子どもたちの姿を通じて街の希望を感じる|劇団「横綱チュチュ」小笑SHOW公演「サヤエンドウじいさん」in 泊まれる古本屋山猫堂(岩手県陸前高田市)
幸せな景色が広がっていた。一人、また一人と子どもたちが集まり、親子で庭が埋め尽くされる。旧き良き日本の姿が、築180年の古民家の前に帰ってきたかのような。そんな郷愁にも似たほろ甘い心地が咲く景色だ。
2026年6月7日。岩手県陸前高田市の泊まれる古本屋山猫堂で、劇団「横綱チュチュ」小笑SHOW公演「サヤエンドウじいさん」が開催された。総勢30名超、子どもだけで10名以上の人が訪れ、少子化を感じさせない景色が広がった。
舞台の幕が開き、嘘つき爺さんのイェジーが嘘を繰り返す躍動感のある場面が続く。可愛らしい姿をした魔法使いのサヤエンドウじいさんが現れて尚、イェジーの嘘は止まらない。
幸せを探すの旅の中で、イェジーは何度も何度も苦難にぶつかり、命さえ失われかける。それでも彼は嘘を止めない。そんな文章だと苛立ちを覚えそうになる展開が、ユーモラスに演じられ、見る者たちの笑いを誘う。
イェジーは最後に自身を悔い改めるのだけれど、そこには自身の命よりも優先される愛が見て取れる。ただ笑えるだけではない、考えさせられるテーマが最後に映し出された。
子どもは終始愉しく見ていられ、大人は終始考えさせられる。なんと素晴らしい公演だろうか。山猫堂で行われた劇団「横綱チュチュ」による公演は今回で4回を数える。来年、きっと5回目が見られるだろう。今から楽しみでならない。
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子どもを通じて陸前高田市の希望を感じる時間|劇団「横綱チュチュ」小笑SHOW公演「サヤエンドウじいさん」in 泊まれる古本屋山猫堂(岩手県陸前高田市)
岩手県陸前高田市は、決して人口が多くないけれど、子どもの姿がよく見られる。街としてコンパクトな影響もあろうけれど、子ども同伴で行動するのが自然な雰囲気ができているようにも見える。

子宝、子どもは地域の宝といった言葉が昔から語られているけれども、現代の状況を思えば、その言葉は重みを増して感じられるようにも思う。結婚も出産も個人の自由であるけれど、人々が結婚・出産・育児をしていかなければ、地域が、国が滅びに向かう。
少子化が問題だと語られる一方で、それがどれだけ深刻な問題なのかはあまり語られない。現実に水道さえ維持できなくなっている地域が現れている中で、誰もが自分には関係ない遠い世界の話だと感じている。
水道の利用を維持できなくなる、電気設備の利用を維持できなくなる、道路を維持できなくなる、医療や福祉を維持できなくなるなどなど、そうした暮らしに直接問題をもたらすのが少子化だ。
地方消滅なんて言葉がかつて話題になったけれど、実際のところ少子化によって地方は消滅する。生活インフラを維持できなくなった地域で人々は暮らせなくなるからだ。退出を余儀なくされる。
テクノロジーが人口減少をカバーするなどと妄想を語る人々もいるけれど、あまりにも世の中を見られていない。そもそもそのテクノロジーは、インフラが十全に機能しているからこそ利用できるものだ。
人の数はそのもの力であり、人の暮らしを支える基盤である。子どもの数がこのまま減っていくならば、恐らく住民を生活させられなくなる自治体が出てくるだろう。集落単位で見れば、そうしたところは既に出始めてきているように見える。
そんな絶望的な現代の日本において、行く先々で子どもたちの姿を見られる陸前高田市は、どこか希望のような光を感じられる。数字だけを見れば厳しい状況なのは間違いない。
けれど、まだ何とかできるんじゃないか、そう思わせてくれる景色を見られるのだ。それは、そこで暮らす人々を絶望させない点で、とても素晴らしいことだと思う。
かつて、東日本大震災で発生した津波によって中心市街地のすべてが流失し、甚大な人的被害を受けた陸前高田市。その街の至るところで子どもの姿ーー未来への希望が見られる。
ある種、これこそが復興の一つの形でなかろうか。泊まれる古本屋山猫堂で開催された劇団「横綱チュチュ」小笑SHOW公演「サヤエンドウじいさん」を見ながら、ふとそんなことを想った。
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