インドのシルク屋で組体操した話③ アグラ到着。列車での座席バトルとタージマハルで切腹
アグラへ向かう列車の中で、私は車内の全員を敵だと思っていた。
列車の座席バトル
さくら剛の本で、インドの列車では座席を我が物顔で奪うインド人が多いと予習していた。だから車内に入った瞬間から警戒センサーがMAXだった。
デリーを出てしばらく経った頃、私服に首からネームカードを下げただけの男が近づいてきた。車掌らしかった。らしかった、というのは、どう見ても車掌に見えなかったからだ。私服だ。ネームカードだけだ。インドではこれが車掌なのか。偽物じゃないのか。
その偽物っぽい車掌が、チケットを確認して我々の席が違うと言ってきた。
違わない。ここで引いたら負けだ。私は言い返した。車掌も引かなかった。言い合いになった。周囲の乗客たちがこちらを見ている。全員敵に見えた。
そこへ周囲の席の乗客たちが口を開いた。
本当に席が違うよ、と言っていた。敵じゃなかった。ただ教えてくれていた。
車掌が降りろと言った。するとまた周囲の乗客たちが車掌に向かって何か言い始めた。外国人だからわからなかっただけだ、乗せてあげてくれ、と頼んでくれていた。
結果、我々はそのまま乗り続けることができた。周りの乗客たちにありがとうと言った。みんな笑っていた。
車内の全員を敵だと思っていた。実際には誰も敵ではなかった。席を教えてくれようとしていただけで、外国人のために車掌に口を利いてくれた。インドに来てまだ2日目だった。疑うことが当たり前になりかけていた。親切を親切として受け取れなくなっていたのかもしれない。
本当の席の主がどうなったかは不明だ。申し訳ない。
電車を降りると、乗客のひとりがついてきた。大丈夫だったか、と聞いてきた。飯でもどうだと言ってくれた。ガイドがいるからと断った。笑って去っていった。疑ってばかりいたが、インドにも普通に親切な人間がいた。
ちなみにこの乗り間違い、原因はクマーだった。クマーが「これだ」と言って乗せた列車が、急行ではなく各停だった。あのスリスリ野郎のせいだった。
あの野郎、チップを返せ!
アグラのガイド・胸毛
アグラに着いた。タージマハルで有名な都市で、デリーから列車で2〜3時間ほど南に位置する。
待ち合わせ場所に汗だくで胸毛を丸出しにした男が立っていた。アグラのガイドだった。我々の到着があまりにも遅すぎて、待ちきれずにはだけていた。恐らく最初はきちっとした格好をしていたのだと思う。ワイルドな第一印象だった。後に我々は彼を胸毛と呼ぶことにした。
胸毛はツアーを組みたがった。あれこれ案を出してきた。ツアーを組もうとしてくる現地人は騙してくる前兆という話を聞いていたので警戒した。ただ遅刻して汗だくで待たせた負い目もある。断りきれず1日目だけプランに乗ることにした。両替→バザール→タージマハル→土産屋、というコースだった。
胸毛の手配したオートリキシャ(三輪の小型タクシー)の運転手に連れられてバザールへ向かった。この運転手、移動中にKが持っていた空のペットボトルを突然ひったくったと思ったら窓から躊躇なくポイ捨てした。唖然としていると「ペットボトルを拾って生計を立てている人がいるからいい」と涼しい顔で言った。そういうものらしかった。以降我々はこの運転手をポイ捨て爺と呼ぶことにした。

道中、ゴミがすごかった。そこらじゅうに散乱していた。日本人としてなんとなく後ろめたい気持ちになった。誰も悪くないのに後ろめたかった。
両替所のガン
両替所に寄った。グラサンをかけた男が対応した。
男はおもむろにカウンターから何かを取り出した。
「これはガンだ!」

我々は反射的にビビった。男はにやりとした。ライターだった。炎が出た。安心した。
男はまたカウンターを漁り始めた。今度は本物っぽいリボルバーが出てきた。ずっしりとした重さがある。1発だけ弾が減っていた。
ぶっ放したのか。両替所でぶっ放したのか。
聞けなかった。両替だけして早々に出た。
タージマハルで切腹
タージマハルは墓だ。
世界一有名な墓として知られているが、実際に目の前に立つと「これが墓か」という気持ちになる。白大理石でできたドームが青空に浮かんでいて、左右対称で、美しい。美しいが墓だ。
入り口に向かうと、男が近づいてきた。
「公式の預かり所は今日休館してる。俺が無料で預かってやる。代わりに帰りにお土産屋寄ってくれ」
預かり所、という概念をこの時点では知らなかった。靴を脱がなければならないことも知らなかった。つまり何を言われているのかよくわからなかった。とりあえず「入り口で考えます」と言って振り切ろうとした。
「閉まってるから無駄だって!」
男は大声で食い下がった。無視して入り口へ向かった。
預かり所は普通にやっていた。
男は飄々と口笛でも吹くような様子で去っていった。「てめえ。嘘じゃねえか!」睨みつけたが男はもう振り返らなかった。
タージマハルは靴を脱いで入る場所らしかった。入り口で靴を預けて中に入った。ポイ捨て爺がスリッパと傘を貸してくれた。抜け目ない。石畳が続き、その先に白亜のドームがそびえている。それでも暑かった。世界遺産の洗礼が足の裏から来た。
手荷物検査でナイフのように見えるキーケースを止められたが、キーケースだと説明してなんとか通過した。
敷地内は広く、外国人観光客も多かった。ところがなぜか、我々はインド人観光客に次々と写真を求められた。
最初の1人に「一緒に写真を撮っていいか」と言われた。いいですよ、と答えた。撮った。次の人が来た。撮った。また来た。撮った。
10人くらいに求められた。
なぜだ。なぜタージマハルで我々が求められているんだ。インドに来て初めて有名人の気持ちがわかった。いや有名人ではない。ただの日本人観光客だ。でも10人に求められた。最初は戸惑った。3人目あたりから悪い気がしなくなってきた。7人目あたりからめんどくさくなってきた。
Kはある時点から独自のポーズを取り始めた。
アグラの地でアグラをかき、日の丸の鉢巻きを頭に巻き、ハラキリのポーズをしていた。切腹だ。世界一有名な墓の前で切腹ポーズをしていた。インド人観光客たちは喜んで写真を撮っていた。何が伝わったのかはわからない。

私は勝訴と書かれたタオルを広げて写真を撮った。日本から物々交換の道具として持ってきたものだった。世界一有名な墓の前で勝訴した人間の写真が撮れた。
クルタパジャマ交渉
タージマハルを出ると、ポイ捨て爺に連れられて土産屋へ向かった。
クルタパジャマという民族衣装を売っている店だった。Kとおそろいで買うことにした。値段交渉が始まった。
最初に提示された値段は2000ルピーだった。高い。交渉した。1500、1000と下がり、最終的に500ルピーで合意した。よし勝った。と思っていた。
会計になった。
1000ルピー請求された。
「500のはずだろ!なんで1000なんだ!」
店員は涼しい顔で言った。1つ500ルピーで、2つ買うから1000ルピーだと。
「その店員、さっき1つ500っていってたよ」
隣でKが静かに言った。くそっ、私の勘違いか!?でもここで引くことはできない。まずい。ここは話を合わせてくれ。目で訴えた。Kは一瞬間を置いて、キリッと表情を変えた。
「当然2つで500だろ」
そこから交渉が続き、結局店が折れた。2つで500になった。勝ちは勝ちとした。
その夜、我々はクルタパジャマを着て高級インド料理店へ行った。地元のインド人パーティに半分混ざるような形になった。まだ遠慮していた。

ナンとカレーを食べた。量が多くてうまかった。しょっぱかった。Kはまた右手だけで食べる練習をしていた。昨日より少し上達していた。
土産屋戦績:1勝0敗。
