【短編ファンタジー】エレメンタル・ロワイヤル #7
第6章:白紙の設計図
ネオジム・ナイトの慟哭が響いた旧選鉱・精錬プラント跡から離れた、アリーナXの中枢部と思しきエリア。そこには、鉱山の管理運営や、あるいは極秘の研究開発を行っていたであろう施設の残骸が広がっていた。半壊したドーム状の建造物の内部は、かつてクリーンルームであったかのように白い壁面パネルが張り巡らされているが、今はその多くが剥がれ落ち、埃と瓦礫に埋もれている。制御盤やサーバーラックの残骸が散乱し、不気味な静寂が支配していた。
一体のナイトが、慎重にその研究施設跡へと足を踏み入れた。彼の装甲「Ta-ガーディアン」は、タンタルの金属光沢を持つ濃い青灰色で、極めて高い耐食性と耐熱性、そして何より、外部からのエネルギー干渉を受けにくい安定性を誇る。タンタル・ナイト。その両腕には、エネルギーを蓄積・放出するための大型コンデンサ・ユニットが搭載されているのが特徴的だ。
【Ta-ガーディアンの特性】
タンタル(Ta)は高融点(約2996℃)、極めて優れた耐食性(特に酸に対して)、そしてその酸化皮膜が示す高い誘電率を特徴とする金属。Ta-ガーディアンは、これらの特性を活かした重装甲に加え、タンタルコンデンサの原理を応用した大容量エネルギー貯蔵・放出システムを持つ。化学プラントや高温環境での活動を想定される他、電子機器(特に高性能コンデンサ)におけるタンタルの重要性から、電子戦やエネルギー兵器への耐性・対抗能力も有するとされる。
(…ここは、動力制御室か、あるいはデータセンターの跡か。エネルギー源、あるいは情報があるかもしれん)
タンタル・ナイトは、施設の深部へと進む。彼の目的は、このロワイヤルを生き残ることだけではない。可能であれば、主催者側の情報を掴み、所属する組織へと持ち帰ること。そして、あわよくば、このアリーナの制御システムにアクセスし、エネルギー供給を掌握することだった。彼は、そのために必要なエネルギーを、道中の戦闘や環境エネルギーから腕部のコンデンサ・ユニットに蓄積してきていた。
中央の、ひときわ大きなサーバーラックの残骸に近づいた時、彼は別の気配を察知した。ラックの陰から、もう一体のナイトが姿を現す。
装甲の色はタンタルと似た灰色だが、より金属的な光沢が強い。肩や胸部には、極低温冷却ユニットと思しき機構が見える。そして何より、彼が発する微弱なエネルギーフィールドは、タンタル・ナイトのセンサーにとって奇妙な「ノイズ」として感じられた。ニオブ・ナイト。タンタルとしばしば比較され、競合する元素の名を持つ騎士。
【Nb-イージスの特性】
ニオブ(Nb)は、タンタルと性質が似ており、同じく高融点(約2477℃)、高耐食性を持つ。最大の特徴は、特定の合金(NbTiなど)や化合物(Nb3Snなど)が極低温で超電導状態になること。Nb-イージスは、耐熱耐食装甲に加え、この超電導特性を応用した特殊システムを搭載している。瞬間的に極低温状態を作り出し、超電導現象を利用することで、強力な磁場の生成・偏向・無効化や、高エネルギー粒子の防御、さらには限定的なエネルギー吸収・転換が可能とされる。MRIの超電導磁石や、高張力鋼・超合金への添加剤としての利用が背景にある。
「…タンタルか。貴様も、まだ生きていたとはな」ニオブ・ナイトが、やや皮肉っぽい口調で言った。「物好きなことだ。こんなガラクタ置き場で何を探している?」
「貴様こそ、ニオブ。徘徊するしか能がないのか? それとも、主催者様に媚びへつらって、情報を漁っているのか?」タンタル・ナイトも応酬する。彼らは、かつて同じ開発プロジェクトに籍を置きながら、タンタル派とニオブ派に分かれて次世代ナイトの主導権を争った過去があった。特にエネルギー制御技術において、タンタルのコンデンサ技術とニオブの超電導技術は、常に比較対象とされてきた。
「どちらが『次』を担う元素か、ここで決着をつけるのも一興かもしれんな」ニオブ・ナイトの周囲の温度がわずかに下がったように感じられた。装甲の冷却ユニットが稼働し、超電導システムが起動準備に入った兆候だ。
「望むところだ。貴様の不安定な超電導システムと、私の安定したエネルギー制御、どちらが優れているか、証明してやろう」タンタル・ナイトも腕部のコンデンサ・ユニットを起動。蓄積されたエネルギーが青白い光を放ち始める。
先に仕掛けたのはニオブ・ナイトだった。彼は右手をサーバーラックに向け、超電導磁石の応用か、強力な磁場パルスを発生させた。しかし、それは攻撃ではなく、ラックの残骸をタンタル・ナイトに向かって吹き飛ばすためのものだった!
タンタル・ナイトは、飛来する巨大な金属塊に対し、腕部のコンデンサから蓄積エネルギーの一部を指向性エネルギー弾として放ち、空中で粉砕する。爆風と破片が周囲に飛び散った。
「芸がないな、ニオブ。力任せか?」
「貴様のエネルギーを消耗させるには十分だ」ニオブ・ナイトはそう言うと、自身の周囲に特殊なフィールドを展開した。タンタル・ナイトのセンサーが捉えるエネルギー反応が、そのフィールド内で急速に減衰していく。超電導現象を利用したエネルギー吸収フィールドか?
(厄介な…!)
タンタル・ナイトは接近戦を決意した。エネルギー攻撃は吸収される可能性がある。ならば、蓄積エネルギーを直接物理的な力に変換し、打撃で貫く。彼は床を蹴り、ニオブ・ナイトへ突進した。コンデンサから腕部の装甲へエネルギーが流れ込み、拳が青白い光を纏う。
ニオブ・ナイトは、それを予測していたかのように、自身の周囲の床に極低温状態を作り出した。タンタル・ナイトが踏み込んだ瞬間、床の金属が脆性破壊を起こし、彼の体勢がわずかに崩れる。
その隙を突き、ニオブ・ナイトは超電導磁場を偏向させ、タンタル・ナイトの突進の軌道を逸らした。タンタル・ナイトの拳は、空しく横の壁を砕く。
二人の戦いは、互いの能力の特性を知り尽くした、高度な技術戦の様相を呈していた。エネルギーの放出と吸収、磁場の生成と無効化、高温と極低温。それはまるで、最先端材料の性能評価試験を実戦で行っているかのようだった。
激しい攻防の中、タンタル・ナイトはニオブ・ナイトを蹴り飛ばし、サーバーラックの残骸に叩きつけた。ラックの一部が崩れ、損傷したコンソールパネルが露出する。一瞬、そのパネルのスクリーンが明滅し、断片的な文字が表示された。
『…Elemental Royale - Phase 6 - Combat Data Analysis…』
『Subject Nd/Dy: Decommissioned. High magnetic flux leakage confirmed. Support unit vulnerability...』
『Subject W: Optimal performance in physical stress test. Magnetic resistance exceeds threshold...』
『Next Phase Objective: Evaluate synergistic effects / forced cooperation protocols...』
『Warning: Unauthorized access detected in Sector T-Nb Area... System integrity...』
(『…エレメンタル・ロワイヤル - フェーズ6 - 戦闘データ分析中…』
『被験体 Nd/Dy: 機能停止処理済。高磁束漏洩を確認。サポートユニット脆弱性…』
『被験体 W: 物理的ストレステストにおいて最適性能を発揮。耐磁性能、閾値(しきいち)超過…』
『次フェーズ目標: 相乗効果 / 強制協力プロトコルの評価…』
『警告: セクター T-Nb エリアにて未許可アクセスを探知… システム整合性…』)文字はすぐにノイズに掻き消されたが、タンタル・ナイトと、体勢を立て直したニオブ・ナイトは、その断片的な情報を確かに目にしていた。
(やはり、これは実験…! 我々はデータ収集のためのモルモットか!)
(強制協力プロトコル…? 次は何をさせる気だ…?)
二人の間に、一瞬の動揺が走る。主催者の目的の一端が垣間見えたことで、この戦いの意味合いが変わり始めていた。
「…見たか、タンタル」ニオブ・ナイトが言った。「我々は、ここで争っている場合ではないのかもしれんな」
「…同感だ。だが、この状況で貴様を信用できると?」タンタル・ナイトは警戒を解かない。
その時、施設の奥から、新たなシステム音が響き渡った。それは、先ほどの「排除」「機能停止処分」のアナウンスとは異なる、けたたましい警報音だった。
『警告。アリーナX内、未許可領域への侵入者を確認。レベル4セキュリティ・プロトコルを起動します』
『全稼働ナイトに通達:侵入者を排除、または無力化せよ。成功者には、生存に関するアドバンテージを付与する』
警報音と共に、施設の壁や天井から、無数の小型ドローンや、タレット型の自動兵器が出現し始めた。それは明らかに、この場にいるタンタル・ナイトとニオブ・ナイトに向けられたものではなかった。別の「侵入者」がいる? それとも、主催者が新たな「イベント」を開始したのか?
タンタル・ナイトとニオブ・ナイトは、互いを見据えたまま、急速に展開する新たな脅威に備え、再び戦闘態勢をとる。敵は誰なのか? そして、この状況で、彼らは一時的に手を組むのか、それとも互いを排除し、主催者の「アドバンテージ」を得ようとするのか。選択の時は、迫っていた。
【第6章 制作ノート】


元元素: タンタル (Ta)。原子番号73の遷移金属。
特性: 高融点(約2996℃)、化学的に極めて安定で優れた耐食性を持つ。延性があり加工しやすい。酸化皮膜が高い誘電率を示すため、小型高性能なタンタルコンデンサの電極材料として電子機器(スマホ、PC等)に不可欠。耐食性を活かし化学プラント、耐熱・高強度特性から超合金(ジェットエンジン部品)、生体適合性から医療用インプラントにも利用される。
作中での応用: 高耐久装甲。エネルギー貯蔵・放出(コンデンサ機能)。電子・エネルギー攻撃への耐性。
現実世界の課題: ニオブ(Nb)と共に産出されることが多く(コルタン鉱石など)、分離が難しい。主要産地はDRC、ルワンダ、ブラジルなど。タングステン同様、紛争鉱物としての側面も持つ。

元元素: ニオブ (Nb)。原子番号41の遷移金属。タンタルと同族。
特性: タンタルに似て高融点(約2477℃)、耐食性、耐熱性に優れる。最大の応用は鉄鋼添加剤で、鋼の強度・靭性を向上させるため高張力鋼(自動車、パイプライン)などに少量添加される。超合金(ジェットエンジン)にも使われる。チタンとの合金(NbTi)やスズとの化合物(Nb3Sn)は超電導材料としてMRIやリニアモーターカーの超電導磁石に不可欠。
作中での応用: 高耐久装甲。超電導現象を利用した磁場制御・エネルギー吸収/偏向。
現実世界の課題: 主要生産国はブラジル(世界の約9割)、カナダ。タンタルと共に産出されることもあるが、資源の偏在性はタンタル以上とも言える。製鉄業や超電導技術の基盤となる重要な金属。
