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[短編小説]愛につつまれて

楠家の長女陽菜は今年から大学生になる。

陽菜は柾と亜紀夫妻が初めて授かった子ということもあり、手探りの子育てだった。
そのせいか、陽菜は育てにくいところのある子だった。
好きなことには時を忘れて没頭する一方で、今やるべきことの優先順位をつけるのが苦手だ。

陽菜が中一の夏休みのことである。亜紀は聞いた。
「陽菜ちゃん、もうすぐ新学期だけど、宿題は大丈夫?」
「あと、読書感想文だけ。余裕っしょ」
「どれぐらい書いてあるの?」
「今、本読んでるところ」
「ええっ、明後日から学校だよ。大丈夫なの?」

読書感想文は夏休み最終日、夜中までかかってやっと完成した。
仕上げるのに時間がかかったのは、文章をまとめるのに時間がかかったからだけではない。
陽菜は文字を丁寧に書くのだ。美しい字を書くのは長所だが、とにかく時間がかかる。

陽菜はおっとりしていて、自分から何かをやりたいと言い出すことが少ない。習い事にしてもそうだった。親が勧めるからピアノとスイミングに通った。妹がスイミングをやめて、体操教室に行くと言うから自分もそうした。

一つだけ違ったのが習字だ。
「お母さん、わたし習字習いたい」
陽菜が初めて自分から言い出した習い事の希望だった。

「ピアノに体操に習字もとなるとちょっと忙しいかもね。大丈夫?」
「ピアノは続けたい。体操はやめる」
陽菜は黒目がちの目を見開いて言い切った。

父親の柾譲りの大きな目、長いまつ毛。母親の亜紀から見ても、娘は美少女だと思う。

日頃、自己主張することが少ない陽菜が初めて自分の意思で決めた習い事である。

陽菜は高校受験ものんびりしていた。
中三になっても、まだ志望校が決まらない。
夏休み、母と一緒に参加した学校見学会でやっと絞れてきた。親子で話し合って何校かに絞り、最終的に自宅からバスで30分ほどの都立高校に無事合格した。

ある日、陽菜はリビングの棚の隅に何冊かのフォトブックを見つけた。

「陽菜 3歳のアルバム」
「陽菜3歳から4歳」
「愛につつまれて」
「輝け、未来」

これらはすべてフォトブックのタイトルである。
母方の祖母が撮影し、まとめたものだった。
祖母は陽菜が3歳の時にデジタル一眼レフカメラを始めたと聞いている。
「可愛い孫娘の姿を自分の撮影で静止画に残したかったの」と祖母が語ってるのを聞いたことがある。

それにしても、「愛につつまれて」とか、「輝け、未来」なんて大げさなタイトルをよくぞつけたものだと思う。
母が突っ込みを入れていた。

「お母さんたら、またすごいタイトルつけたわね。わたしだったら恥ずかしくて、とてもこんなタイトルはつけられないな」
「おばあちゃんの特権よ。好きにさせて」

陽菜は久しぶりにフォトブックをめくった。
クッキーを作る陽菜、ピザを作る陽菜、初めてギョーザを作る陽菜、一人で家族みんなのためにおにぎりを作る陽菜。

遊んでいるところを撮った写真のほうが圧倒的に多いのだが、なぜか料理している陽菜の写真に目が行ってしまう。

思えば、自分は幼い時から料理することも食べることも大好きだった。
母親の亜紀に「お母さん、クッキー作りたい」と言うと三回に一回は一緒にやってくれるが、あとはこんなふうにかわされた。

「今度おばあちゃん来るから、その時一緒に作ったら」
次第に陽菜も心得て、「今度おばあちゃんが来たら、一緒にピザ作りたい」とか、「ギョーザ作りたい」と言うようになった。

「大きくなったら、何になりたいの?」という大人からのお決まりの問いかけに、しばらくの間は「カフェの店員さん」と答えていたらしい。

成長するに従って、カフェの店員になりたいとは言わなくなっていた。今は口には出さないが、将来は食に関わる仕事に就きたいと思っている。

いろいろな大学を調べていたら、四年生大学で卒業時点で管理栄養士の国家試験受験資格が得られるところがあることを知った。しかも、その大学は母の実家がある山梨県にあるのだ。

幼い頃、いつも一緒に料理してくれた祖母。

母は恥ずかしいと言ったが、祖母がフォトブックにつけたタイトルは今日の日を予見していたかのようだ。

「愛につつまれて」

陽菜は久しぶりに祖母にお願いすることができた。
「おばあちゃん、一緒に〇〇作りたい」ではない。

「おばあちゃん、一緒に暮らしたい」

(完)

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