旅人の席 〜アンダルシアの光と影〜

まだ僕が、旅の途中で小さなお酒のグラスを傾けていた頃の、少し前の記憶です。
見知らぬ街の路地裏で、僕は錆びついた鉄の扉を押しました。
お目当ては、旅人の間で「あそこへ行ったら必ず食べろ」と噂されていた、おそらくその店だけの名物料理です。
奥へ、光の射す場所へ
「それをご注文なら、こちらへ・・」
現れた女主人(セニョーラ)は、僕の顔をじっと見つめたあと、言葉少なに店の最も奥にある席へと手招きしました。
案内されたのは、まるでそこだけが別世界のような、不思議な空間でした。高い天窓から差し込む一本の光の束が、オリエンタルな刺繍の施されたテーブルクロスを鮮やかに照らし出しています。
『Espera con paciencia el momento。。』
「これを飲んで、静かに時を待ちなさい。。
(直訳?💦)」
彼女はそう言い残すと、僕の返事も待たずに、ずっしりとした切子(キリコ)風のグラスを置きました。
そして、琥珀色の重たい液体をなみなみと注いだのです。
スペインの南、アンダルシアの太陽が育てた銘酒――シェリーでした。
琥珀色の甘美な罠
そっと口をつけ、舌の上に一滴乗せてみる。 「メチャ……甘い💧」
それは、僕がそれまで知っていたどのお酒よりも濃厚で、超甘口の、まるで果実の蜜をそのまま煮詰めたような官能的な味でした。
とろりとした液体が喉を焼いていくと同時に、旅の疲れでガチガチの身体の芯が、じんわりと心地よく解けていくのがわかります。
壁のスピーカーからは、乾いたギターの弦の音――フラメンコの調べが、低く低く流れていました。
押し付けがましい歓迎はない。
けれど、このエキゾチックなテーブルの上のすべてが、
「旅人よ、観念してこの街の時間に身を委ねなさい」
と囁いているようでした。
そして:料理を待つ贅沢
僕は言われるがままに、甘いシェリー酒のグラスを弄(いじ)りながら、厨房から漂ってくる見知らぬ香辛料の香りに目を閉じました。
天窓の光が、グラスのカットに反射して、テーブルの上に複雑な光の幾何学模様を描き出していく。
今思えば、あの時待ち焦がれていたのは、料理そのものの味だけではなかったような気がします。
言葉の通じない店で、セニョーラの仕掛けた「しつらえ」に身を任せ、ただゆっくりと流れる時間を味わうこと。
そして目の前に広がるその彩りに心躍ること
それこそが、僕がはるばる国境を越えて探していた、旅という名の贅沢そのものだったのです。
遠くで、肉をアツアツのオイルに投入する美味しそうな音が響き始めました。
僕はスケッチブックを開くのも忘れ、ただ次の瞬間を待っていたのです。
いよいよ東京展始まります
🔶6月12日(金)~6月17日(水)
JR山手線 大崎駅北改札口隣接 O美術館にて
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