それは、タングステン・ナイト。彼は、戦力を削ぎ、最終的に自分が漁夫の利を得ることを狙っていた。
ガリウム・ナイトが再びレーザーを構えた、その瞬間。
動かざる山と思われたタングステン・ナイトが、動いた。それは、これまでの静けさが嘘のような、圧倒的な質量を伴った突進だった。目標は、弱ったネオジム兄弟!
「兄さん、危ない!」
ジスプロシウムは、損傷したユニットで最後の力を振り絞り、兄を突き飛ばした。ネオジムはバランスを崩して横に倒れる。
そして、タングステン・ナイトの、ただ純粋な質量と運動エネルギーだけを乗せた拳が、ジスプロシウム・ナイトの胸部装甲に叩き込まれた。
ゴシャッ!!!
嫌な音が響き渡った。Dy-サポートユニットは無残に砕け散り、ジスプロシウムの身体は、まるで紙くずのように吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。動かない。
「…Dy……?」
ネオジムは、目の前で起こったことが信じられなかった。オーバーヒートで朦朧とする意識の中、動かなくなった弟の姿が焼き付く。
「Dy! Dyyyyyyy!!」
彼の絶叫と共に、制御を失った凄まじい磁力が暴走を始めた。周囲の金属という金属が、壁も床も天井も、彼に向かって引き寄せられ、あるいは反発して吹き飛ぶ。プラントの構造自体が、彼の悲鳴に応えるかのように崩壊を始めた。
タングステン・ナイトは、その磁力の嵐の中心で、なおも仁王立ちしている。彼のW-アーマーは、暴走する磁力の影響すらほとんど受けていない。
ガリウム・ナイトは、予想外の状況に舌打ちすると、再び姿を液体金属のように変化させ、崩壊する瓦礫の中へと紛れるように消えていった。彼は、目的の一つ──ネオジム兄弟の無力化──は達したと判断したのかもしれない。
磁力の嵐の中心で、ネオジム・ナイトは弟の名を叫び続けていた。もはや戦闘能力はない。ただ、圧倒的な喪失感と、暴走する力だけがそこにあった。
タングステン・ナイトは、暴走するネオジムを一瞥すると、ゆっくりと踵を返した。彼にとって、もはや脅威ではないと判断したのか。あるいは、このロワイヤルの次の「標的」を探しに行ったのか。
後に残されたのは、崩壊しつつあるプラント跡と、動かなくなった弟の亡骸の傍らで、ただ絶叫するしかできない、一人の壊れた騎士だけだった。
【第4章 制作ノート】


元元素: ガリウム (Ga)。原子番号31の金属。
特性: 融点が約29.8℃と非常に低く、人間の体温程度で液体になる。化合物半導体(ヒ化ガリウムGaAs、窒化ガリウムGaNなど)として重要。GaAsは高速トランジスタや赤外線LEDに、GaNは青色・緑色・白色LEDや高出力パワートランジスタ、青紫色レーザーダイオードに利用される。
作中での応用: 低融点を利用した装甲の液体化・変形。化合物半導体技術を応用したレーザー攻撃、高度なセンサーや演算能力。
現実世界の課題: 生産は主にボーキサイトからのアルミニウム製錬や亜鉛製錬の副産物として得られる。中国がガリウムの生産において高いシェアを占めており、近年、輸出管理の対象となったことで供給リスクが懸念されている。
ネオジム・ナイト & ジスプロシウム・ナイト (敗北):
敗因: ジスプロシウムのDy-サポートユニット(耐熱性・安定化の要)が破壊されたことで、ネオジムのNd-フレームがオーバーヒートし、制御不能な暴走状態に陥った。個々の力は強大でも、連携が崩れた際の脆弱性と、高温に弱いというネオジム磁石の根本的な弱点を突かれた結果と言える。これは、現実世界でジスプロシウム添加による耐熱性向上がいかに重要か、そしてそのジスプロシウム自体の希少性・供給リスクがアキレス腱となりうることを示唆している。
タングステン・ナイト (生存):
勝因: 持ち前の圧倒的な物理防御力、耐熱性、耐磁性により、ネオジム・ナイトの強力な磁場攻撃や質量攻撃に耐え抜いた。機動力の低さを補って余りある、その「動かざる」強さが、相手の弱点を突く機会を待ち、一撃で勝負を決める結果につながった。タングステンが多くの産業で基盤材料として使われる所以である、その信頼性と堅牢さを体現した。
