浜辺由紀夫というAIで三島由紀夫が言うはずのない政治的な事を言わせる悪質なYouTube動画

画像の概要とやり取りの内容
動画の内容
三島由紀夫氏の画像とともに「核の兵器も 僕は要らぬと考えてきました。」というテロップが表示されています(AI技術で音声や発言を生成・模倣したものとみられます)。
コメント欄のやり取り
視聴者(@ranbieradailto): * AIで復元されたような動画自体は肯定的に見ていたものの、「三島氏が言うはずのない政治的見解をAIに語らせるのは一線を越えている」と指摘。
投稿者(@三島由紀夫愛人録): * 指摘に対して感謝を述べ、動画内容を再確認して対応する旨を返信。
視聴者の追記・警告: * 「核の兵器も〜」のカットなど対処を行うよう求め、対処しない場合はYouTubeへの通報を行うと警告。「本人が主張していない政治的見解をAIに喋らせる行為は倫理的におかしく、チャンネル削除につながる可能性がある」と述べています。
背景と問題点
生前の三島由紀夫氏は日本の核武装論や憲法改正に関して独自の強い持論を展開していましたが、「核兵器は不要」といった旨の発言は行っていません。故人のAI生成コンテンツ(ディープフェイクやAI音声合成)において、実在した人物の意志や事実と異なる政治的・思想的発言を行わせる行為が、著作権・人格権や倫理上の問題として物議を醸している例です。
三島由紀夫自身が1967年に書いた「私の中のヒロシマ――原爆の日によせて」は、はっきりと「唯一の被曝国・日本」こそが「良心の呵責なしに」核を作りうる、という論理で核武装の権利・特権を肯定しています。これは推測や解釈ではなく、本人の明示的な主張です。
「核大国は、多かれ少なかれ、良心の痛みをおさへながら核を作つてゐる。彼らは言ひわけなしに、それを作ることができない。良心の呵責なしに作りうるのは、唯一の被曝国・日本以外にない。われわれは新しい核時代に、輝かしい特権をもつて対処すべきではないのか。そのための新しい政治的論理を確立すべきではないのか。日本人は、ここで民族的憤激を思ひ起すべきではないのか。」— 三島由紀夫「私の中のヒロシマ――原爆の日によせて」
1969年のカナダのテレビインタビューでも、「核兵器による武装が可能になる」と述べています。自決直前の『檄』でもNPTを批判的に触れています。
檄文において、核停条約(核拡散防止条約・NPT)をかつてのワシントン海軍軍縮条約と見立て不平等条約だと批判しています。
カナダのTV局のインタビューにおいて、自衛隊を二つに割って、国連軍の予備役にする事で核武装する独自の構想も言っていました。檄文にも、核拡散防止条約・NPT体制という戦勝国だけ核が持てる不平等条約に怒り腹を切るジェネラルが一人も出なかった事に憤ってます。
「纎維交渉に當つては自民黨を賣國奴呼ばはりした纖維業者もあつたのに、國家百年の大計にかかはる核停條約は、あたかもかつての五・五・三の不平等條約の再現であることが明らかであるにもかかはらず、抗議して腹を切るジェネラル一人、自衞隊からは出なかつた。」ー三島由紀夫「檄」
