【創作大賞2025応募作・ミステリー小説】サウザンド・ティアーズ㊱~うまくいってるなんて思えた事は一度もない。ただ、涙を流さずに生きるだけで精一杯だ。
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11月が、後二日で終わる朝。
今年初めて、山野辺運送の駐車場に霜が降りた。
意人は車に付着した霜を喜び、学校に出かける時に駐車場へ出て、トラックや軽バンの霜を拭いて回った。
意人を深雪が送っていった。
金木の襲撃を受けてから、意人は一人で外に出る事を極端に怖がったからだ。
だから、朝と放課後の二回、慶次朗と深雪と竹内が交代で、意人の送り迎えをした。
今朝は、慶次朗は学校へ連れていけなかった。
山際から「午前中に東京中央署へ来て欲しい」と頼まれたからだ。
「用件は?」と、慶次朗が訊くと、
「犯人逮捕に関する事だ」と、山際は答えた。
東京中央署には、慶次朗だけではなく、山野辺も同行した。
山野辺運送にはまだ、車椅子用の車がなかったので、山野辺の自家用車であるフリードのラゲッジスペースに車椅子を乗せ、山野辺は二列目に乗せて、出かけた。
東京中央署には、10時に着いた。
山際が、玄関で二人を迎えた。
「今日これから、恐らく犯人であろう容疑者を確保できると思います。お二人には、その前に特別に経過を説明させていただきます」と、山際は言い、二人を大型のスクリーンがある会議室へ招き入れた。
「これからですか?急ですね」慶次朗は慌てたように言った。何しろ今朝、聞いたばかりなのに、もう容疑者確保とは、全く想定もしてなかった事態だった。
「急?ちっとも急じゃありませんよ。我々は4か月もこれにかかり切っていた」と、山際が答えた。
二人がスクリーンの前に着くと、窓のシェードが下がり、照明が暗くなった。
山際が言った。
「これから、私がずっと調査し続けていた防犯カメラの映像をご覧いただきます」
山際はプロジェクターに繋いであるPCを操作し始めた。
「まず、最初の映像は、銀座の犯人が通っただろう道路沿いにある地下駐車場の出口に設置してある防犯カメラです。ゆっくり再生します」
地下駐車場の出口から道路を向いてる映像が始まった。
雨はまさに滝のようで、駐車場の入口の庇からはバケツをひっくり返したような水が落ちているのが分かった。
「もうすぐ通ります」
画面の右から黒いフードを被った男が歩いて来た。
スローなので、はっきりは分からないが、急ぎ足ではないが、歩調は若干早く感じられた。
「ここです!」
山際が映像を静止した。
ここ?
慶次朗には、ただ、雨の中、黒いポンチョを着た男が、カメラの前を歩いている映像にしか見えない。
「どういう事ですか?」山野辺も同じ事を思ったのだろう。山際に、そう訊いた。
「靴に注目して欲しいんです。踵のところです」
「踵?」
「白い粒のような点が見えるのが分かりますか?」
「ああ、雨粒かと思ってましたが、確かに小さな点は見えます」
「これは、アウトレットで売ってるフランスのスポーツシューズメーカーが作ってたビジネスシューズなんです。あれは、小さい丸の中にロゴが入れてあり、蛍光塗料が塗られているんです」
「そうなんですか?」
「映像が不鮮明なので、確信はしておりませんが、私はそうだと思ってます。因みにこの靴は、三年前に生産中止になってます。映像を動かします」
男が二歩歩いた。
山際はビデオを戻し、静止した。
「この感じ、分かりますかね?ズボンの裾が靴に絡みつく感じです。大雨なのに、歩く度に裾はバタバタと撥ねる。これは裾を長めにカットしてるからだと思います。靴と裾の感じをよく覚えてて下さい。それから、もう一度再生しますが、今度は、歩き方に注目して下さい」
また、男が歩き出した。
慶次朗には、普通に歩いているように見えた。
「右足が、蹴る時、気持ち外に跳ねてるな」と、山野辺が言った。
「そうです。よく気づかれました。これは癖なのか、怪我した後遺症なのかは分かりませんが、とにかく気づかない程度に右足だけ外に跳ねるんです。私は、現場の位置関係や、ここを通った時間から、こいつが犯人だと断定しました。そして、ここから、私の追跡が始まりました。まず、追っていくうちに、こいつは日比谷線の銀座駅から電車に乗ったと思いました。映像は微かなので、ここで再生するのは止めますが、確かにあの小さい点の靴が見えました。男は白いシャツに黒っぽいスラックス、そして、黒のビジネスリュックを背負ってました。夏の平日の地下鉄駅でよく見かける若いビジネスマンのいで立ちです。すっかり周りに溶け込んでしまっています。しかも、そいつは銀座駅から、どっち方向の電車に乗ったのかは分かりませんでした。西へ行ったと、私は決めつけ、各駅の防犯カメラの映像を全部見ました。しかし、これは空振りで徒労に終わりました。私は、西行きを諦め、今度は東行きをチェックし直しました。」
「で、見つけたのかい?」
「そう。私はヤツを秋葉原駅で見つけました。そして、彼が総武線に乗り換えたことも突き止めました、彼は千葉方面のホームへ行ったのです。」
映像が出た。
総武線のホーム。午後遅めの時間で、学生が沢山いた。
その中に、白いシャツにビジネスリュックの細身の男。30代ぐらいだろうか?
但し、靴は確認できない。
「これは本当にあの男なんですか?靴の点は見えないけど…」と、慶次朗が訊いた。
「この段階では自信はありませんでした。でも、次に彼を千葉駅で見つけたのです」
「千葉駅で?」
「そう。しかも、彼は千葉駅を出ず、乗り替えました。ここで我々はまた、悩みました。彼がどっちへ向かったかが分からなかったからです。そこで、私は賭けをしました。彼の靴です」
「靴を探したんだね?」と、山野辺が言うと、「違います。さっき説明した通り、彼の靴はアウトレットモールによく出店しているフランス製のビジネスシューズです。それを彼は三年以上前に買った。アウトレットは木更津方面にあります」
「なるほど…」
「我々は、木更津までの内房線の各駅の防犯カメラをチェックしました。そして、ヤツを見つけました」
また、別の映像が流れた。
夕暮れ時の木更津駅を出る白いシャツの男。リュックは肩から外し、左手で持っている。
「これも靴は確認できねえが?」
「ズボンの裾と、歩き方を見て下さい」
確かに、ズボンの裾はバタついているように見えるし、右足は気持ち外側に跳ねてる気がする。
「でも、これでこいつが犯人だとは言い切れないと思いますが…」
「私たちも確信はありませんが、私たちはこの男に気づいたのはニ週間前で、そこから彼の周囲で内偵を始めました。彼は、中牟礼勲。歳は、33歳です。この男に見覚えがありますか?」
画面には、30代の男の顔が映っていた。
きっとコンビニでの隠し撮りなんだろう。
不鮮明で、表情はよく分からないが、中肉中背だが、血色の悪さだけは分かる顔つきだった。
山野辺も慶次朗も「知らない」と、答えた。
「でしょうね。やっぱり恵美さんの事件は、この男による通り魔事件だと思います。この男は、沖縄出身で、高校卒業後、千葉に出てきてます。千葉では製鉄所に入ったようですが、この時から彼は変人扱いされてたようです。ホームセンターで、薄く細長い鉄板を購入しては、手作りで刀を作ってたのです」
「手作りで、刀?」
「ええ、彼は方言が直らず、周囲から孤立して、刀作りに没頭するだけが楽しみのようでした。出来上がった果物ナイフなんかを会社に持ってきて、同僚の前でリンゴを剝いてみせたりしたそうです。それでも、やっぱり彼は周りと反りが合わずに、3年で会社を辞めました。そして、千葉県内の鉄工所や自動車修理工場を渡り歩いていた。話は変わりますが、最近、彼の住むアパートの周辺で、野良猫や、鳩がたまに見かけなくなるという事も起きてます。これも彼の仕業だと思ってます」
「猫や鳩を捕まえて、刀で刺すとか…気が狂ってるな」
「そう、彼にはサイコパス的な面を見ます。だから、十分に注意して捜査してきました。彼は今、無職です。食事は毎日、昼一食のようで、彼は毎日11時頃、アパートを出て、いつも同じファミレスへ行きます。そこで日替わりランチを食べるのです。この店は平日のランチタイムは、ごはんのお代わりが無料だから、彼は平日はここで食事をするのです。我々は、今日、彼が昼食を取りに外へ出たところを見計らって、任意同行を求めるつもりです」
「普通にドアをノックして、訪問するんじゃダメなのかい?」
「それだと、彼は居留守を使うかもしれませんし、我々としては、彼があの靴を履いてるところを押さえたいのです。現場には、城田が行ってます。応援は我が署から十人出て行ってます。彼を押さえる時、私の下の若宮刑事が私に向けて、ビデオ電話でライブ中継してくれる事になってます。お二人には、その場面を見ていてもらいたいのです」
11時まで、後10分。
山際は、「準備がある」と言い、部屋を出て行った。
慶次朗と山野辺はトイレに行って用を足し、自販機で水を買って飲んだ。
一気に飲んでも、飲み足らなかった。
喉がやけに乾いた。
慶次朗と山野辺が水をもう一本買い、部屋に戻ると、スクリーンには大通りの横にある舗道が映っていた。
音は車が走る音だけがしていて、話し声は聞こえなかった。
「アパートを出た!」という声が聞こえた。
まだ、犯人ではないので、マルガイとか言わないのかなと、慶次朗はふと思った。
「左に曲がる。もうすぐ来るぞ」
「OK」
男が左に曲がり、舗道をこっちに向かって歩いて来た。
男は、作業用の裾が長めの紺のジャンパーに、薄い色の作業ズボンを履いていた。
ズボンの裾。 確かにバタバタしている。
歩き方。気持ち右足は、外跳ねだ。
半分ぐらい近づいて来た時、左の駐車場の方から、刑事が男に近づいていった。
すぐに三方から刑事たちが集まった。
刑事たちは男を取り囲んでいたが、パッと散った。
何があった?
男は、ジャンパーの内側に隠し持っていた長刀を振り回した。
怯む刑事たち。
刑事の一人が、特殊警棒を出して、応戦した。
刀と特殊警棒はぶつかり、火花が散った。
男は他の刑事に、足をとられた。
男は舗道に倒れ込んだ。
長刀は、取り上げられた。
「靴を確認!」
刑事の一人が男の靴を脱がせて、掲げた。
「ロゴマーク確認!踵にロゴあり!」
刑事の一人が、男に手錠をかけた。
画面が消えた。
慶次朗と山野辺は泣いていた。
慶次朗は387回目の涙となった。
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二日後、中牟礼勲は、東京中央署へ移送されてきた。
車から中牟礼が署内に入る時、マスコミのカメラがその模様を映していた。
慶次朗たちはみんなで食堂でその様子を見ていた。
後ろで、誰かが動いた。
誰かが中牟礼に殴りかかろうとして、警官に制止させられた。
殴りかかろうとした男は、地面に押さえ込まれた。
顔がチラッと映った。
柳原だった。
「恵美を❕恵美を返せ!」柳原はそう言いながら、泣き崩れていた。
