【創作大賞2026応募作・ファンタジー小説部門】SIit ⑤
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広い新宿駅の構内を走り、何とか10時台の特急に間に合った。
私は自分の席につき、途中で買ったペットボトルのお茶を一口飲んだ。
ここから30分で、私が住む町田に着く。
私の実家は本厚木で、家内の実家は青葉台。
将来的に、両方の介護などが必要な事になった場合の事を考え、尚且つ私が勤めている東銀座と、家内が勤めていた赤坂への通勤のしやすさを考え併せた結果、私たちは町田にマンションを買う事にした。
そして、それは娘の瑞希の通学の利便性も考えていた。
私たちは瑞希がまだ幼稚園に入る前に、今のマンションを買ったのだが、家内は私には内緒で、瑞希の通う学校までその時点で既に決めていたのだ。
全く、瑤子には敵わない。
結婚して19年。娘の瑞希は今年17歳にある。
あのマンションを買ったのは、もう15年前になるのか…
早いなあ…
マンションは、高層マンションでうちは15階にある。
17階建ての15階なので、分譲価格は1億近くした。
ローンを組む時、正直私は「払い切れるのか?」と、素直に思ったのだが、当時は瑤子もバリバリ働いていて、うちはダブルインカムだったし、「何とかなるわよ」という彼女の言葉に背中を押されて、書類にサインをした覚えがある。
まあ、何とかなってるな…
斎藤君が作ったCMの受賞パーティを一次会で失礼し、私は今帰宅の途についている。
自分の席に座り、走り出す窓の外を見ながら、私は「疲れた」と、呟いた。
そして、お茶をもう一口。
マジで疲れた。
今日は、朝からおかしかった。
いつもなら、一人で朝飯を食い、誰にも「行ってきます」なんて言う事なく、玄関のドアに自分で鍵をかけ、一人で出かける。
だが、今朝は珍しく瑤子と話した。
それも一言だけではなく、まともな会話をした。
それで調子が狂ったんじゃないだろうか?
考え過ぎか…
それに、今日は宮西と久し振りに飯を食ったもんな…
宮西は相変わらずクールだし、手厳しい事をあっさりと言う。
「善処」の指摘は、正直、堪えた。
それにしても、別会社ねえ…
あれが悪いんだ。
もう分かったよ、全部
会社は、僕がこれをやり遂げるために、いきなり役員に異例の出世させたんだ。
まあ、おかしいもんな。僕は一年しか局長をやらずに、執行役員もすっ飛ばして取締役になった。これはうちの慣習的に、あり得ない人事だ。
それに僕はまだ45歳で、うちの役員就任の最年少記録を作ってしまった。
こんなのは、親会社やグループ各社でもそうそうあるものではない。
僕にそれに見合う実力や力量があるなら別だが、僕は「ギョギョっと、ギョーザ」をヒットさせて、うちの売上に大いに貢献しただけだ。
ただ、それだけ。
それしか、高く評価してもらえるポイントはない。
「ギョギョっと、ギョーザ」
斎藤君は、今回、よくやってくれたよ。
僕は国内の賞しか獲ってないのに、ヤツはいきなり、アメリカの賞だからな。
アイツを制作会社から、僕がリクルートして、うちに中途で入ってもらった甲斐があった。
斎藤君…
今日のパーティで、僕が一次会で失礼する時、秋野常務が僕のところに来て、「斎藤君だけは絶対に次の会社に来てもらうように頼むよ」と、僕に耳打ちした。
もう露骨になってきたな。
やっぱり、別会社は、ある意味リストラなんだ。
確かに、うちの会社の規模で、CR本部の人員規模は大きすぎる。
全国で、750人の会社なのに、CR本部には、80名以上の正社員がいる。
リストラして、スリム化したいんだが、その時に優秀な人材だけは残したい。
そして、その時、誰が優秀で、誰を残すべきか…
それを佐伯社長に上申するのが、僕の役目…
多分、そうだ。
間違いないと思う。
嫌だな…
宮西が言うように、現場でバリバリやっておけばよかったのか?
いや、それは無理だ…
瑤子や、瑞希があんなに喜んだじゃないか…
そうだな。無理だ。
ああ、もう町田に着いた。
降りなきゃ…
私は、慌てて席を立った。
駅を出ると、私は真っ直ぐにマンションまで歩き、エントランスでインターフォンを鳴らした。
しかし、返答はなかった。
夜に瑤子が不在なのは珍しい事ではないので、私は自分のキーで、ロビーに入り、エレベーターに乗って、15階で降りた。
私は細長い廊下を10m程歩き、うちの玄関ドアの前に来た。
違和感…
玄関のドアが薄く開いていた。
泥棒か?
瑤子、大丈夫か?
いきなり、心臓がバクバクした。
耳鳴りもする。
眩暈も…
いかん!しっかりせねば!
警察に電話する?
いや、それはまだ早い。
どうすればいい?
玄関に一本、アイアンがあったな。
私は、ドアを音がしないように慎重に開けた。
玄関の灯りは点いていたので、アイアンはすぐに見つけられた。
私は、持っていたブリーフケースをその場に置き、アイアンを両手で固く握りしめながら、家の中へと進んだ。
うちは入ってすぐに左へ曲がり、5m程進むと右に曲がる。そして、両サイドにドアが三つずつある。
左側の三つは、トイレ、洗面所と風呂、そしてウォークインクローゼットだ。
右側の手前のドアはリビングにつながっている。私は、リビングのドアを薄く開けてみた。
中は灯りが点いていないのだが、カーテンが開いており、レースのカーテンが風ではためいているのが見えた。
窓が開いてる?
私は勇気を出して、窓へと近づいた。
あっ!
うわああああああ!
瑤子が誰かに背中を押され、下へ落ちた。
ええ?
どうにも、現状が上手く把握できない…
落とした人間はまだ、そこにいた。
よく見ると、普段着を着た瑤子と年の頃は同じような女性だった。
私はアイアンを更に固く持ち、そいつに向かって行った。
近づいた。
私は、アイアンをそいつ目がけて振り下ろした。
そいつは避けた。
俊敏な訳ではない。
ただ、そいつは、ベランダの柵を超え、落下していっただけだ。
クソ!
私はベランダから身を乗り出し、下を見た。
そいつは、下に落ちて行っていた。
突然、スリットが開き、そいつはそこに吸い込まれた。
私は、更に下を見た。
瑤子が地面に横たわっているのが見えた。
「逃がすか!」
極端に高所恐怖症の私だ。
普段なら、絶対にこんな事はしない。
しかし、今は別だ。
瑤子が殺された憎しみで、身体中のアドレナリンが沸いていた。
私は下に飛び降りた。
そして、まだ薄く開いているスリットに何とか飛び込めた。
