【シロクマ文芸部】休みの日
休みの日だから、外に出てはいけないよ。
朝になると、彼女はそう言って台所に消えていく。僕はいつも通りソファに座って、天井の模様を眺める。
窓にカーテンはない。
代わりに、外気を遮る分厚い防塵シートがぴんと張られている。
外の様子は、ほとんどわからない。
彼女は僕に、必要なことをすべて教えてくれた。
僕はニンゲンで、彼女がアンドロイドだということ。
彼女は僕の世話をするためにいるのだということ。
「休みの日」は人がいっぱい集まるから、家の外に出てはいけないということ。
日々の生活に疑問はなかった。
たとえ毎日が「休みの日」で、一度も外に出たことがなかったとしても。
僕は生まれたときからここにいて、話し相手は彼女とテレビだけだったから。
*
ある日、テレビに真っ白なユリの花が映った。
「きれい……」
彼女がそれを見て、ぽつりと漏らした。
その声音に、胸の奥がざわついた。
彼女を喜ばせたい、と思った。なにかをしてあげたくてたまらなくなった。
ユリの花。調べてみると、この辺りにはかつて自生していたという記録が残っている。
外に出るには鍵が必要だったが、数日前に棚の奥で偶然見つけていた。
こっそり鍵を持ち出して、玄関に向かった。
危ないかもしれないけれど、少しならきっと大丈夫。
鍵を回して、重い扉を開ける。
途端、腐ったような、焦げたような匂いが纏わりついてきた。
生温い空気がのしかかってくる。
空は灰色で、太陽の気配はなかった。植物の姿はなく、建物は骨のように崩れていた。
何もかもが、死んでいた。
「どうして」
振り返ると、彼女がいた。
肩で息をしながら、茫然とこちらを見ている。
「戻って……」
かすれた声で、僕を呼ぶ。
その場に崩れるように座り込む彼女を、僕は慌てて抱きとめた。
彼女の頬はユリよりも白く、身体はひどく冷たかった。
急いで部屋に戻り、床に寝かせる。
彼女はアンドロイドだから、きっと僕でも直せるはず。
そう信じて布を裂き、パネルを開くように腹部に切れ目を入れた。
温かかった。
表面は、こんなに冷たいのに。
中には柔らかい臓器がみっしりと詰まっていて、どぷり、と赤いなにかが流れだした。
ニンゲンの、色だった。
*
すっかり冷たくなった彼女の隣で、僕は自分の腹を開けた。滑らかな肌の下、整然と並んだ歯車たち。
彼女の中にあった柔らかさも温かさも、僕の中にはどこにもなかった。
彼女の部屋には、今まで入ったことがなかった。けれど今は、そこに何かがある気がして、そっと扉を開けた。
そこで見つけた、一冊のアルバム。
アルバムには乙女のようにはにかむ彼女と、僕によく似た少年の写真。
写真には、何度も見返した跡があった。
きっと彼女は、彼女のために僕を作ったのだろう。
この荒廃した世界で、ひとりきりにならないように。
*
あれからどのくらいの時間が経ったのだろう。
時間の数え方も曖昧になった頃。
外の空気が少しずつ変わってきた。
空はまだ白んでいたけれど、風の匂いが、ほんの少し柔らかくなってきた。
ユリの花を見つけたのは、その頃だった。
瓦礫の隙間から、凛と茎を伸ばしていた。
それからさらにどのくらいの時間が経ったのか。
今、僕はユリの花畑の真ん中にいる。
僕はそこで、静かに彼女のことを思い出す。
二人きりの「休みの日」を過ごしたあの日々を。
(1330文字)
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