ソ連崩壊前からロシアとウクライナを考えてみる2 オレンジ革命
前回は第二次大戦~グルジアのバラ革命までの流れを見ていきました。今回は2004年のオレンジ革命とその後の親米政権がどのようなものだったかを見ていきます。
2004年11月 オレンジ革命
2004年11月21日、ウクライナで大統領決選投票が行われました。結果から言うと野党ユーシェンコ候補の勝利。
キエフで与党ヤヌコビッチ候補の不正を主張する大規模デモが発生。やり直し選挙を行うが再びヤヌコビッチ候補が勝利。しかし収まらない野党支持者が再びデモを起こし2度目!のやり直し選挙を実施した結果でした。
カラー革命のテンプレート
不正選挙の大規模デモはセルビア、ベラルーシ(失敗)、グルジアに続く4カ国目のカラー革命でしたが、オレンジ革命も同じパターンでした。
・野党陣営は前もって首都での大規模な政治集会を組織する
・米国のシンクタンクやソロスのオープンソサエティが選挙監視にあたる
・テレビ局が野党候補有利の出口調査を放送する
・親米候補の敗北で不正選挙を指摘、大規模デモ開始
選挙監視団の評価
大規模デモは不正選挙が発端でしたが、選挙監視団の主張は以下のとおり。
ウクライナ政府(現職候補)は広範囲な選挙不正を行ったと主張
・欧州安全保障協力機構 OSCE
・共和党国際研究所 IRI
ヤヌコビッチ候補による不正の指摘
・政府側の選挙管理委員会は特殊なインクを使用しユーシェンコに入れた票が白票に変わってしまった
ウクライナ政府が選挙不正を行った兆候はない、むしろ野党候補こそ選挙不正を行っていたと主張
・独立系人権団体 BHHRG
ユーシェンコ候補による不正の指摘
・OSCEのアドバイスで透明の投票箱を使用
・野党機関紙「トーチカ・ゾラ」の記者が各投票所に配置
・透明の投票箱の前でヤヌコビッチへ投票する人を威圧した
・野党系の若者が投票所の入り口で与党支持の有権者を排除
・ユーシェンコ支持者が出口調査を実施。ヤヌコビッチ支持者を黙らせた
ウクライナの東西対立
こうして2回のやり直し選挙で親米の野党ユーシェンコ候補が勝利しましたが両候補がそれぞれ西部地区・東部地区の代表というような立ち位置だったため、それまで統一されていた東西ウクライナの対立が一気に高まりました。
ユーシェンコが勝ってウクライナがEUに接近した場合、EUの安価な製品が流れ込み東部地域の産業が壊滅する恐れがあります。ヤヌコビッチが最初の2回当選したのは、そんな状況からロシア系・ウクライナ系を問わずヤヌコビッチを支持する傾向が強かったためです。
東部の諸都市ではこの結果に備えウクライナの中で自治を持った共和国になるための住民投票を行う準備を開始するのでした。
ウクライナ民主主義の戦いのウソ
2004年11月30日 田中 宇
2005年~ ユーシェンコ政権
親米のユーシェンコ政権となったウクライナですが、大統領と首相の権力闘争や汚職腐敗で国民の暮らしは一向に良くなりませんでした。
ガスの王女 ティモシェンコ
2005年2月、ユシチェンコ大統領に首相代行に指名されたティモシェンコは正式に首相となりました。しかし大衆迎合的な発言やユシチェンコ大統領との対立で9月には解任されてしまいます。その後、2007年の議会選挙で議席を伸ばし再び首相に返り咲きます。
このティモシェンコ、ロシア産ウクライナ向けのガス卸会社を経営し「ガスの王女」と呼ばれていました。脱税や不正入手のガス再販などによりロシアで指名手配を受けていました。2001年には文書偽造やガス密輸でウクライナ国内でも逮捕された人物です。
ユーリヤ・ティモシェンコ Wikipedia
ロシア関係悪化~経済困窮
オレンジ革命以降、親米のウクライナ政府とロシアの関係はすっかり冷え込んでしまいました。ウクライナ経済を支えていたのは東部地区の工業地帯で主にロシア向けの製品を作っていましたが、関係悪化によりロシア向けの輸出の激減、ロシア産天然ガスの輸入価格の引上げなどでウクライナ経済は困窮を極めます。
2009年 権力闘争・経済危機
ウクライナ経済が苦境に陥る中、ユーシェンコ大統領とティモシェンコ首相の国民を顧みない権力闘争が続きます。腐敗した政権運営にIMFとの政策協議は停滞し援助が打ち切られる可能性まで出てきてしまいました。
ロシアのガス供給停止
ロシアから欧州へのガス供給はウクライナを通るパイプラインが使われます。まず需要の無い夏場に西ウクライナの貯蔵施設にガスを貯め、需要が出てくる冬場に欧州へ送ります。ロシアから先に仕入れて後で欧州に販売するため先に資金が必要になります。その資金はウクライナの政府系金融機関が融通していました。ところがその金融機関がユーシェンコ大統領の支援者だったことをティモシェンコ首相が知り、金融機関を廃止にしてしまいます。
ロシアはガス代金が支払われないとガスを止めてしまいます。これは欧州にとっては死活問題。欧州やIMFは大騒ぎ、日本でもニュースになりました。
オレンジ革命で誕生した親米政権は国益よりも私益が優先され権力闘争に明け暮れる始末。一向に良くならない暮らしに国民は嫌気がさし、2010年の大統領選挙では親露のヤヌコビッチが勝利することになります。先のロシア産ガス停止の問題もIMFがつなぎ資金の供給を行いヤヌコビッチ政権の安定を見て一旦解決するのでした。
