【短編ファンタジー】エレメンタル・ロワイヤル #2
第1章:覚醒と遭遇
アナウンスが途絶えた瞬間、リチウム・ナイトは思考よりも先に動いていた。Li-フレームの出力を瞬時に引き上げ、床を蹴る。目指すのは、このだだっ広いホールのような空間からの脱出、そして情報の収集だ。銀白色の装甲がブレて見えるほどの加速。他のエレメンタル・ナイトたちが状況を把握し、動き出すよりもコンマ数秒早く、彼は最も近くに見えた巨大な搬出口らしき開口部へ飛び込んだ。
背後で数名のナイトが動き出す気配を感じたが、振り返る余裕はない。今はただ、この閉鎖された状況から少しでも有利な位置を取ること、そしてこの「アリーナX」と呼ばれる場所の全体像を掴むことが最優先だ。
飛び込んだ先は、巨大なトンネルだった。非常灯と思しきオレンジ色のランプが、点々と壁に設置されているが、その多くは壊れているか、弱々しく点滅しているだけだ。空気はひんやりと湿っており、金属とオイル、そして微かな鉱物の匂いが混じり合っている。壁面には錆びついた巨大なパイプラインや、今は動かないベルトコンベアの残骸が残されており、ここがかつて大規模な資源採掘、あるいは精錬施設であったことを物語っていた。
(旧第3鉱区跡地…か。厄介な場所を選んでくれたものだ)
リチウム・ナイトは思考を巡らせながら、トンネルを疾走する。鉱区跡地ということは、不安定な岩盤、有毒な残留物質、そして何より――水。彼のLi-フレームは、リチウム元素の特性である高い反応性をエネルギーに変換する機構を持つが、同時に水との接触は致命的な暴走を引き起こすリスクを孕んでいる。この湿った空気ですら、長時間晒されればフレームの表面保護層に影響がないとは言い切れない。
【Li-フレームの特性】
基幹素材にリチウム合金を採用し、極限までの軽量化を実現。関節部や装甲表面には、生体電気や運動エネルギーをリチウムイオンバッテリーの原理で瞬間的に充放電する機構が組み込まれ、驚異的な瞬発力と機動力を生み出す。反面、リチウムの化学的特性により、水分との接触はフレームの制御システムに予測不能な過負荷を与え、最悪の場合、連鎖的なエネルギー暴走を引き起こす。そのため、表面には特殊な撥水・絶縁コーティングが施されているが、完璧ではない。
速度を維持したまま、彼は分岐路に差し掛かった。左は下り坂、右は上り坂でさらに奥へと続いているようだ。聴覚センサーが、右手のトンネルの奥から、微かな金属音を拾った。他のナイトか?
(…行くしかないか)
情報を得るには、接触もやむを得ない。だが、無用な戦闘は避けたかった。彼はLi-フレームのセンサー感度を最大にし、足音を極限まで消しながら右のトンネルへ進んだ。
トンネルは緩やかなカーブを描きながら上っており、やがて少し開けた空間に出た。そこは巨大な鉱石破砕機の残骸が放置された、ドーム状の広間だった。天井の一部が崩落しており、そこから差すのか、あるいは別の光源があるのか、先ほどまでのトンネルよりはわずかに明るい。そして、その中央に、一体のナイトが立っていた。
鈍い銀灰色の重装甲。がっしりとした体躯。プロローグのホールで低い声を発した男――コバルト・ナイトだ。彼は破砕機の残骸の一つに手を置き、何かを探るように周囲を観察していた。
リチウム・ナイトは、咄嗟に岩陰に身を隠した。相手はまだこちらに気づいていないようだ。どうする? 奇襲をかけるか? それとも、やり過ごすか?
コバルト・ナイトは、防御力と磁力制御に優れた騎士だと聞く。Li-フレームの速度をもってすれば奇襲は可能かもしれないが、仕留めきれなければ厄介なことになる。彼の磁力操作は、金属製のLi-フレームにとって天敵とも言える能力だ。
【Co-アーマーの特性】
コバルト合金を主体とした重装甲は、高い耐熱・耐食性に加え、物理的な防御力に優れる。最大の特徴は、コバルトの強磁性を応用した強力な電磁場制御能力。周囲の金属を引き寄せたり反発させたりするだけでなく、指向性の磁場パルスを放つことで電子機器にダメージを与えることも可能とされる。また、装甲表面には微細な磁性粒子がコーティングされており、斥力フィールドを形成して小口径の弾丸程度なら弾き返す。
リチウム・ナイトが逡巡していた、その時だった。
バシャッ!
上方の崩落箇所から、溜まっていた雨水か、あるいは配管から漏れ出した水かは不明だが、水滴が彼のすぐ近くの床に落ち、水たまりを作った。
(まずい…!)
その音と気配に、コバルト・ナイトが鋭く反応した。彼はこちらの位置を正確に把握したようだ。ゆっくりと、しかし確かな敵意を持って、こちらに顔を向ける。
隠れるのはもう無意味だった。リチウム・ナイトは岩陰から飛び出し、コバルト・ナイトと対峙した。
「…リチウムか。運がないな、お互い」コバルト・ナイトが静かに言った。彼の周囲の空間が、わずかに歪むような感覚。磁場が展開され始めている証拠だ。
「ここで争う意味があるとは思えないが?」リチウム・ナイトは警戒しつつ応じた。Li-フレームのエネルギー循環を加速させ、いつでも動けるように備える。
「意味など、主催者が決めることだ。我々は、ただ戦うだけだ」
コバルト・ナイトの言葉が終わるか終わらないかのうちに、彼の足元の金属片――破砕機の破片や、床に落ちていたボルト類――が浮き上がり、リチウム・ナイトに向かって高速で射出された!
リチウム・ナイトは即座に反応した。床を蹴り、銃弾のような金属片の雨を紙一重で回避する。壁を駆け上がり、三角飛びでコバルト・ナイトの側面へ回り込もうとする。だが、コバルト・ナイトはリチウム・ナイトの動きを予測していたかのように、装甲の腕部から強力な磁場パルスを放った。
「ぐっ…!」
Li-フレームの制御系が磁場の干渉を受け、一瞬動きが鈍る。その隙を突き、コバルト・ナイトは距離を詰めてきた。重装甲とは思えない俊敏さ。彼は接近戦に持ち込むつもりだ。
リチウム・ナイトは体勢を立て直し、バックステップで距離を取ると同時に、両腕のユニットから蓄積したエネルギーを指向性の衝撃波として放った。リチウムの反応性を応用した、瞬間的なエネルギー放出だ。
衝撃波はコバルト・ナイトのCo-アーマーに直撃したが、彼はわずかに後退しただけで、目立ったダメージは見られない。装甲表面の斥力フィールドが威力を減衰させたようだ。
(硬い…! やはり接近戦は不利か)
リチウム・ナイトが次の手を考えていると、コバルト・ナイトが再び動いた。今度は、床そのものに磁場を作用させたのか、リチウム・ナイトの足元の床材が部分的に隆起し、彼の体勢を崩そうとする。
バランスを崩したリチウム・ナイトの目に、先ほどできた水たまりが映った。コバルト・ナイトもそれに気づいたようだ。彼の口元が、わずかに歪んだように見えた。
(狙いは、水か…!)
コバルト・ナイトが、リチウム・ナイトを水たまりの方向へ追い込むように、磁場を操作して金属片を飛ばし、床を変形させてくる。絶体絶命かと思われた、その時──
ドォォン!!
広間の入り口とは別の方向、トンネルの奥から、大きな爆発音と共に壁の一部が吹き飛んだ! 新たな乱入者か、あるいは偶然の事故か。
リチウム・ナイトとコバルト・ナイトは、一瞬動きを止め、爆発が起きた方向を警戒した。この隙に、リチウム・ナイトは判断した。
(…今は退くべきだ)
彼は残ったエネルギーの大半を脚部に集中させ、爆発的な加速でその場から離脱した。コバルト・ナイトは追うそぶりを見せたが、新たな脅威の可能性を考慮したのか、深追いはしてこなかった。
リチウム・ナイトは、先ほどとは別のトンネルへ飛び込み、全速力で駆け抜ける。背後で何が起ころうとしているのかは分からない。だが、今はただ、生き残るために、より安全な場所へ、そして情報を求めて進むしかなかった。
【第1章制作ノート】


元元素: リチウム (Li)。原子番号3のアルカリ金属。
特性: 全金属中で最も軽量(密度0.534 g/cm³)。水や空気中の窒素とも激しく反応する高い化学反応性。高い電気化学ポテンシャルを持ち、リチウムイオン二次電池の主要材料として、携帯機器から電気自動車(EV)まで幅広く利用される。
作中での応用: 極限まで軽量化された装甲による高機動性。反応性を応用したエネルギー放出能力。水への脆弱性。
現実世界の課題: EV普及に伴う需要急増と供給不安。資源偏在(南米、豪州など) 。採掘に伴う環境負荷(水資源消費など)。

元元素: コバルト (Co)。原子番号27の遷移金属。
特性: 強磁性を持つ。耐熱性、耐食性に優れる。リチウムイオン電池の正極材、永久磁石、超硬合金(工具)の結合材、特殊合金(ジェットエンジン部品など)に不可欠。
作中での応用: 強磁性を利用した磁場制御能力。頑丈な耐熱・耐食装甲。
現実世界の課題: 供給源がコンゴ民主共和国(DRC)に極度に集中(世界の約7割)。DRCにおける採掘現場での児童労働、劣悪な労働環境、人権侵害、紛争の資金源となっている可能性など、深刻な倫理的・社会的問題を抱える(いわゆる紛争鉱物には指定されていないが問題視されている) 。
