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犬の死とこれから犬を飼おうとしている人々に伝えたいことを書く|すがゆう生花店への感謝を添えて

2025年の冬が終わろうとする頃、家で飼っていた犬が天寿を全うした。元々消化器系の病気を抱えており、この1~2年は2週間~3週間程度の頻度で釜石市の釜石どうぶつ病院に通院していたため、いつ亡くなってもおかしくないと考えており、その時が来たと感じていた。

当時は山火事がようやく落ち着き、従前の生活に戻ろうかという時期だった。偶然にも家族全員と過ごす時間を持てた後に亡くなったため、いわゆる孤独死のような形にせずに済んだ。最後は筆者の腕の上でその生涯を終えている。


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犬の最期について語り、これから犬を飼おうと考える人々に言葉を贈る

自分で言うことでもないが、本犬にとって、いくらかマシな最期だったのではなかろうか。山火事がなければ、なお良かったと言おうか、恐らくもういくらか長く生きたのでないかと思う。避難生活によって振り回してしまった形であり、大きなストレス、負担に晒されたことが、病状を悪化する要因になったと考える。

とはいえ、4~5年程度前に消化器系の病気が発覚し、通常は1年程度で亡くなると言われていた。そこから今年まで生きられたのは、半ば奇跡に近い。小さな身体でよく持ち堪えたと言おうか、十分以上に頑張ったと言わざるを得ない。

もともと親族が飼った(買った)犬で、親族が面倒をあまり見られなくなり、在宅で仕事をしていた筆者と過ごす時間が長くなったために、筆者が面倒を見る形になった。自身の飼っているわけでない犬のために強いられた制限が多く、生活面も半ば犬に合わせる形を取っていた。

通院やトリミング費、餌代等、負担した費用は、飼い主が費やした金額の比ではない額に跳ね上がったが、飼い主にあまり相手にされなくなったのが不憫であったこと、基本的に常に一緒にいたことから、何一つ持っていない責任に対する責任感のようなものだけで、最期のときまで連れ添っている。

筆者が資金を融通しなければ通院を満足に行えなかったことから、筆者はほぼほぼ犬のために金を稼ぎ続けていた。犬が亡くなった今、金を稼ぐ理由を失い、この先どうして良いか悩んでいる。稼ぐ理由なしに金を稼ぎ続けるのは、存外難しい。金を稼ぐくらいしかない人生なので、余計に悩んでいる。

犬と共に生活した期間は、8~9年程度だろうか。あまりよく覚えていないが、10年はいっていない。犬の生涯は13年少しだったため、飼い主よりも犬と一緒にいる期間が長かった。犬にとって、筆者は膝枕であり、腕枕だったため、ある種飼い主よりも身近な存在だったのだと思う。

直近半年程度は、死期の訪れを察していたのか、筆者と離れることを過度に嫌がるようになっており、犬の感覚というものに感心しさえした。とはいえ、犬がいなければ筆者とて独りと大差ないのだから、一定の感謝はしている。安らかに眠ることを願ってやまない。

犬との8~9年にわたる生活をして、一つ強く言いたいのは、最期まで責任を持って飼う覚悟がないのであれば、飼うべきでないということである。なし崩し的に面倒をみることになり、金額にすれば100万円を超える額の費用を負担した。

これは本来、飼った(買った)飼い主が負うべき額であるし、犬を一匹にしないために惜しんだ労の一切も飼い主が負うべきものでしかない。飼い主の代わりに、筆者は自身の資金と時間を注ぎ込み、犬がいなければあっただろう機会の多くを失っている。

筆者の意思で犬を飼った(買った)のであれば、この点について何を思うこともないが、筆者の犬ではない。恐らく世の中には、筆者と似たような状況にある人々もいるのであろう。そうした人々を生まないためにも、犬はもちろん、犬以外でもペットを飼う(買う)際には、10~20年の自分の資金と時間を捧げる覚悟を持って欲しいとすべての犬の飼育を考える人々に伝えたい。

大体、膝の上で眠っていた
夜~朝は人の隣で眠っていないと気が済まない犬だった
起きているときは、筆者が食べる食べ物を狙っていた

すがゆう生花店で購入したプランターで亡くなった犬を供養する

犬が亡くなった後、犬の供養をどうしようか考えた。庭に埋めようかと思ったが、生憎、山火事で燃えた残骸が庭を埋め尽くしており、とてもではないが埋められる状態でない。なお、2025年7月6日現在も山火事の瓦礫は残ったままであるため、この案は起用しなくて良かった。

マスメディアで取り上げられる機会が減ったため、多くの人々にとって山火事の被災地の現状は分かり難くなっているので少しだけ触れると、現状、多くの瓦礫は残ったままである。被災者の復旧活動に支障を来しており、一体全体行政(岩手県、大船渡市)は何をやっているのかと疑問や不満の声を数多く耳にする状況である。

庭に埋める案を排除したことから、別の案を考える必要があった。そもそも生前の犬の様子を考えるに、いつ住人が居なくなるともしれない庭に埋めるのは余り好ましくないと考えていた面もあり、ある程度移動を可能にしたいと考えた。

常に誰か人の居る家、敷地内に運べるようにしたい。そのため、寺社で供養する案も消えた。情報を探り、たどり着いたのがプランターに遺骨を埋める方法である。遺骨をアクセサリーにする案も考えたし、常に肌にくっついていた犬の姿を思い起こすと良いようにも思えたが、アクセサリーは紛失リスクが高い。

何より、遺骨を砕くという工程を入れたくなかった。好き好んで骨を砕かれたくはなかろうと思ったのである。そうしてたどり着いたプランターに遺骨を埋める案だが、次に考えたのは、どんなプランターにするかだ。加えて、そのプランターに何を植えるかである。

植える物は、観葉植物が好ましいだろうという点、気候条件から枯れ難そうなものが好ましいだろうという点からガジュマルを念頭に置き、実際に購入したが、金は出さないくせに口は出す親族から待ったがかかった。そのため、プランターには何も植えないという方向に落ち着いた。

プランターについては、朽ちにくいこと、割れにくいこと、チープでないことを念頭に置き、ブリキ製のプランターが良いと考え、探し回ることにした。最終的に、一関市のすがゆう生花店に行き、事情を説明したところ、まさにこれが好いと思えるものに出会えた。

犬の遺骨を埋めたいという奇妙な相談に対して、明るく丁寧にお話を伺っていただき、素敵なプランターを提案いただいたすがゆう生花店には感謝するばかりである。何店舗か探し回り、あまり好いと思えるものに出会えなかったので、出会えたときは運命かと思うほど、感謝の念がこみ上げた。

最後に、プランターに何も植えないことになったため、せめてお墓を置こうと考え、お墓になるようなものを探した。最終的にAmazonで見つけた以下のものを取り寄せ、お墓にすることにしている。

やはり親族からは若干ながら不況を買ったが、もはや相手にしていられないので、これで最終案とした。その後、遺骨箱から遺骨をプランターに移す日取りを調整し、ようやくプランターに埋め、土に還すことができたのが今日である。

犬のお墓

犬の遺骨は、そのまま遺骨箱に入れておくとカビが生えると聞いていたので、梅雨前には行いたかったが、様々な事情が重なり、今日までできなかった。何とかカビが生える前に土に還すことができてホッとしている。改めて、安らかに眠ってくれることを願って止まない。

ところで、実家に犬が居ないのは、30年振りくらいになる。東日本大震災後、津波で親戚の家が流失したことで、親戚の犬を実家で面倒を見ることになった期間があり、その犬が亡くなる前後で今回の犬が実家に持ち込まれ、今に至った。気付けば30年近く途切れず犬が居た。

元々筆者は犬が好きなわけでないのと、流石に疲弊しているので、今後飼うことはないと考える。実家にしたところで、もう何匹も見送ってきており、流石にこれ以上は飼いたくないと話している。そのため今回の犬が、筆者、そして実家にとっては最後の犬になったと考える。今にして思えば、随分と長い飼育生活だった。

※有料部分はnoteの仕様に鑑みて作成したものであり、以下はテンプレート程度しか記載されていません(購入いただけるとありがたい一方で、購入いただいて得られるものはないです)


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