「虐待なし」判断にエビデンスはあったのか|宝塚市が再検証しなかった高齢者虐待調査
🔄最終更新日:2026年5月29日
「虐待なし」の根拠は、なぜ4日後に崩れたのか
宝塚市は、私の母に関する高齢者虐待について当該施設へ立入調査を行い、
「虐待なし」と判断した。
ところが、その判断の前提は、
わずか4日後、ほぼ完全に崩れています。
責任者である施設長自身が、会社の対応と調査報告として、次の趣旨を説明し、家族に謝罪しているのです。
施設長:ケアマネの主張にエビデンスはない
施設長:夜間5回のパッド交換はケアマネの計画作成ミス
施設長:パッド代金は全額会社負担
施設長:トイレ誘導は介護記録のとおり
施設長:大変なご負担をおかけし、個人的にも耐えがたい状況だったと思う。本当に申し訳ない。
では、市は何を根拠に判断したのか
宝塚市の介護保険課長は、施設職員からの聞き取りについて、次のように説明している。
調査責任者の介護保険課長が、調査として
課長:「聞いた内容の通りに判断しております」
事実確認しなかった理由について
課長:「特に必要ではないと判断した」と述べている。
この「聞いた内容の通りに判断した」という説明。
それは、客観性のある調査と呼べるのでしょうか。
また、高齢者本人の安全確認と意思確認については、「眠っている様子を見ただけで、十分に確認できたと判断した」と説明しています。
課長:お母様の眠っておられる様子を拝見したところで、
あの中身のほうの確認が十分にとれたと判断しました。
この発言も、極めて重要です。眠っている様子を見ただけで「十分に確認できた」とする判断は、厚労省マニュアルが示した以下の事実確認のあり方と整合するのでしょうか。
厚生労働省の高齢者虐待対応マニュアルでは、事実確認にあたり、対象となる高齢者に直接面接して心身状態を確認し、通報内容に関する事実確認を行うことが示されている。
また、コミュニケーションが困難な高齢者であっても、表情やしぐさ等を注意深く観察し、通報内容を検討する必要があるとされています。
さらに、養介護施設等への事実確認は一度で終了しない場合もあり、複数回実施する必要があることを念頭に置く必要があるとされています。
宝塚市の健康福祉部長自身、厚生労働省マニュアルを踏まえて対応していると市民に回答しています。
では、本件の調査過程は、本当にそのマニュアルに沿っていたのでしょうか。
統括リーダーと担当ケアマネにした同じ質問を、施設長、施設看護師、他の介護スタッフ数名にもしていれば、別の説明が出ていた可能性があります。
宝塚市の調査は、まるで結果として「虐待なし」という結論に沿う説明だけを採用したように見えないだろうか。
(市が聴取した相手:施設長・統括リーダー・担当ケアマネの3名、施設外部の主治医1名。当事者本人聴取なし)
調査担当職員からの虐待なし報告
介護保険課の担当職員が、立入調査の翌日午前、施設長から聞き取った内容として、次のように電話報告してきた。
担当職員
施設長から伺った内容なんですが、排せつに関するエビデンスの確認というものを定期的に行ってきた、と。
市民
入居時からですか?
市職員
この話は最近の話になります。2月2日にお伺いしたので2月2日の話です。
つまり、施設長から「エビデンスの確認をしてきた」とする聞き取りを、そのまま判断材料にしたことになる。
(※4日後、施設長本人がエビデンスはないと家族に認めている)
夜間5回のパッド交換について
担当職員は、ケアマネの話として、夜間5回の頻回なパッド交換についても施設側に確認したと説明している。
つまり、調査責任者である介護保険課長の説明によると、以下の聞き取りのまま「夜間5回のパッド交換には正当な理由があった」と判断したことになる。
担当職員
なぜ夜にパッド交換にこの回数に入られるのかなどは、もちろん確認をさせていただいておりまして。
市民
はい、何て回答してました。
担当職員
パッド交換に関しましては夜間5回確かに5回入っていたと。その中で毎回、おしっこの量は中容量出ていると、パッド交換のたびにですね。
しかし、ここで重大な食い違いが生じる。
立入調査の4日後、「夜間5回のパッド交換は、ケアマネの計画ミスです」と施設長本人が、家族に認めて謝罪しているのです。
さて、宝塚市は、この核心的な食い違いをなぜ再検証しなかったのだろうか。
宝塚市の判断は、客観性が見えない
ここで重要なのは、宝塚市が「虐待なし」と判断するうえで、合理的な根拠、エビデンスが十分にあったのか、という疑問である。
調査責任者は、立入調査で施設側から聞いた内容について、「聞いた内容の通りに判断しております」と述べています。
一方で、裏付け確認については「特に必要ではないと判断した」という趣旨の発言をしている。
施設側から聞いた通りに判断し、その裏付けは取らない。
これでは、調査判断の客観性と公平性がどこにあったのか全く見えてきません。
さて、皆さんはこの宝塚市の虐待調査をどう評価するだろうか。
「記載誤り」という説明について
日中のトイレ誘導についても、市は施設側の説明を受け入れている
介護記録上は、10月30日まで日中はトイレ誘導しているが、翌日から急に終日パッド交換のみになっている。担当職員はこう説明している。
担当職員
回答としましては、入居当初から、日中からパッド交換の対応をしているが、この記録に関して、記載誤りがあったという形で回答いただいてます。
市民は、初耳の話に驚いて聞き返す。
市民
え? 記載誤り? どの部分がですって?
担当職員は、答えた。
担当職員
日中の「トイレ誘導」という部分が、パッド交換での対応をしていると。
つまり、客観的資料である介護記録の不審点を「記載誤りだった」と、施設職員が説明し、市はそのまま採用したことになる。
市民は、一次資料である介護記録について次のように指摘している。
市民
これが全部誤りだったというんですか?向こうが。それってあまりにも不自然過ぎません?
施設の誰かが「記載誤り」と説明し、行政がそのまま判断材料にした。しかし、これもまた4日後、施設長本人が「ケアマネの言い分にエビデンスはなかった」と家族に説明している。こんな致命的な矛盾がどうして起きたのか。
録音データを市に提出
上記の施設長と家族のやり取りは、市民の記憶にあるストーリーではない。
すべての録音が残っており、文字起こしも作成済みである。
この資料は宝塚市にも提出され、総務課に録音CD-Rがいまも保管されています。
少なくとも総務課の担当係長、介護保険課長、宝塚市個人情報保護・情報公開審査会の委員5名が確認している。宝塚市は「知らなかった」とは言えないでしょう。
それでも再検証されなかった
信じがたいことに、宝塚市は、調査過程に生じた不審点について、一切の再検証に応じなかった。後から判断の前提に疑問が生じても、最初の判断は維持され続けた。
ここには、行政が一度出した判断を誤りとして認めにくい、いわゆる行政の無謬性の問題が見えてきます。
見解の相違ではない
これは、市民と市側の見解の相違ではありません。
録音という客観性の高い証拠により、市の調査過程の説明と、施設長が家族に説明した内容との間に、複数の食い違いが確認されています。
繰り返しますが、施設長本人が「エビデンスはなかった」「計画ミスだった」と説明し、謝罪しているのです。
宝塚市は、その録音を知った後も、調査判断を見直しませんでした。
この記事が問う最大の論点は、ここにあります。
一次資料編について
本稿では、論点が簡潔になるように、反訳の一部だけを引用しています。この録音データの詳細は、以下の別記事に「一次資料編」として整理しました。
なお、本稿の目的は、虐待の有無を断定することではありません。
本件の関係者について
公務として本件に関与した市側関係者を整理します。公権力の行使に不備が疑われたとき、その判断過程と責任がどのように市民に説明されるべきかを問うものです。個人の人格を攻撃するものではありません。
※関係者(公務として本件、またはその後の再検証・対応拒否に関与)
・宝塚市長 森 りんたろう
・前宝塚市長 山崎 晴恵
・健康福祉部長(当時)藤本 宜則
・安心ネットワーク推進室長(当時)前田 優子
・介護保険課長(当時)O・N氏
・介護保険課職員(当時・実務担当)Y・N氏
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