【創作大賞2025応募作・ミステリー小説】サウザンド・ティアーズ㊲~うまくいってるなんて思えた事は一度もない。ただ、涙を流さずに生きるだけで精一杯だ。
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12月の2週目になった。
街中では、クリスマスソングが鳴り響いていた。
意人は、クリスマスプレゼントとして、BMXをサンタクロースに頼んでいた。
慶次朗はモトクロッサーは苦手だったが、この機会に、意人と一緒にBMXをやってみようかなと思ったりした。
事件の続報としては
中牟礼勲は、恵美の殺人を認める供述をした。
「何故、恵美を殺したか」を問われると、「一度、人間を刺してみたかった」と、答えたらしい。
それを受けて、検察はこの事件を「無差別通り魔事件」と断定して、公判に臨む方向が示された。
凶器の長刀は、刑事と闘った時のものとは別で、中牟礼の供述通り、アパートの部屋の床下から発見された。
これには色んな血液反応が出たが、大体が小動物のもので、人間のものは一つだけだった。
そして、それは恵美のものと判定された。
中牟礼が殺した猫や鳩の死骸は、彼の供述通り、近くの川原に埋められているのを発見した。
中牟礼は几帳面な性格のようで、殺したまま放置ができなくて、毎度毎度、川原に穴を掘り、埋葬していたそうだ。
これで、恵美の事件は公判を待つだけになった。
話は違うが、
柳原は、あの日の翌日会社に来て、山野辺に辞表を出した。
山野辺は、その封筒を見てる前で二つに破り、「あんたが、感情を出してくれて、俺は嬉しいんだよ。だから、どうか辞めないでくれ」と、泣いて頼んだ。
柳原もつられて泣いた。
慶次朗もその場に居合わせて泣いた。388回目だが、仕方がないと思った。
犯人が捕まり、事件は解決に向かっているのに、慶次朗の気持ちは沈んでいた。
それは、山野辺が生死の淵を彷徨っていた時、慶次朗が寄り添いながら考えてきた事の延長線上にあるネガティブな思考のせいだった。
だから、喜んで幸せな気分に浸ってもよいのに、彼は落ち込むのだ。
最初に、恵美が殺されたと聞いた時、慶次朗は明らかに狼狽えた。そして、犯人について、色々と邪推した。例えば、恵美が、「色んな人間関係の中で、殺されたんじゃないか」とかだ。
だから、最初に、山野辺を見る目が斜に構えてしまったし、傘の事だけで、リンちゃん事件にも首を突っ込んだ。
終わってみれば、それはすべて余計な事だった。
恵美が殺された事で、クラブMは崩壊した。
バレなきゃよかった事が、どんどん明るみに出てしまい、店のバランスが崩れてしまった。
金木も金丸連合もそうだ。恵美の事がなければ、多分金丸連合は今も健在だっただろう。
金木だって、拳銃を握る事なんてなかったはずだ。
だが、一方で、
慶次朗は、山野辺佐紀男と知り合う事ができた。
金丸連合の排除の件では黒崎と、リンちゃんの捜索の件では里崎と知り合う事ができた。
これらの出会いは、慶次朗のこれからの人生の中で、何物にも代えがたい関係になるだろうと、慶次朗は思っていた。
人生、一寸先は闇なんだから、一歩、一歩、慎重に歩かないとダメよ。
恵美が、慶次朗がやらかした時に諫めたいつもの言葉だ。
どっかの時点で、二択の選ぶ方向を間違えると、酷い目に遭う事もあるし、良い目が出る場合もある。
一歩、一歩、慎重に…
慶次朗は、その言葉を改めて胸に刻んだ。
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次の年の春になった。
慶次朗に、グッドニュースが飛び込んできた。
リンちゃんこと、桜井琴美は、年末に療養所を退院し、アパートに戻るのではなく、天乃屋の二階に住み込みながら、働いていた。
それには、山野辺が一肌脱いでいた。
山野辺が天乃屋の女主人、天野静代さんに掛け合ってくれたのだ。
天野静代さんのご主人で、天乃屋の大将だった天野春雄さんは、残念ながら、昨年の秋に、脳卒中で亡くなられた。
静代さんは失意のどん底に落とされた。
そこへ、桜井琴美の退院の話が出た。
山野辺は、静代さんに琴美を同居させてもらえるように頼みこんだ。
一生懸命に頼む山野辺を横に、琴美は涙を流して「お願いします」と言った。
静代は乗り気ではなかったが、渋々琴美を受け入れた。
琴美は、天乃屋で真面目に働いた。
地下アイドル時代のリンちゃんのファンも沢山来店した。
但し、前のような事にならないよう、そのファンたちには静代からきつく釘を刺された。
そうしてるうちに、二人は本当の孫と祖母のようになった。
この春は、店を休んで、二人で箱根に行くそうだ。
慶次朗は、琴美が元気になった事を心から喜び、嬉しい気分のまま、電話で里崎に報告しようとした。
里崎は出なかった。
こっちから電話をかけてはいけない事を思い出した。
すぐに、里崎からコールバックがあった。
慶次朗は電話をしてしまった事を詫び、琴美の事を報告した。
すると、里崎は「嬉しいねえ。じゃあ、お祝いにもう一本ビールを飲もう」と言った。
どうやら、里崎は今日はオフのようで、昼間からビールを飲んでいた。
慶次朗が「一本と言わずに、何本でも」と煽ると、里崎は「イヤッホウ!」と、大きな声で叫んだ。
