いつも元気でいようとするのをやめました。
昔の私は、毎日元気でいなければいけないと思っていました。
ポジティブでいること。
頑張っていること。
元気でいること。
そんな自分でいることが、良いことなのだと信じていました。
振り返ると、少し無理をして笑っていたような気がします。
本当は疲れていても、「大丈夫」と言ってしまう。
少し寂しくても、笑顔でいる。
そんな癖が、いつの間にか身についていました。
子どもの頃の私は、おとなしく、少し引っ込み思案な性格でした。
母はそんな私を見て、「もっと積極的になりなさい」と声をかけてくれました。
きっと私に、自信を持って明るく生きてほしいという願いがあったのだと思います。
その言葉を受け取った私は、「元気で明るい人のほうが価値があるんだ」と、いつの間にか思うようになっていました。
だから、落ち込む日は「こんな自分ではだめだ」と責めていました。
でも、年齢を重ねるにつれて思うようになったのです。
毎日同じように元気でいられる人なんて、きっといません。
不安になる日もある。
何もしたくない日もある。
理由もなく心が重たい朝だってあります。
それは弱さではなく、生きているからこそ起こる、ごく自然なこと。
庭に生える野草を見ていると、それを教えられます。
雨の日は静かに雨を受け、
暑い日は葉を少し垂らし、
寒い冬には地上から姿を消しても、春になるとまた芽を出します。
「今日も元気に咲かなければ。」
そんなふうに無理をしている野草は、一つもありません。
自然は、自分のリズムに逆らわないのです。
人も、本当は同じなのかもしれません。
元気な日はよく笑い、
疲れた日はゆっくり休む。
泣きたい日は泣いて、
何もしたくない日は、何もしなくてもいい。
そうやって季節のように心が移り変わるからこそ、人はまた歩き出せるのだと思います。
最近の私は、「頑張ること」よりも「自然でいること」を大切にしています。
風が吹けば揺れ、
雨が降れば濡れ、
太陽が出れば、また顔を上げる。
そんな野草のような生き方に、どこか憧れています。
強くなくてもいい。
いつも笑っていなくてもいい。
無理をして笑わなくてもいい。
ただ、自分の命のリズムを信じて生きていく。
それだけで、人は十分美しいのではないでしょうか。
ジェーン・スーさんの『おつかれ、今日の私。』は、がんばり屋さんの心にそっと毛布をかけてくれるようなエッセイ集です。日中溜め込んだ小さな我慢や、言葉にならないモヤモヤを「それでいいんだよ」とまるごと受け止めてくれます。
➡『おつかれ、今日の私。』

