見出し画像

【シロクマ文芸部】休みの日

休みの日だから、外に出てはいけないよ。
朝になると、彼女はそう言って台所に消えていく。僕はいつも通りソファに座って、天井の模様を眺める。

窓にカーテンはない。
代わりに、外気を遮る分厚い防塵シートがぴんと張られている。
外の様子は、ほとんどわからない。

彼女は僕に、必要なことをすべて教えてくれた。
僕はニンゲンで、彼女がアンドロイドだということ。
彼女は僕の世話をするためにいるのだということ。
「休みの日」は人がいっぱい集まるから、家の外に出てはいけないということ。

日々の生活に疑問はなかった。
たとえ毎日が「休みの日」で、一度も外に出たことがなかったとしても。
僕は生まれたときからここにいて、話し相手は彼女とテレビだけだったから。



ある日、テレビに真っ白なユリの花が映った。
「きれい……」
彼女がそれを見て、ぽつりと漏らした。

その声音に、胸の奥がざわついた。
彼女を喜ばせたい、と思った。なにかをしてあげたくてたまらなくなった。

ユリの花。調べてみると、この辺りにはかつて自生していたという記録が残っている。
外に出るには鍵が必要だったが、数日前に棚の奥で偶然見つけていた。

こっそり鍵を持ち出して、玄関に向かった。
危ないかもしれないけれど、少しならきっと大丈夫。

鍵を回して、重い扉を開ける。

途端、腐ったような、焦げたような匂いが纏わりついてきた。
生温い空気がのしかかってくる。
空は灰色で、太陽の気配はなかった。植物の姿はなく、建物は骨のように崩れていた。
何もかもが、死んでいた。

「どうして」

振り返ると、彼女がいた。
肩で息をしながら、茫然とこちらを見ている。

「戻って……」
かすれた声で、僕を呼ぶ。
その場に崩れるように座り込む彼女を、僕は慌てて抱きとめた。
彼女の頬はユリよりも白く、身体はひどく冷たかった。

急いで部屋に戻り、床に寝かせる。
彼女はアンドロイドだから、きっと僕でも直せるはず。
そう信じて布を裂き、パネルを開くように腹部に切れ目を入れた。

温かかった。
表面は、こんなに冷たいのに。
中には柔らかい臓器がみっしりと詰まっていて、どぷり、と赤いなにかが流れだした。
ニンゲンの、色だった。



すっかり冷たくなった彼女の隣で、僕は自分の腹を開けた。滑らかな肌の下、整然と並んだ歯車たち。
彼女の中にあった柔らかさも温かさも、僕の中にはどこにもなかった。

彼女の部屋には、今まで入ったことがなかった。けれど今は、そこに何かがある気がして、そっと扉を開けた。
そこで見つけた、一冊のアルバム。
アルバムには乙女のようにはにかむ彼女と、僕によく似た少年の写真。
写真には、何度も見返した跡があった。

きっと彼女は、彼女のために僕を作ったのだろう。
この荒廃した世界で、ひとりきりにならないように。



あれからどのくらいの時間が経ったのだろう。
時間の数え方も曖昧になった頃。

外の空気が少しずつ変わってきた。
空はまだ白んでいたけれど、風の匂いが、ほんの少し柔らかくなってきた。

ユリの花を見つけたのは、その頃だった。
瓦礫の隙間から、凛と茎を伸ばしていた。

それからさらにどのくらいの時間が経ったのか。
今、僕はユリの花畑の真ん中にいる。
僕はそこで、静かに彼女のことを思い出す。

二人きりの「休みの日」を過ごしたあの日々を。

(1330文字)

前回のお題はこちら⇩


*この記事は下記企画に参加しています*

いいなと思ったら応援しよう!