インドのシルク屋で組体操した話④ アグラ2日目。インド系埼玉人との死闘
翌朝、自分たちでリキシャを捕まえることにした。
初めての試みだった。胸毛なしの完全自由行動だ。道端でオートリキシャを止め、レッドフォートへと告げた。動き出したリキシャの運転手は色白だった。インド人にしては肌の色が白く、どことなく胡散臭い雰囲気が漂っていた。笑顔が多すぎた。
怪しいとは思った。ただ初めて自分たちでリキシャを捕まえた達成感があった。その達成感が判断力を少し鈍らせていたのだと思う。
レッドフォートとリス使い
レッドフォートはムガル帝国の城砦で、タージマハルと並ぶアグラの観光名所だ。赤砂岩でできた巨大な城壁が続いていて、これも世界遺産だった。
入ってすぐ、リス使いの爺さんがいた。
リスに芸をさせて観光客から金を取るらしかった。リス使いの爺さんというのがこの世に存在するのかと思ったが存在した。インドは何でもいた。

観光地なのに寝ている人が多かった。城壁の影になっているところに何人も寝転んでいた。観光地で寝るのか。40度超えなので動きたくなくなる気持ちはわかる。私も少しへばっていた。
パンツのような形の帽子をかぶった人もいた。なんという帽子なのかはわからない。ただどう見てもパンツだった。写真を撮った。

埼玉系インド人との死闘
レッドフォートを出て、色白のリキシャに乗り込んだ。
ホテルへ戻るものだと思っていた。リキシャはどんどん細くなる路地へ入っていった。見覚えのない場所で止まった。
大理石の工房らしかった。
色白の説明では、タージマハルに使われているものと同じ素材の大理石で作ったお土産を売っているらしかった。まあ見るだけなら、という気持ちで中に入った。
出迎えたのは日本語がペラペラの男だった。
「こんにちは〜、日本人でしょ、日本のどこから来たん?」
超ネイティブだった。日本語がうまい人間は大体詐欺師、という出発前の教えが脳裏をよぎったが、愛想よく答えるしかなかった。Kが埼玉だと答えた。
「あ〜俺も埼玉にずっと住んでて、桶川にいたんだよ。大宮もよく行ったよ。最近駅ビル開発すごいよね!」
埼玉トークが始まった。
海の日に何をしているかわからない埼玉人のジモトークに、横浜育ちの私はまったくついていけなかった。しかしこのインド人は手強いと第六感が告げていた。
Kはローカルトークにすっかり懐柔されて和気あいあいと話している。まずい。
インド系埼玉人と心の中で名付けた男は、Kと盛り上がりながら商品の説明を始めた。
「この大理石はタージマハルの素材と同じでとてもいい」
「水をかけると色が変わるのが本物の証拠」
実演してみせた。確かに色が変わった。どや顔だった。だからなんだよ。
「大理石のチェスセットもある」
「大理石の麻雀セットもある」
麻雀セット。Kと顔を見合わせた。我々は麻雀が好きだった。ただ値段が高すぎた。麻雀牌のバラ売りはないかと聞いたらセット売りしかしないとのことだった。残念だった。
「さあ、好きなものを選んでくれ」
別にほしいものはない。本物かどうかの問題ではないのだ。欲しくないと言っているんだ。
そう思いながらふと入り口を見た。閉まっていた。ターバンを巻いた男が入り口の前に仁王立ちしていた。
閉じ込められた。昨日のクルタパジャマ勝利で油断していた。対処法を事前に打ち合わせしておくべきだった。
穏便に済ませようと「とても魅力的な品々だが、今ひとつグッとくるものがないな〜」とやり過ごそうとした。
「こちらも説明に時間を使っている。選んでもらわなければ困るよ〜」
日本語で返してきた。日本語で言われると、ここは埼玉かと錯覚してしまう。日本の常識で考えてしまう。うまい。実にうまい。
Kも同郷のよしみか望郷の念にかられたか、しぶしぶ買う気配を出し始めていた。まだ3日目なのに望郷の念にかられるな。
そこから3時間、攻防が続いた。
最初はクーラーが効いていて涼しかった。それだけが救いだった。ただ時間が経つにつれてクーラーが弱くなっていった。気温が上がっていった。体力が削られていった。インド系埼玉人は次々と商品を出してきた。こちらは次々と断った。出してくる。断る。出してくる。断る。
1時間が経つ頃には、なぜ自分がここにいるのかわからなくなってきた。インドに来て3日目、40度超えの密室で商品を断り続けている。これは何の時間なのか。ただ意地だけが残っていた。インド系埼玉人も明らかに疲れてきていた。それでも引かなかった。プロだった。こちらも引かなかった。もう意地しかなかった。
ただ意地だけでは勝てなかった。
3時間後、アホみたいに高い大理石の象の置物を2つ買って出た。我々の分だ。2人とも負けた。
完全な敗北だった。3時間戦って、最後に買わされたのが象の置物だった。悔しくて言葉も出なかった。せめて証拠写真を残してやろうと思い、インド系埼玉人に「一緒に写真を」と提案した。
「あ〜俺忙しいからもう無理だわ、じゃあね〜」
店の奥へ颯爽と消えた。プロだった。完全なプロだった。写真を撮られたら困ると知っていた。
せめてもの抵抗として、入り口を塞いでいたターバン男との写真は撮った。ターバン男は別の売り場の担当らしく、わりと気さくに応じてくれた。安いアクセサリーもそちらで購入した。

色白の待つリキシャに乗り込んだ。こいつもインド系埼玉人とグルだったのだ。最初から怪しかった。悔しかった。せめてもの抵抗として、色白に日の丸の鉢巻きを巻き付けて写真を撮った。色白はノリノリだった。グルのくせにノリノリだった。

日本に帰っても埼玉には二度と行かない。心に決めた。
土産屋戦績:1勝1敗。
